【掌編】呪われた橋【1,000字以内】

石矢天

呪われた橋


 動きやすい衣服を身にまとった旅人が橋の前に立っている。


「この橋、おかしいんだよ」

「どこがですか?」


 隣の女が身を乗り出し、ふたりは橋に注目する。


「まあ、見ててくれ」


 旅人がゆっくりと橋の左端を歩いていく。

 女がその様子を見守っていると、橋の中央に差し掛かったところで、突然旅人が動きを止めた。足は動いているのに前に進まないのだ。


「ほら。これ以上、先に進めない」

「ウソ!? ……うわ、本当ですね」


 女も同じように試してみるが、やはり橋の中央付近で先に進めなくなった。


「この橋、前もこんなことありましたよね」

「そうそう。前回は確か……右端を歩いたら橋の手前まで戻された」

「この橋、呪われてるんじゃないですか」

「俺もそんな気がしてきたよ……」


 ふたりは顔を見合わせて大きくため息をつく。

 

「お前、これ直し――」

「無理ですよ。だってまだ城と洞窟やらなきゃですし」

「だよなぁ」


 旅人はポツンと橋の中央左端に止まったまま。


「ちょっと相談し――」

「待ってください」


 立ち上がろうとした俺の袖を、女がグッと掴んだ。


「これが伝わったら、直せってことになりますよね」

「まあ、なるだろうな」

「……見なかったことにしませんか?」

「おまえ、何言って!?」

「先輩だってもうしばらく家に帰ってないですよね? 今夜も帰れなくなっちゃうかもしれないんですよ!?」

「…………ッ」

「私なんか彼氏には愛想つかされそうだし、これ以上は本当に……ふぐっ」


 女の目から涙がこぼれた。本当に限界なのだろう。


 そして俺も、同じく限界だった。

 生まれたばかりの子どもの顔も、ろくに見ることが出来ていない。


「……そうだな。普通に真ん中を通れば渡れるわけだし」


 俺はそのまま腰を下ろした。

 そうだ。俺たちはなにも見なかった。


 このまま誰も気づかなければ、俺たちは久しぶりに家に帰ることができる。


 しかし、俺たちの小さな企みは次の瞬間もろくも崩れ去った。

 不意に背後から現れた死神チーフが、事もなげに俺たちに呪いの言葉を吐いたのだ。


「おーい。二人とも、ちょっと――。おっ、お前らも気づいたか。そこの橋、バグだよな。二人でうまいこと修正しといてくれ。マスターアップ明後日だから特急でしくよろ~」


「「……はい」」




          【了】  (本文904文字)




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