第8話 悪役令嬢


 あーはっは! 今日も快晴、気分がいいね! 


「風きゅん、参りましょう」

 少し高めの空間へ手を差しだせば、風くんが現れて手をとってくれる。


 おほほ。飛ぶ練習をするんですの。空を飛ぶ練習。

『1人で飛べるけどぉ、まだフラフラしちゃうのおぅ』って苦肉の策で告げたら風くん、笑ってうなずいてくれたんだあ。うふふ


「なぁイザベラー。ずっと思ってたんだけど、なんでカゼにだけ態度が違うんだよ?」

「ん?」

「カゼくんとかカゼきゅんとか呼んでさあ。おまえ、俺のこと最近『ウ』って呼んでるよな? ウォーターなのにウってひどくないか」


 ウォーターって毎回呼ぶの、めんどくさいんだよね。長くない? 英語っぽくウォラーって言ってみたこともあるけど……なんか言ってる自分がバカっぽく感じるんだ。顔がさ、『英語言ってるんだぜ』みたいになるんだよ無意識に。ラーの部分でさ、ドヤ顔してる認識があるわけ。だから自分には言いやすい鵜になっただけだよ? 水と関係ある鳥だしね。


 って言いたいけど、彼ら元素体の世界に鵜がいるのか分からない。仕方ないので鵜を説明してみる。


「鵜は、素晴らしいんです。我慢づよいと言われていますし人々の役に立っています。しかも、まさしくエンターテイナーであるともアタシは思うのです! だから。ありがとう鵜! ありがとう鵜匠!」


 一生に1度は見ておきたいという祖父の願いに便乗して、アタシは鵜飼を見に行ったことがある。あの幻想的な世界を思い出し、ついつい握り拳をして熱く感謝した。


「イ、イザベラァ……俺のことをそんなふうに」

 なぜかウが泣きだしている。

「どうしたウよ。風きゅんときみとの違いは、イケメンかどうかだよ」

「んなっ?!」


 うつむいて手で涙を拭いていたウが、勢いよく顔をあげて叫びはじめた。


「なに言ってんの? ナニ言っちゃってんの? ぼくショタっ子だよ? 可愛いショタ顔だよ? オカシイんじゃないの?! 目がオカシイんじゃねえの。イザベラには俺の顔がどう見えてんだよっ」


 タッコ? 抱っこ? なに言ってるか分からんのはウの方だ。元素体語はやめて欲しいよね。


「水色のしずく型の顔に、棒線で目と鼻と口が書いてある感じじゃん。鏡を見なよ……水面みなもか? 鏡がないね、そういえば。あ、最近、鼻のしたに1本線が増えて『マンガの鼻』って感じに進化したよね? 何があったのさ?」

「知らねーよっ! ってかマジで! そんな顔とか信じらんねー。じゃあカゼの顔はどう見えてるんだよ?」

「え? 風きゅん? クルクルの巻き毛にキリリとした眉。ドッキドキの瞳でつくるニコッな笑顔からのぞく白い歯が魅力的だねって感じの顔でしょ?」

 歌ってよ、ってリクエストしたら、ヒューヒューとビュービューだけが聞こえてきて、そのうち暴風が吹きはじめて飛ばされた。2度とお願いできない。悲しい。



 ──ドタッ──


「ね、じゃあわたくしの顔はどんな感じ?」

「え?」

 いや、ウォーターが白目をむいて倒れたんだけど。

「オラは? オラはどうなんだべ」

「ちょっ」

 押さないでほしいよ。いやウォーターの様子を……ヒーッ! ファイヤー姐さん、むちをしならせるのはヤメテッ。


「ふぁ、ファイヤー姐さんは美人さんです。あのーパッチリお目々です」

 本当は、ろうそくの炎みたいな顔に黒目があるだけだったんだけど、町で買い物をするために人に変身した姿をみてからは、まつ毛がバチバチにある二重瞼に変わってた。


 最近、アタシが令嬢としてなっていないと宣言したファイヤー姐さんは、教育だと言って鞭を地面に叩きつけては[正しき令嬢の在りかた]を教えてくる。女王さまと思わず叫んだら、花の女王と一緒にするなと言われた。……もうなにが何だか。元素体の言ってることって難しい。


「じゃ、じゃがいもは、つぶっらな瞳で、かわいい、っ、す」

 ガクガクとアタシの腕を揺らしつづけるじゃがいもを落ち着けるために声を出す。


 じゃがいもは右側に重みがありそうなメークイン型の顔をしている。男爵って呼べたら楽しかったろうにと、ちょっと思うよね。それに、芽かと思ったら目だったとか、おもしろすぎて話すのが辛かったときがあった。いまでは癒しだよ、じゃがいも。


