5 因習村へいこうよ
昼時の大学の学食は騒がしく人でにぎわっている。ほとんど満席状態で空きをみつけることは難しい。相席狙いもあるが、四人席を荷物で占領している生徒もいるからたちが悪い。大学の学生である若い男女が多いなか、大学の教職員や年齢的に三十代に近い修士や博士課程の者、外部の人間も混ざっており、案外年齢層はばらけているようにみえる。
大学の構内は、個人の研究室のようなプライヴェトな空間でもない限り、入り込むのは難しくない。大講義室の授業にならば、紛れ込んで受けることも不可能ではない。それほど大学という場所は特殊で、不特定多数の人間が入り混じり好き勝手に交流する。
学食の片隅で、ひとり陰気に昼食を食べようとする学生をみつけた。
今年の学期はじめから偶然講義で隣になり親しくなった学生だ。彼とは一般教養の講義をいくつか共に受け、何度も授業終わりに食事にも行った仲だ。休日に遊んだこともある。
彼には自分のことを学科の違う生徒だと紹介してある。違う学科の人間すべてを把握している人間などいないし、大学の規模が大きくなれば同学科の生徒同士でも知り合う機会は少ない。加えて入学したての一年生なら、顔と名前が一致している人間を探す方が困難だろう。
より交流関係の狭そうな人間を狙い、時間をかけて友好関係を築いていく。目的のためには時間や手間を惜しまない。必要なら年単位の時間をかけて信頼関係を構築してもいい。
彼の元へと手を挙げて、親しみを込めて近づいていく。
紛れ込んでいる身分だから、バイトで忙しいという設定になっている。
そう、設定だ。この大学の生徒で、偶然知り合って友達となった、という設定。
機は熟した。彼はこちらを疑ってもいない。
かける言葉はすでに知っている。肩に手をおき、声を潜めて耳打ちする。
「お前だけ、ここだけのいい話があるんだよ」
因習村へ行こうよ! 志村麦穂 @baku-shimura
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