第6話 変化
アタシは今、落ち込んでいる。
ここ2週間ほど何もする気が起きず、ボーッとしてしまう。
ことの起こりは、馬車の発見だった。
あの日──魔物を狩ろうと森に出たのだが、たび重なる白犬のドM妨害を受けたくないため、まだ行ったことのない森を1人で歩いていた。
隣国に近い場所まで来ると、ドアが開け放たれた馬車を見つけ、周りを見ても人の気配がしない。
念のため魔法で両腕のみゴリラに変えて、慎重に馬車のそばへ行くことにした。
その途中で気づいた洞窟。入り口付近の地面には食事らしきものが散乱している。
あー魔物かなぁ。
あたりを警戒しながら馬車にたどり着き、ドアのなかを確認しても人はいなかった。
開いていたドアを閉め、さらに前方に向かうと、いないだろうと思っていた馬が2頭いた。馬は食べられるか逃げているかしているだろうと考えていたので驚いた。
もしかしたら誰か戻って来るかもしれないと昼近くまで待ってみたのだが、気配すら感じなかった。
仕方がないので、洞窟に帰宅しはじめた魔物を数匹だけやっつけ馬車の上に乗せて、2頭の馬を引きながら自宅に戻った──。
そんなふうにして手に入れた馬車。
アタシは車にすることを思いついた。
カボチャとネズミが馬車になるなら、馬車が車になっても良いはずだ。
意気揚々と4元素体とともに森を整備し、わくわくと乗り込み走らせた。
カーアクション映画のように高速スピードを希望する。そして曲がるときのタイヤの滑りなんかも楽しんでみたかった。
この試乗が成功するならば、馬車をさらに購入することもアリなんだぜっ。そんなことも考えていた。
だが、どんなにアクセルを踏んでも速度が上がらない。方向転換するときには、勝手に速度が減少する。
アタシは腹を立てて車を降り、ボンネットを開けた。
その瞬間に、涙をためた瞳たちと目が合う。
どういう理屈なのか分からないが、低い車体のなかに2頭の馬がいた。
しかも薄闇のなかでも悲しそうなのが分かる。
「ごべんなざいぃぃぃーーっ!!」
あまりの衝撃に思わずボンネットを閉め、速攻で元の馬車に戻した。
そうか、そうなのか、魔法よ。
詳細に思い描けない場所は、あんなことになるのかよ。
車の仕組みを知らないアタシがイメージしたのは、テレビで見たカーレースだった。
走るところをイメージしたあとは、レーシングカーのカッコ良さだけを事細かに追求し、ボンネットには英語でISABELLAと入れ、ドアには07とか28とか無意味な数字まで想像した。
恐らくこの世界の魔法さんったら、科学の世界が理解不能であろうはずなのに[アタシのイメージを現実化する]という働きを、無理矢理にでもしてくれたのではなかろうか。……これまでも。
考えてみれば初めて唱える魔法を行使するときには時間がかかっていた。そのあとは馴染むように、だんだんと早く使えるようになったのだ。
そんなことに思い至り、アタシは馬にも魔法にも整備してしまった森にも、手伝ってくれた4元素体たちにも申しわけなさすぎて泣いて過ごしていた。
──ああ、やはりメカとは動力を科学するからメカなのですね、仲川中尉。シクシク。
そうして2週間と1日目の朝、それまでずっとアタシにまとわり付き、圧のかかる喋りをしていた白犬が、「お前、つまんね」と言いくさり出て行った。
*****
3ヶ月も一緒に過ごした白犬が思いがけずいなくなり、元気が出てきたアタシは自宅を出て、庭にいた土の元素体ジャガイモの隣に座った。
ジャガイモは目をつむり両手を地面に置いている。
「あぁ、これは新発見かもしれねえだ」
ジャガイモは土中の化石を採掘するのが趣味らしい。
手を地面にかざし探すと化石が見えてくる能力があると言う。
この世界の国々に点在する博物館に、それらを掘りだし展示しているとも言っていた。
経営していると言った気がするけれど、ジャガイモと経営が結びつかなかったので聞き流すことにした。
そんな昼下がりのうららかで和やかな化石鑑賞を聞く会に、アタシの代わりに町に出ていたファイヤーが新聞を片手に怒りながら戻ってきた。
「イザベラさま! なぜイザベラさまはあの国で悪女のようになっているのですかっ?」
ポカーンとファイヤーの頭上を見ていたアタシの顔の前に、握っていた新聞を広げてくれた。
【ついに来月ご結婚! 王太子プリスさまと聖女センティさま、さまざまな困難を乗りこえ本物の愛を証明す。お2人の前に何度も立ちはだかった未だ行方不明のイザベラ・ヤランデ嬢。彼女の悪行は…………】
