第5話 モフモフ


 魔の森には魔物が出る。

 しかも以前、洞窟生活をしていたずっと奥から。

 そしてそれらは決まって10時と15時に出てきやがる。

 オヤツの時間かよ、奇妙な世界だ。


 なぜ時計もないのに時間が分かるのかというと、[時間鳥]が飛んできて教えてくれるから。……アタシはてっきり田舎によく流れる町内放送だろうと気にしたこともなかったのだが、実物を見て違うと知る。


「10じぃ〜〜〜〜〜〜10ぅ時ーーーー」


 間伸びしたザラついた声で1時間に1度、どこからともなく飛んできて鳴いて知らせてくれる。

 朝のうちは低く飛び、だんだんと上にあがって行き、夜もふけると鳴き声がかすかに聞こえるほどの高さを飛んで行く。


『私たちの国を飛ぶ大きな時間鳥の声が届かない場所には、別の時間鳥がいるのよ』と、国境付近で子どもたちに教える大人の会話を立ち聞きして知った。


 そして15分ごとに3羽のヒナ鳥が「マミー、マミー」と鳴きながら追いかけ飛んで行く。

 この世界の人間たちは、それで時間を知ることができる。


 だが。だがしかし。アタシは腕時計が欲しいのだ。


 たとえば8分なんて時間も、23秒という時間も知りたい時はあるはずなんだ。

 そして地域によっては時差が生じてるんやないんかとも訴えたくて仕方ない。

 つまり時間鳥は文明社会のすばらしい精密な腕時計をつくる職人の輩出を、明らかに阻害していると思うのですよ! 


 何度あの鳥に石をぶつけて焼き鳥にしたいと願っただろう。


 だが時間鳥は不死であるらしい。

 そしてヤツらに害をなした者は鋭い爪につかまり住処へ運ばれ永遠の命を与えられ、ヒナ鳥たちの世話をさせられるらしい。

 それがものすごく過酷だから、時間鳥には「バカやろー」さえ言ってはダメですよ、と諭しているのも聞いた。

 これは、国境が近くなるにつれ時間鳥のバカデカさに気づいた子どもたちが怯えて泣き出すから始まる口伝くでんだと、どこぞの酔っぱらいが独りごちていた。



 そんな時間鳥が朝の10時を知らせながら上空を通り過ぎたあと、地上では魔物たちが洞窟から走り出てくる。

 これが、アタシが今住んでいる場所へ引っ越した理由だった。


 引っ越したあとも、お肉が食べたくなると魔物を狩りに行く。

 アタシは、魔法の力で両腕をゴリラに変えて戦っている。

 ウォーターには「俺のアクアルシオをつかって攻撃したら?」と理解不能な提言をされたが、丁重にお断りした。


 アタシの戦いは、拳なんだぜっ。


 実を言うと、ロボットの腕にしたかった。ロボットでの戦いを想像してはニヤニヤしたのだが、森にロボットは違うんじゃないかと考えなおしたのだ。

 やはりロボットは都市で存在してこそ、メカたる美学を発揮するのではないかと考えるのです、仲川中尉。


 森はゴリラのもののはず。



 *****



 そんな想いとともに魔物を狩っていたある日。

 魔物にゴリラパンチをお見舞いしようとすると、白い何かが間に飛んできた。


 当たる前になんとか拳を止め驚き見ると、ふわっふわの綿毛みたいな毛を持つ小さな犬が地面にシュタッという感じでキリリと降り立った。……うん? なんだろう擬態語の文字が見えた気がしないでもない。疲れているのだろうか。


「危ないよイヌ、あっちに行っててね」


 アタシは白い犬をそっと抱きかかえ全力疾走し、離れた木のそばに連れて行く。

 犬の安全を確かめたあと、ふたたび魔物に向かって走りながら魔法でゴリラの足に変え、飛び回し蹴りをした。


 良い感じで入ったなと満足して振りかえると、魔物がいまだ立っていてなぜか地面を凝視している。

 つられて見ると、先ほど救助したはずの白犬が倒れていた。


 え、なんで? と疑問に思いつつ顔を上げると、同じように顔を上げた魔物の目と合った気がした。


 そして再度のファイッ! 

 ファイッ、ファイッ、fight! 

