第4話 ハーレム
ドォォォォン!!
──「すまない、ウォーターよ。水をたのむ」
「えぇっ! イザベラァ、これで5個目だよ〜地面に穴をあけるのぉ」
ウォーターがあきれている。
「悪い。よろしくたのむ」
軽く頭をさげ、ウォーターを背後に残して家へと足をすすめた。
ここはイザベラ嬢がいた国を出たところにある、魔の森だ。
*****
およそ1ヶ月半前、アタシはイザベラ嬢の実家であるヤランデ屋敷を出て国境も越えた。
この先には[魔の森]があり、隣の国へ向かう人たちは傭兵か冒険者なんかを雇って通りぬけるのが通常らしい。国境前で立ち聞きした情報だ。
立ち聞き──これが意外と大変だった。
なにせアタシは魔法のチカラで透明人間になっている。近づきすぎて相手の手がアタシの腕に当たったとか、じっとできない子どもが走ってきてアタシにぶつかって倒れるとか。
透明なままで大勢のなかで過ごすのは、かなり神経をつかうと実感した。
そもそも国境の通過は見えない姿で早々にする予定だったのだが、並んでいる人たちから聞こえてくる噂話は、あまりに[正しく異世界]で足をとめて聞きたくなるのだ。
そんなふうに歩いては聞き、聞いては歩きとフラフラさまよったあとに、国を出た。
そこから半刻ほどすすむと、小さな川が現れた。
その向こうには森が広がっていて、ああ、これが魔の森かと理解する。
黒々しくて禍々しい気がしないでもない。……暑くて分からん。
強い日差しをさけるため膝までの川をザブザブとわたった。
ついでに透明化をやめる。地味に魔力をつかうし、周りを見ても人がいなかったから。
アタシは国境を通過した人たちとは反対の方向へ歩いていたのだ。
そして森の入り口まで歩いたあと木のしたに座り、キラキラと輝く川を見ながらボーッと涼んでいると、左から何かがやってくるのが視界に入った。
その動く何かは浮いていて、なぜか川岸をなんども行ったり来たりし、アタシの前あたりで止まっては激しく揺れていた。
アタシはソレを、知らずに目だけで追っていたらしい。……朝から歩きつづけていたし、少し前に昼のパンを食べたから良い感じに眠かったのだ。
「そこのお前! も、もしや見えるのかっ」
ソレはとつぜん叫んだ。
その叫び声は、眠りに落ちそうだったアタシの頭を驚きでガクンと縦に振らせた。
すると興奮したようにソレは、アタシの顔のまえに言葉の綾ではなく『飛んで』やって来た。
「おおおおお! 久しぶりだよっ、俺が見えた人間は!」
──このセリフに、人間はどう答えればいいんだ?
仕方がないので「おおお、殺虫剤はどこだ」とボケてみた。
すると「俺は虫じゃねー!」と即レスされる。
しばらく黙っていたのだが、なにか期待を込めた目で見つめられる。
仕方がないので「幽霊……精霊、とか?」と呟いてみた。
それなのに「ちげーよ!」とソレが怒鳴りはじめる。
「お前ら人間には見えないだけで、俺たちはいつでもどこにでも存在してるんだっ。それなのに幽霊とか精霊とかってなんだよ。まるで半分しか存在してないみたいじゃん! いつもいつもお前らが精霊と言うたびに腹が立って腹が立って……それで……果たして俺たちは何と呼ばれるべきか、考えてきたんだ……」
最初は手足をバタつかせて怒っていたようなソレが、だんだんと思考する体勢に入っていった。
寝入りばなを邪魔されたため、このまま付きあう義理もなしと思いアタシは静かに立ちあがり黙礼し、森へと身体を向け去ろうとした。
その途端に小さな冷たい何かがアタシの肩に触れ、振りかえると同時に見えたドヤ顔のソレが嬉しそうに言った。
「いいか、俺たちは[元素体]だと思うんだ!」
ほんの少し、沈黙があたりをつつんだ。
その元素体とやらの宣言が心底どうでも良かったので、アタシは礼儀としてうなずき再び足を踏みだした。
しかし左耳のそばで、いまだに持論を語りつづける声がする。
「そうだよ、なぜ気づかなかったんだ。ずっと4大元素として人々に説明されてきた俺たちには、いっそ元素と呼ばれた方が心地いいじゃないか。そして4大元素以外のやつらを精霊と言えば、森の王にも花の女王にも悔しい想いをさせられる。それに……」
一体なんの話をしているのかサッパリ分からなかったが、これが水の精霊王、もとい水の元素体と出会った日のことだった。
*****
それからさらに時は過ぎ、現在。
今では4大元素たちと暮らしている。
水の元素体、好きな名で呼べと言うのでウォーターと呼んでいるが、ヤツと契約したら増えていた。
ヤツが言うには、アタシの魔力は「痺れるほどにウメェ」らしく、それを他の3元素体それぞれに自慢しに行ったらしい。
ウォーターの喋りは川の流れのように淀みなくつづき、
アタシは出会って30分も経たないうちに、頭では別のことを考え、口では適当に相槌をうつというスキルを使っていた。
そんな相槌の日々が、気づくと数体との契約という形になり、良かったのか悪かったのかアタシの森での生活を変えていったのだった。
