第7話 ざまぁ
[王太子の結婚を記念して悪女イザベラ許してやる戻ってこい]
新聞に書かれていたそんな内容に、4元素体とこれからどうするかを話し合った。
まずは情報収集をする。なんとか、やっと、この人道的方法を最初に行なう方向で落ち着いた。説得するって重労働。
風の妖精たちにも手伝ってもらい、国中の[イザベラうわさ話]を集めることにする。そして風くんには王室を偵察してもらった。
そんな感じで集めた全ての情報を精査し分かったことは、イザベラちゃんが優秀だから戻ってきてほしい、というものだった。
──驚くことにイザベラちゃんは、王室の業務を補助する仕事だけではなく、5〜6の大きな商売にアドバイザーとしても関与していたらしい。他国との競争さえも
そんな商売を、なんと17歳の少女が持ちまえの分析力と先見の明で、他の追随を許さないまでに成長させ王室はおろか国内でさえも潤わせてきたんですって! ヒーッ。
そんなイザベラちゃんが行方知れずになり、気づけば凡人ではどうにも解決できない経営状態になったので彼女を探そうとなった──。
こっわ! イザベラさま、あんたはなんつー凄い女子なんだ。
だけどアタシにとっては、マジでやばい事態だと思うんだぜっ。
なにしろアタシも凡人。見つかって戻されても業績アップにするどころか、口を閉ざして筋トレしている自信しか
うむむヨシ。透明と変身を駆使してコソコソと細々を掛け合わせたコソボソくらいで、どうにか暮らしていこうと考えはじめたアタシに、高らかな声が上から響き渡った。
「それでどう報復しますか?」
思わず仰ぎ見ると、ファイヤーが顔まわりで小さな炎をスパークさせながらモデル立ちして浮いていた。
周りに集まっている3元素体および風の妖精たちは、ギラギラとした目でアタシを見つめている。みんな何かをヤッちゃいたい様子。
……そりゃそうだよね。
みんなが集めてくれたうわさ話はひどいものだったから。
特にイザベラちゃんを連れ戻したいと考えている人たちは、王太子とのいざこざが起こり始めてからというもの、イザベラちゃんをひどく
その内容は、ホラーもスプラッター映画も平気なアタシでも、とてもゾッとして胸が痛いものだった。尾ひれがついてる気はしたけど。
そのうえアタシは、[報復への切り札]が他に存在することを知っている。
実はイザベラちゃんは、『ぬれぎぬだ!』と感じる事件が起こるたびに徹底的に調べ、それらを
イザベラちゃんの実家ヤランデ邸で過ごした日々のなかで、日記とともに見つけたそれらの証拠を目にしたとき、アタシはなんとも言えない虚脱感に襲われた。
彼女はいつ、これを使う気でいたんだろう? こんなにも頭が良く用意周到な彼女は、一体どこへ行ってしまったんだろう。
アタシは頭をふり、のみ込まれそうになる考えを追いだした。
「ファイヤー、報復は待ってね。まず先に対策から始めたいんだ。1つ目は人に見つからないこと。ここは魔の森の奥にある場所だから、今まで1度も人と出くわしたことはないけど、万が一のことを考えて何か対策しておきたい」
するとウォーターが「ここにはずっと結界魔法を張ってるから大丈夫だよ」とぬかした。
アタシは陰陽師映画を見たことがある。ゆえに結界なるものは見えない壁のようなものだろうと察する。
「そ、そうなんだいつの間に……ありがとうウォ。じゃあ結界ってものがない場所では、アタシは透明になるか変身すればいいね。……えーっと、それなら騎士団が来たらどうしよう」
それぞれが考えるなか、またしてもウォーターが元気よく答えた。
「イザベラが何個も作った穴に今は水を入れてるけど、それを抜いてさ、落とし穴にするのはどう?」
「おぉ、それはエエ。……んだな、それならば仕掛けはオラたち土の者が受けもつだ」
「ね、落ちたところをわたくしが火をつけてしまうのはどう?」
「風ふいてやる」「あはっ! そしたらもっと燃えてしまうわね」
「なあなあ、水攻めにする場所も取っておいてくれよぅ」
黙って聞いていると、どんどん話が恐ろしくなっていく。
あ、あ、いやぁ! 苦しみつつ人の姿ではなくなっていく方法とか話しはじめてるぅ。
やめろぉアタシは一撃必勝の言葉が好きなんだぁ!