 何度もの撃ち合いに息を切らして魔物と対峙しているのだが、いい加減にキレそうだ。


 なぜなら全ての攻撃の間に、白犬が介入してくるからだ。


 魔物なら1撃で殺られているはずのパンチやキックを受けても、その白犬は次の繰り出しにはやって来る。

 死なないなんてコイツは怪物か? と、ふと白犬に視線を向けた瞬間、戦っていた魔物が勢いよく逃げ出していった。


 ……まあ、すでに数匹は狩っていたから特に困らないが。

 魔物を見送って隙があるにも関わらず、白い犬がこちらを襲ってくることはない。


 アタシはゴリラ魔法を解除してチラッと白犬を一べつしたあと、なにも言わずに早足で自宅へ帰ることにした。



 *****



 ……なんだろう? 気持ちが悪い。


 突然の空気の変化に、めまいがした。

 玄関先に置いてある桶の水をすくい手を洗っていると、後ろから声が聞こえてきた、たったそれだけなのに。


「おなかすいたっ!」


 耳に思いきり圧を受けたような鋭い痛みに、ギュッと眉根をよせて振りかえった。

 すると先ほどの白い犬がいて、どうやらワンワン! と吠えているようなのだ。


 けれどその吠え声は、見えない圧力の向こう側で鳴っている[音]として受けとれるだけで、代わりに「おなかすいた」の声が、ある種の攻撃のようにアタシに向かって放たれている感覚がする。

 しかも「ワン」の音から2、3秒ずれて声がするので、視覚にも違和感があって気持ちが悪い。


 白犬はニヤニヤと笑っているような顔をして近づいてきて、驚くことを口にした。


「ねえねえカノンちゃん、ボクおなかすいたんだぁ」



 ──カノン。花音。イザベラじゃない、アタシのことだ。



 なぜコイツは知っている? 

 頭のなかがサァッと一気に真っ白になり、気がつくとウォーターに水をぶっかけられていた。


「イザベラ! 犬を殴るなんて何やってんだよ?!」


 ウォーターがアタシの目の前を飛びつつ涙を浮かべて怒っている。

 地面を見ると白犬が横倒れになっていて、口から血を出しハァハァと、か細い息をついていた。アタシの腕はいつのまにかゴリラ腕になっている。


「ごめんっ」


 咄嗟とっさに後ろに飛びすさりながら謝ったけれど、頭のなかはパニックだった。



 *****



 白犬は結局、4元素体に可愛がられながら共に暮らしている。


「モフモフ〜、ごはんよぉ」

「モフモフゥ、相変わらず毛が気持ち良すぎだよー。お風呂どう?」


 こんな名を付けられ、こんな感じでお世話されているのだが、なぜ当然の顔をして食卓で食べているのだろう。なぜアタシのベッドでブラッシングされてるのだろう。


 アタシは極力、白犬を避けていた。


 とにかくアイツが話すだけで頭痛がひどく、気持ちが悪くなるのだ。

 4元素体は圧をまったく感じてないようだし、アイツの言葉も分からないようだった。

 だからアタシが白犬に対して、嫌な顔をするのが理解できない。


 とくに辟易へきえきとしたのは、魔物狩りに連れていけと訴えてくることだった。

 出会ったときと同じく、なぜか魔物との間に入って来る。

 アイツに見つからないように出かけても、必ずどこかから飛んできて殴られている。


 モフモフへの扱いが酷すぎると言う4元素体に、アイツの愚行を目撃させて、やっと白犬は少しオカシイのかもと思わせることに成功したが、それでも変わらず可愛がっている。アタシと4元素体たちとの間に溝ができた気がしてならない。


 だが白犬に対してなによりも腹立たしかったのは、なぜアタシの名を知っているのかの返答が要領を得ないからだった。


『魂の情報を読める』


 異世界ならアリなんだろうかと思いつつ、どこか曖昧あいまいな答えにしか感じられない。

 さらに質問を重ねるが、『それはあれなんだよねぇ』と言うのだ。


 しかもすごくイラつく下卑た顔で見おろすように言ってくる。わざわざ首を後ろに反らせて笑っている感じが殴りたくて仕方なかった。


 そして花音の世界に戻る方法を尋ねると、ワウワウと犬語になる。それも我慢ならなかった。


 1週間も経たないうちに白犬の存在が限界にきたアタシは、密かに魔物の洞窟の奥深くまで投げとばしたりイザベラちゃんの国の貴族の元に置いてきたりした。それなのにアイツは戻ってくる。


 どうしようもなくなり、狩りだけは邪魔されないよう白犬を捕まえ、小屋の柱にグルグルと縄で巻きつけることにした。


 すると白犬は、急にハァハァと荒く息をしながらもだえはじめた。


「あぁんカノンちゃぁん、殴るだけじゃなくって縛ってくれてありがとおぅん。…………あぁ思いだすぅ……」


 圧もなく話し、足をモゾモゾと動かして、犬歯のあいだからはヨダレが出ている。


「ねぇねぇカノンちゃん縛りかたなんだけどぉキッコゥ」「キモチワルイッ!!」


 よく分からないがアイツの話を聞きたくなくて叫んでしまった。

 それから勢いよく向きを変え玄関を飛びだし扉を閉める瞬間にも、白犬の恍惚とした声は聞こえた。



「はぁぁぁん……ミシェルさまぁ……ん」

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