「ね、じゃあイザベラの好みってどんな人? 王太子だってカッコよかったでしょ?」


 王太子? モザイクしか思い出せない。まさかモザイクと言ってすぐに魔法が反応するとは思わなんだ。ちょっと時間がかかるかもなーって思ってたんだよね、テレビ仕様を想像したからさ。魔法って謎。

 ついでに付け加えておくと、王太子にざまぁした後、この国の王ってヤツに会いに行った。イザベラの捜索をやめるならば魔物は連れて帰るという取り引きをするために。

 最初は《この国のために》とか《国民が》とか王太子と同じような言葉で懇願していたのに突然キレて、《3匹くらい我が騎士団が倒せる》と喚いてきたので、魔物ずっと送りつづけマッスルとゴリラ腕を見せつけつつ伝えたら交渉成立したんだぜっ。さすがゴリラさま。


「男? 女? 元素体? ねぇイザベラはどんな人が好きなの?」


 好きなの? アタシの好きなのは────



 *****



 仲川中尉。

 評論家からは酷評を受けたB級映画の、名前と2、3のセリフがある脇役だ。


 主人公は明るくまっすぐな青年で、仲川中尉は彼を助けて、代わりに敵から爆撃される飛行士野郎だった。

 ちなみに主人公は、いつでも語尾に『~だぜっ』をつけて話していて、正直ウザ野郎だった。だが、この『だぜっ』を、なにかに挑戦したいときや心を奮い立たせたいときに使うと妙にテンションがあがると気づく。ヤツを見なおしたんだぜっ。


 映画のなかの仲川中尉は、いつでも飛行機と共にあった。

 画面のどんな端っこに映ろうとも、彼はいつも飛行機を整備していた。真な顔で熱烈な瞳をして飛行機と対していた。そのほとんどは画面に背を向けつつ飛行機をいじっていたのだけれど。


 アタシは、そんな彼をボーッと見つめることしかできなかった────。



 そうなのだ。


 アタシにとって魅力があるのはメカを整備する人なのだよ!


 車の整備士もバイクの整備士もたまらなくカッコいいと思うし、家電を修理しにきてくれた人には、このまま住んでくださいと助言した。

 腕時計を修理してくれた商店街の時計屋のおじいちゃんには、結婚してくださいと叫んだほどだった。なんだったらキーボードを速打ちしている人の横で、パソコン用語を聞きながらお茶を飲んで過ごしたい。そんなカフェタイム、至福だね。なに言ってるか全然分かんないだろうけど。



 ……だから許せねえ。

 あの、筋肉ゴッリゴリの騎士の奴らめぇ。

 あいつらは剣を魔法できれいにしてやがるんや。


 マイウェポンのメンテナンスを、唱えるだけで済ませるだ、とぉ。

 拭紙を口にくわえて打粉しろや。油だって拭いたりつけたりしろや。

 そんでもってその出来を鑑賞するんやろがい。そんなときに彼らは無の境地に入ったかのようなお顔になる。それが剣に対する礼儀じゃろうがあぁぁ! 時代劇を見くされや!! 



 という、そんな想いを普及させるため、アタシは映画をつくろうと考えた。

 新しいモノをつくっちゃう小説だって何冊か読んだからね。


 って。…………つくれるかああああああ!! 即、挫折した。


 ムーヴを記録する機械を誰が発明するんだ? 

 アタシには無理。たくさんの精密機械にかこまれて生活してたけど、そのどれをも便利に使いこなすことしか考えてこなかった。

 偉人たちの地道な功績が、凡人頭脳で理解できるはずがない。

 しかもドヘタな話術で元素体たちに説明できようはずもない。

 映画には多くの人々と、とてつもないお金が必要だというのに、それらを準備できるツテもコネもない。だって逃亡者だからっ。


 この切なくも歯がゆい気持ちを分かっていただけるだろうか? 


 こういうときは大好きな歌を聴いて、頭を思いきり縦に振りまくり大声でシャウトしたいのだが、そんな音楽も存在しない。


「ようし、アタシの歌で世界を目覚めさせるんだぜっ」なんて勢いよく思ったけれど、これまた大好きな音を弾きだすためにはメカが必要じゃないのか? 

 あのキュウイ〜ンとした心臓に痺れをもたらす音は、電子のチカラなんだろうからさ! 


