The Future Part 1
人間って、なんで進化しないんだろう?
そう思いながら、私はこの前友達が食べたという高級料理の体験をスマホからダウンロード。スマホ経由で、友達が食べたという料理の味が、私の口一杯に広がっていく。これは皆が当たり前にやっている、娯楽の共有だ。こんなに素晴らしいものを見た、あんなに美味しいものを食べたという体験は、皆でシェアするのが当然になっている。友達から共有を受けた食事体験は、まぁ正直そこそこの体験だと思ったのだけれど、私は彼女の五感体験に『いいね』を押した。以前私が共有したスキーの体験に友達は『いいね』を押してくれたので、そのお返しというわけだ。でも、友達の体験は少し脂っこすぎる。
口直しに何かいい体験がしたいと考えると、私が握っているスマホは自動で五感体験共有アプリを起動。そこでは世界中の皆が共有した、自分の体験した素晴らしい体験をシェアしている。スッキリしたい気分というのをスマホが感じて、柑橘系のアルコールをおすすめしてくれた。私はそれに同意して、ダウンロード。そのカクテルを味わう体験をする。
私は未成年だが、この飲酒体験は合法だ。実際にアルコールを接種しているわけではなく、あくまで酔っ払っているという体験をしているだけ。実際私が今口にしているのは、ただの栄養剤のカプセルだ。世の中には美味しいものを食べた体験や、素晴らしい爽快感を感じられるドリンクを飲んだ体験がゴロゴロと転がっているのに、わざわざ自分でマズい料理を作ったり、一瞬で吐き出したくなるような飲み物を飲もうとだなんて思わない。中にはそういうゲテモノ体験が好きだという人もいるけれど、私は正直ゴメンだ。
実際に生きていく上で必要な栄養を接種し、美味しいものを食べたという体験をすれば、常に食事関連は素晴らしい体験だけで満たされる。今もまた、私は栄養剤のカプセルを口に含んで、ボリボリと噛み砕き、水を飲んだ。私が口にするのは、ほとんど栄養剤のカプセルと水だけ。後は、シェアしたくなるような料理や飲み物を食べるときぐらいだ。
でも、こんなに素晴らしい体験が世の中に溢れているのに、どうしてわざわざその体験をしに体を動かさないといけないんだろう?
だって、そう思わない? 体外の体験は、もう他の人がやり尽くしている。だったらもう、いちいち私たちが体を動かす必要性って、一体何なのだろう? わざわざ本のページを捲ってそこに書かれている内容を理解したり、口に含むものだって全てデータ化されている。だったら、それだけ接種させてくれればいいのではないだろうか?
だから、このニュースが出た時、私は正直興奮した。ついに、人間は動かなくても世界中の全ての素晴らしい体験、感動が出来るようになるんだって!
つまり、全ての、世界を情報化していくのだ。こうすれば漫画や本だって一瞬でその内容を理解し、自分の感想も瞬時にシェアできる。そのシェアした内容すら、一瞬で理解出来る様になる。
使っている技術は、そこまで目新しいものはない。機械に触れるだけで、人間の体験を送受信できるのだ。だから、人間の触れているもの全てを、電子信号が流れるように機械に置き換えてやればいい。
例えば、普段通勤に使っている道路も、住んでいる家も、座っている椅子も、着ている服も、全てが伝送経路となるのであれば、私がしたようにスマホを持たなくたっていつでもどこでも、それこそ横になって一歩も動かなくっても、素晴らしい体験、そして感動を味わうことが出来る様になる。
ニュースの続報を聞くと、既に主要都市の道は伝送経路として必要な塗料が塗られており、今後建築物にもそうした伝送経路化が進んでいくみたいだ。それが終われば、今度は私たちの生活空間も伝送経路化がなされていくことになるのだろう。私はもう今すぐにでも自分の家を伝送経路化して欲しい気持ちでいっぱいだった。そうすれば基本的に体を動かさなくたって、わざわざ外に出かける必要もなく、毎日素晴らしい体験をすることが出来る様になる。
ああ、早く伝送経路化して欲しくて仕方がない!
そう思った一年後、ようやく私の家も伝送経路化がなされることとなった。
伝送経路化の作業をしている時は実家の田舎に戻っていたので、今ようやく自分の家に帰ってくるのは久々だった。でも、家に入って、驚いた。実家に戻る前と、何ら様子が変わらなかったのだ。家具が動いていたり、塗料を塗られてフローリングの色が変わっているというようなことを想像していたのだけれど、全く変わりがない。伝送経路化を施してくれた業者の方に話を聞くと、伝送経路化を行うには人間の電子信号を送受信するための特殊な粒子を必要としており、現在その粒子は霧吹きのようなもので散布が出来るよう研究開発が進められていたという。
私は感心しながらもソファーに座り、ちゃんと家が伝送経路化されているのか、テストを行った。右手、生身の体を、ソファーに触れさせる。瞬間、私の考えた通り洗面所の電気が点灯した。次に音楽を流したいと考えると、その考え通り、スマホから家に戻ってくるまで聞いていた途中のミュージックリストが再生される。さらに私は実家に帰っていた時に体験した、母親の手料理の味を思い浮かべた。その体験情報はクラウドに格納されており、そのクラウドからネットワークを介して道、そして私の住んでいる家、さらに私が座っているソファーを通って、私の右腕、そして脳へと流れ込んでくる。
うん、確かに、この味噌汁の味は私の母親の作ったものに違いない。二番だしに油揚げと豆腐、そしてネギが入った、私の大好きな、そして温かい味だった。他にも実家で電子化したアルバムや、学校で発行した卒業文集なんかも一瞬で読み終える。家にいながら、大好きな人たちと繋がれる喜びに、私の心は震え上がった。
その体験を得て、私はこの技術が早く世界中に広まるべきだと確信した。
便利になるどころの話ではない。
これは、世界が変わる。
進化しなかった人間が、より人間同士、近しい存在になるよう進化したんだ。
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