興味がない内容だったので読むふりをしながら、人の姿になっているファイヤーの顔から、めらめらと燃えあがっている炎をチラチラと盗み見していた。
そのあいだもファイヤーは新聞越しに文句を言っている。
「特に許せないのが、最後に書かれている[許すから戻って来るように]ですよ!」
オッと! アタシはそっとお腹に片手を添え、音が出ないように気をつかった。
白犬が消えるまではボーッとしていたから、朝食を取り忘れていた。おなかがすいている。
そんなアタシの様子を見たジャガイモが、ファイヤーに昼食のことを思い出させてくれた。察しとコミュのチカラが高くてうらやましいよ、ジャガイモ。
それに引き換えアタシはどちらの能力も限りなく低い。
特に誰かが感情をたかぶらせているときに、まったく関係ない話をすることが苦手だった。
普通の会話でさえ意見を聞かれるまで口を出さないし、どうせだったら存在している気配も感じさせたくないという性質だ。
『拳と拳で語りあう』──そんな世の中であってくれたなら何万倍も気が楽なのにと思っている。
ジャガイモの助言で、ファイヤーが町で購入したボンバイアを出してくれた。
この、新聞や昼食を購入するお金、実はイザベラ嬢のご実家から定期的にくすねてきている。そのたびに彼らの様子を見るのだが、本当に自分のことにしか興味がないようだ。
父親は仕事、母親は社交、弟は聖女。それらにのめり込んでいる。特に弟のメガネ野郎の部屋には聖女の姿絵があらゆる場所に飾られていてゾッとしたよね。ずっと磨いてるし。
だからアタシも、イザベラちゃんの養育費だからねと言いわけをしては持ちだし、ヤランデ氏に手を合わせに行っている。変顔を添えて。
「ファイヤー、ありがとう」
ボンバイアを受け取りながら礼を言うとファイヤーは、決まってロウソクのように頭の炎をわずかに揺らす。……なんだよオイさっきからかわいいな。
ところでボンバイアとはハンバーガーみたいなもので、ボンバインさんが売り出すときに付けた名らしい。おいしいのかは分からない。
そうなのだ。アタシは何を食べても「へー」としか思えない。
味が違うな、くらいは理解できる。だがおいしさが感じられないのだ。つまりこれは、イザベラちゃんの身体だからだろうか?
アタシはこういうことに出くわすと知らずに思考しているときがある。
味覚とは、身体が感じるものなのだろうか、魂が感じるものなのだろうか、とか。
他にも、ファイヤーとの初対面で丁寧なカーテシーをされたとき、イザベラちゃんの手足はカーテシーに挑みアタシは頭を下げてお辞儀をしようとした。
魂の存在は感じられなくとも身体のみの記憶というものが存在するのだろうか、それとも記憶とは魂だけと繋がるものなのだろうか、とか。
[答えの出そうもない思考をする]ことは、現実逃避のための手段の1つだと気がついたのも、こうしたツラツラとした物想いからだった。
ちなみにボンバインさんはボンバイア店長であり5歳の息子を1人で育てる、きっぷの良いステキな女性だ。砂時計のような身体つきをしていて、初めて名を知ったとき「なるほど」とつぶやいた。
たまに思うのだが、この世界がたとえ小説のようなものだったとしても、設定がいろいろとテキトー過ぎないか? もう少し……
「……さま、イザベラさまっ?」
気がつくとボンバイアを片手にボーッとするアタシの顔を、ファイヤーが心配そうに見つめながら声をかけていた。
「ああ、なんか考えてた」
そう言うと、ファイヤーは嬉しそうに笑って返事した。
「どんな報復を考えていたんですか?」
「…………ん?」
どうやら彼らは王室に報復する話をしていたらしい。
ジャガイモの小さな目さえ楽しそうに輝いている。彼だけはいつでもどこでも温厚だと信じていたのに。
「いやいやファイヤー、まず先に、なぜ新聞で戻ってこいと伝えなきゃならなくなったのかを確認したいよ」
正直に言うと、あちらの事情に関わりたくはない。
けれど新聞にはイザベラちゃんの顔が載っていて、情報提供を求めるとともに発見者には報奨金が出るような内容が書いてある。しかも捜索のための騎士団まで出動するらしい。
こんなの対応するしか仕方ない。
ため息を1つついてアタシは、新たに地面にできた穴に水を入れに行っているウォーターと、いつも自由に飛びまわっている風くんを呼んできてもらうことにした。
どうするのかを話し合わなければ。
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