Die Zukunft Teil 1
人間って、なんで進化しないんだろう?
そう思いながら、ボクは遥か昔に存在していたと言われる、日本という国で作られた『ドラゴンボール』というコミックを読みつつ、同じく日本という国で作られたアニメーションの『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』を視聴しつつ、ポップコーンを食べる体験と、ポテトチップスを食べる体験と、炭酸飲料水のコーラを飲んでいる体験をしていた。
だがコミックもアニメーションも一瞬で見終わり、食事の体験も同じく一瞬で終えてしまう。他に至高の体験はないものかと詩集や推理小説、SFを一瞬で読破するが、もうほぼほぼ過去の名作と言われるものはあらかた観終えてしまっていた。
そう思っている最中、AIが生成した絵画や小説、コミックなんかが届くが、それも文字通り光の速さで観終えてしまえる。だがAIも同じく、同じ速度で物語をどんどんと紡いでいっていた。
体験や感動、人間が考えていることが瞬時に人間にシェア出来るようになったので、当たり前の様に仕事の効率化は進んでいった。食事も栄養剤のカプセルから口を動かさなくて済むように点滴へと効率化が進められていくと、人間が浸かっていれば必要な栄養を接種できる溶媒液の開発が行われ、今ではそれに浸かって生きて行くのが当たり前になっていた。口に付けた酸素マスクから、空気の泡がぽこぽこと僅かに溢れだしている。
母親の胎内に、ずっといるようなものだ。
溶媒液に酸素の入れ替えや汚水などの処理は、全て機械、ロボットに任せている。これは動かなくて良くなった人間をサポートするAIを、発展させた形だ。仕事が効率化出来たので、人間をサポートするロボットの開発も順調に行われた。今もまた、溶媒液の中をロボットが泳いでいく。もちろんロボットも、そして溶媒液自体も人間の電子信号を送ることの出来る粒子が含まれているので、考えただけで自分にあった適切なサポートを受けることが出来るようになっている。
ふと思い立って、ボクはかつて存在したという日本の風景を眺めてみることにした。データ化された情報がボクの頭の中に流れ込んできて、日本という国が眼前に形作られる。それをボクは、空を飛ぶようにして眺めていた。
そうか、外に出るって、こういう感じなのか。
ボクは生まれてからずっと、この溶媒液の中で生活している。溶媒液の外に出ることも、もちろん生身の体で歩いたことなんてない。だって、その必要がないからだ。必要な体験はここにいれば全て体験出来るし、親ともここにいれば交流できる。生きるのに必要な知識はAIがサポートしてくれるし、他人との交流も電子信号で一瞬だ。互いの同意があれば結婚も出産も可能で、ロボットが二人の遺伝子情報を抽出して子供を作ってくれる。他にも今みたいに既に存在しない国を回ることだって出来た。パラメータをもう少しいじって、日本を令和という年号から、戦国時代に変えて、それぞれどういう人たちがどんな暮らしをしていたのか、そのエミュレーションを間近で眺めることも出来る。
ここにいれば、全てが揃うのだ。
この溶媒液の外には、行こうと思えばいつでも行くことが出来る。外にはロボットが何台も用意されていて、人間が外で活動したいと思えば、そのロボットを操作して自由に活動が可能だ。より性能の高いロボットの開発も出来る。そうやって外に出てまだ見ぬ体験情報を収集するのを趣味にしている人もいるが、ボクはどちらかというとインドアなので、彼らが集めてきた体験情報だけで満足してしまう。
そう、満足してしまうのだ。
溶媒液の生成もロボットが自動でやってくれるので食糧問題なんてとっくに消滅したし、電力問題も溶媒液の中に人間がいるので地盤が安定している場所に原発を建てまくって解決している。宇宙旅行については宇宙エレベーターを建設しており、今後も拡大は続く見込みだ。伝送経路化する粒子が届く範囲なら、ボクらはどこにだって行けるし、何にだってなれる。
でも、退屈で退屈で仕方がない。
ここにいれば、本当に全てが揃う。
とてつもなく美味しいものを食べた体験も、素晴らしい本やコミック、アニメーションを観た体験も、子供を出産した痛みも、頭を撃ち抜いた衝撃も、母親から取り上げられた時の眩しさも、水中に沈められて酸素が足りなくなる息苦しさも、喜怒哀楽、栄枯盛衰、そして生と死。
全てが揃うので、生きていく為のモチベーションが湧いてこない。死も既に体験しているので、そこへの興味もない。本当に、ただ死ぬまでの暇つぶしのために生きているだけだ。
人間って、なんで進化しないんだろう?
人間の行き着く果がボクなんかなら、逆にどこならもっと面白い進化になるんだろうか?
あ、そうか。そうだよ。それを探ればいいじゃないか! もっと面白く人間が進化できる、その分岐点! それをボクは、これから探せばいいんだよ!
久々に自分の内から湧き上がってきた行動意欲に、ボクは激しく興奮していた。
手始めに、他にも同じようなことを検討した人がいないか、体験を探す。当たり前のようにその体験が存在し、ボクは先達たちの試みを一瞬で理解して、新しい可能性についてエミュレーションを開始した。
そして。
その検証も、一瞬で終わってしまう。
……。
…………。
………………。
………………ああ、本当に。
人間って、なんで進化しないんだろう?
人間進退化 メグリくくる @megurikukuru
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