人間進退化

メグリくくる

未来A

 人間って、なんで進化しないんだろうね?

 だって、そう思わないかい? 機械はハードウェアの部分だってどんどん進歩していって、ソフトウェアの部分についてはAIの進化だけでも、今更僕が何も言わなくたって皆認識しているでしょ?

 だから、このニュースが出た時、僕は正直興奮した。ついに、人間の考えを機械に伝える方法が実装され始めたんだ!

 使っている技術は、そこまで目新しいものはない。ブレイン・マシン・インタフェース、脳にチップを埋め込んで、人間の考えを機械に伝える手法がある。同じように脳にチップを埋め込んで、人間の皮膚を通信経路として、人の考えを電子信号として機械と通信するのだ。これで人間は機械を、自分の体の延長として扱える。

 この技術があれば、今社会問題となっている、機械が進化しすぎてその恩恵に預かれない人が出ているという、社会格差も解消できる。それに僕たちも、より簡単に、より上手に機械を操作できるようになるだろう。

 例えば、ドアノブを握ると、それだけで電子錠を開けることだってできる。掃除機の取手を握れば掃除機を自分の手の延長線上のように扱うことだってできるだろうし、AIのサポートを受けて部屋を効率的に掃除できるだろう。

 ニュースの続報を聞くと、脳にチップを埋め込む手術については、順次地方自治体から案内が届くらしい。そこから病院に予約をして手術を受けることになるのだが、僕はもう今すぐにでもその手術を受けたい気持ちでいっぱいだった。今後発売される製品についても、人間が出した電子信号を受信できる機械が発売されていくようだ。

 ああ、早く手術を受けたくて仕方がない!

 そう思った一年後、ようやく僕は手術を受けることが出来た。

 退院する前に手術が上手くっているか、ちゃんと僕の考えていることを伝えられるか、テストを行う。僕の目の前にはいくつかの機械が、炊飯器に食器洗い機、そして掃除機が並んでいた。

 震える指で、僕は炊飯器に指を伸ばす。紙に書かれている設定値を脳裏に思い浮かべ、僕の人差し指が炊飯器の取手部分に触れる。その瞬間、一瞬視界が霞んだように錯覚する。すると電子音が鳴って、炊飯器に僕が脳裏に思い浮かべた設定が標示される。上手く炊飯の予約が出来たのを確認し、僕は心底安堵した。そしてそれ以上に、感動した。

 その後、食器洗い機も同じように時間予約の設定を指が触れただけで行うことが出来た。次に掃除機の柄を握ったのだが、これはもう、今まで掃除機をかけている景色とは、全く違っていた。

 まず、手が床についている。

 掃除機をかけているというより、乾拭きをしているような感覚に近い。ヘッドの部分が自分の手のようで、目線は立っているのに手がむず痒いような感覚。そして本当に、自分の手足のように掃除機が動いてくる。

 握っているスティックの部分だけではない。掃除機本体も自分の考えに着いてきてくれる。移動して欲しい場所に本体が移動してくるのだ。自分の考え通りに動く掃除機に、頭の使い方が追いつかない。ちょっと混乱してしまう。

 こう動いて欲しいと頭に思い浮かべるものの、掃除機本体がどの位置にいて、それがどう動くのが適切なのかイメージできないと、そもそも掃除機がそこに移動出来ないということもある。逆に掃除機本体は移動できても、コードと絡まって移動できなかったり、どうにもこうにも難しい。

 そうか、機械を動かすって、こういうことなのか。

 自分の体が広がったような形なので、その全てを意識していないと、逆に掃除がし辛くなってしまう。

 そこで重要になってくるのが、AIの補助だ。AIのサポートを受けると、今までとは比べ物のにならないぐらい快適に掃除を行える。どこを掃除したいと思い浮かべると、そこに向かってAIが掃除機全体を移動させてくれる。それに追加して、ホコリが溜まりそうな場所がひらめくような形で、AIから伝えられる。スイスイと掃除をかけて、あっという間にテストで掃除をしていた部屋がきれいになる。今までの苦労は一体何だったんだ? と思うぐらいの快適さだ。

 その成功体験を得て、僕はこの技術が早く世界中に広まるべきだと確信した。

 便利になるどころの話ではない。

 これは、世界が変わる。

 進化しなかった人間が、より機械のように進化したんだ。

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