まず、ウォーターがいると飲み水の確保を常に考えなくて良くなった。
次に火の精……火の元素体ファイヤーがやって来ると、火おこしが楽になり風呂にも入れた。
土の元素体ジャガイモは、畑を作ってくれて食料確保ができるようになる。
そして風の精霊王、風くんがやって来たら、暑いときにはそよ風をおくってくれ、生活の場所を洞窟から移動したいとつぶやくと、空から良い場所を探しに行ってくれた。
ああ、空を飛んでいる姿に、どれほどの憧れがございましょうか──仲川中尉。
そんな洞窟生活から葉っぱ屋根生活への移行を経たあとを、劇的に変えてくれたのが森の精霊王だった。
彼は丸太小屋やベッド、食卓セットまで作ってくれて、アタシを文明人に近づけてくれた。
その森の精霊王ジャングルは、やって来るたびにウォーターと言い合いをする。
「私も元素体のはずだ!」……と。
それを聞いたウォーターは必ずこう言う。
「どの世界でも、4大元素は水、火、土、風なんだっ。森や木が入ってるのなんて聞いたことがないんだから却下だね」
そして悔し涙を流しながらジャングルが言いかえす。
「私たちがいなかったら、生命は増えないし食物だって存在できないじゃないさっ」
アタシには元素がなにかも分からないから、何も言えない。
聞いた記憶はあるが、元素記号という単語とH2Oは酸素、くらいしか思い出せない。ゆえにアタシの取る態度はいつも同じだ。
「森の王ジャングルよ、きみが第5の元素体だとアタシだけは心に刻むよ」
「イザベラさまっ…………!」
こんな茶番は定期的に開かれる。
おそらく4大元素に入れなかった森の精霊王の精神を安らかにするために。……たぶん。
最初はからかっていただろうウォーターも、いまではどこか同情を
アタシは、これからも木材を提供アンド加工していただきたいがために菩薩のような顔をして付き合っている。
それが今日は、ファイヤーが口を出してきた。
なぜならばジャングルが、いつもは言わないセリフを言ったからだ。
「なにさっ。家を作ったり食器を作ったり生活の質を上げるってこと、あんたたちには出来ないじゃないの!」
「なんてこと言うの、ジャングル! わたくしたちがイザベラさまのために行なっていることは毎日のことなのよ?! あなたは時々やってきて、ほかの妖精たちに作らせたものを贈っているだけじゃないっ」
そうなのだ。
彼ら4大元素は、契約でアタシから魔力をもらう代わりに働いている。
ファイヤーはアタシに毎日の食事をつくり、ジャガイモは食料を育てたり収穫したりし、風くんは掃除や洗濯をしてくれている。そんな家事のあれこれに水が必要で、ウォーターも忙しく働いている。
なぜならば彼らと契約するときの条件にしたから。
そもそもの条件内容は、元素体の力で強力な魔法がつかえるようになる、ということだった。
けれどアタシはこの世界の魔法を理解しているわけではないし、しかも決められた言葉を唱えなければ使えないと言われたのだ。お断りするしかなかった。
するとウォーターは泣き始め「契約してくれよぉぅ、なあなぁな〜」としつこく
あまりにもうるさ過ぎて思いつきで言ってみた条件だった。
そのためジャングルにも何か条件をと思うのだけれど、主な家事はすでに足りているうえにウォーターが反対するので契約に至っていない。
そしてファイヤーが言うように、確かにジャングルは妖精たちに指示を出すだけだ。
……でも王なんだから普通じゃないの? と言いたいんだけど雰囲気が許さない。
「ピドイ! 傷つきマックス」
ジャングルは両手で顔を覆いかくし、泣きながら森へ走り去った。
ファイヤーが口を出しても、最後は同じセリフで退場した。
そしてジャングルは何日かするとまたやって来て、帰り際にこの茶番劇を楽しむのだ。
光合成で前の会話は忘れたと言っているあたり、残念王なのだろう。
だんだんとアタシは、ジャングルの泣き顔を楽しみにするようになっていた。
契約は成されないと予想する。
そんな小芝居の日々も何もなく過ごした日々も1日の終わりにベッドに入ると、必ず儀式のように4元素体がアタシの指に吸い付いてくる。
彼らがアタシの両手で「ああああ、さいこぉ〜」とか「うふぅー、イイッ」とか言ってピクピクしているのを見るたびに奇妙な気持ちになる。
「ハッそうか! ハーレム!」
いつも感じていた。なにか、この状態を的確に表現する言葉があったはずだと。
ハーレムだわコレ。
アタシ今、ハーレム王なんだワ。……ん? 逆ハーレムっていう言葉も聞いたことがあるな。うーむ。
「ハッなるほど! ハーレムの逆ねっ」
つまりハーレム構成員のことに違いない。
ということは、この4大元素たちのことだ。
アタシはハーレム王で、彼らは逆ハーレム隊員か。うんうん、もやもやが解消したワ。
──魔の森で暮らし始めて6ヶ月。
アタシは久々に気持ちの良い心持ちで眠りについた。
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