 だいたいよく考えてみれば、庶民が行く酒屋でさえ笛を吹いたりバイオリンみたいなものを弾いて楽しそうに踊ってるような、和やかで気の良い人たちしか存在していなさそうなのだ。アタシが最高に好きな音楽は、彼らにはヘビーな衝撃でしかないのではないのか。難癖をつけられて追われるメタな未来が見える気がする。



 こんな感じで『花音の世界』と『イザベラの世界』の違いに気がついては、ふつふつとした怒りが心の奥底から湧いてくる。

 その怒りがどうしようもなくなると、アタシはいつのまにかゴリラ腕で地面に穴をあけていた。今はウォーターが湖にしてくれているが、いつか全てが繋がって海になりそうだ。


 なぜアタシは、ここにいるのだろう──


 そう考えはじめると決まって思いだすのは、DVDにまつわる思い出だった。



 *****



 DVD……アタシが彼と初めて出会ったのは、小学校3年の夏だった。


 アタシの生家は山の奥の奥にある、家族3代で営んでいるような小さな旅館だ。

 ポツンと山奥にある旅館は、旅行者には緑の生い茂る素晴らしいところだったろうが、小学生のアタシには暇をもてあます過酷な環境だった。


 なにせ同級生たちは、山をひとつ越えた集落に住んでいたから毎日遊ぶというわけにはいかない。

 家族連れの子どもが泊まりに来たときに遊ぶこともあったが、彼らはすぐに帰ってしまう人間だ。旅の隙間に空いた、ほんの短いときを共有するだけだった。


 そんなある夜、めずらしく父が食事の時間に現れた。

 そしてアタシに父自身が借りてきたというDVDを手渡してきた。

「好きなんじゃろう、映画」

 ぼそっと呟いて、いつの間にか居間に鎮座していたDVDの操作説明をしたあと、そそくさとご飯を食べ父は旅館の仕事に戻って行った。


 アタシは結構、感動した。

 父母が中心に働く日々では、彼らとの接点はほとんどないと言っても良かった。

 アタシはひぃばあちゃんに育てられた。だけど、ひぃばあちゃんは元気すぎて旅館の雑事や畑仕事をしていた。つまりやっぱり1人のことが多かったのだ。


 このころに、テレビで映画が流れるとアタシは好んで見るようになっていた。

 それは大抵、夕飯もお風呂も済んで、おやすみを言われアタシ以外の家族が残りの仕事を片づけに行ってしまったあとの時間だった。

 だから誰も知らないと思っていたんだ。アタシが映画を見ていることは。


 父が借りてきたDVDはアクション映画だった。

 空手ものと警察ものとロボットもの。

 特にハマったのが空手ものだった。家を掃除することで修行になるうえ、ひぃばあちゃんからお小遣いがもらえたから。

 それに、返却日が近づくと買い出しに行く父か母の運転する車に乗りこみ、おしゃべりする時間が持てたから。

 アタシは嬉しくて嬉しくてアクション映画を借りてもらっては見まくり修行をしまくった。山を駆けのぼり木に掛けのぼり屋根によじのぼった。


 そうしてスポーツ推薦で大学に合格し、都会に出ることになる。


 都会に出ると、アタシはアクション映画だけではないDVDも見るようになった。

 なぜなら都会は近くに山はないし、木にも屋根にも登ったとたんに怒られたんだ。暇すぎた。


 卒業後は、学生のときに下宿させてもらっていた叔父さんが営む会社で事務員として働いた。その間もDVDは欠かさずに見ていた。アタシの生活は、DVDと家電製品巡りと修行でまわっていた。

 そんなあるとき、スタントをする女性たちの映画を見た。鳥肌がたった。これはアタシがする仕事じゃないか! そんな天啓を受けた気がした──。



 これ以降の記憶を思い出せない。


 ズキズキする頭を抑えながら、どうしようもない気持ちが膨らみすぎると、最近は空へと上昇する。


 雲らしきものを突きぬけ、さらに上へと飛びながら『宇宙服、酸素、透明』とつぶやき魔法を使う。


 星々が光をまたたかせる暗黒の世界に浮かび、桃色に光る球体を見おろす。

 しばらくその惑星を見つめたあと、アタシは腕をゴリラに変えて最大限に大きくする。


「いつ──」


 遠くに見える惑星をギュッと掴みつぶすように、目の前で拳を握る。


「いつヤろうか」


 そう声に出すと、歓喜のほとばしりが背中を駆けぬけた。


 ああ、そうだ、アタシは[悪役令嬢]に転生したんだった。

 悪役令嬢は、ザマァしなければ。この世界こそに。


 何度もそう思ったけれど4大元素体の顔が浮かぶたびに、とどまってきた衝動。

 その衝動のとどまる時間が、日ごとに短くなっていく。


 そして今日──


[悪役令嬢]、アクション!! 


 そんな言葉がどこからか聞こえ、アタシは目をギラつかせながら拳を構えて、桃色の惑星へと降下していった。





 ──おしまい──

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