恐怖で出てきた涙と鼻水をすすり戻して、なんとか声を出した。
「本当の報復は、騎士団にではない!」
どういうことかと飛ぶのをやめて机の上に座った集団を見まわした。
「騎士団はアタシを探すだけの人たち。だから落とし穴におとす作戦は採用したい。けれどそれ以上は君たちのチカラの無駄遣いだと思う」
そう言うと、口を尖らせる輩が多く見受けられる。誰かがなにかを言いだす前に、急いで話しつづける。
「イザベラがあの国に戻らなければ、そのまま経営が破綻することになると思うんだ。それで報復は成り立つし、アタシはそれが良いよ」
というより、戻ってこいと言ってる人たちを知らないし、彼らからの被害にあったのもアタシではない。
イザベラちゃんの気持ちを想えば悲しくなるけど、アタシはイザベラちゃん本人でさえも知らないのだ。
なんと言うか……第5者くらいの立ち位置の自分には報復したいほどの気持ちが湧かない。ましてや相手の顔を見てしまったら。アタシは報復という名で彼らと接触することで、罪悪感や心配する気持ちを抱きたくなかった。それこそイザベラちゃんの気持ちに失礼な気がする。
*****
「ひゃほーい!」
楽しい! 楽しすぎるううう。
ああ、夜の空を飛ぶとはなんと素晴らしいことなのでしょう、仲川中尉!
あなたが飛ぶことを愛する気持ちに、ほんの少し近づけた気がしますわ。
アタシは今、王太子が住む城へと向かっている。
風の精霊王である風くんのチカラを借りて!!
そういう訳で、風くんとアタシの契約仕事から[洗濯]が消えた。代わりをウォーターが引き受ける。ウォーターが何か言っていた気がしたが、身体が浮きはじめたから聞こえなかったな。
ところでクローゼットを前にして声を大にして叫んだことがある。
「アタシはやっぱり天才かっ?!」
ヤランデ公爵邸を初めて出たときに1着だけお貴族なドレスを残しておいた。それはなんとなくの行動だったのだけれど、こんなところで活かされることがあろうとはね。あのときは城に行くことがあるなんて思いもしなかったというのに。
[もしものことを考えて準備しておく行動]ができる人はカッコいいなと常々思っていたのだが、とうとうアタシも、そんな人なってしまったようだ。ククク。
アタシは感動のあまり両手を広げて感謝した。
「空を飛んでまっす!」
「そのうち、イザベラの力だけで飛べるようになる」
えっ! 今みたいに抱きしめてくれてる感じで飛ぶほうが嬉しいから、自力は求めてないんだが。『アタシじゃムリぃ』って言おう。ニヤニヤしている間に城に着く。
「風くん。王太子が1人になるのは、本当にこの場所、この時間しかないの?」
ゴクリと唾を飲みこみながら、何度目かの確認をする。
「うん。なかった。だから来た」
はああ……本当にいやだな、行きたくない。
でもずっと考えてたんだ、1度は会わなくてはと。
イザベラに戻ってこいと新聞で告げていたのは、王太子だったから。
彼のイザベラちゃんへの散々な態度は、彼女の日記で知っている。
だがその内容は恨みつらみではなく、その日起こった出来事とそのときの会話、そして周囲の状況までをも詳細に冷静に書いているだけだったのだが……小説の原作者じゃないのって思いたくなるほど感情ぬきだった。だからこそ逆に非常に怖かったんだよ、イザベラちゃん。
もしも彼女が復讐を考え実行したとしたら、どれほど恐ろしいことになったんだろうってゾッとしたよね。
多くの人を助けられる人は、多くの人をドン底に落とす力だって持ち合わせているはずだから。
とにかく王太子と会うことで、今後どうするかを決めようと思うんだ。
「む? 誰だっそこにいるのは!」
ザッパァ〜!
おうっふ。王太子よ、立ちあがるんじゃない。
『モザイク』
「! なっ! お、おれの大事な……見えないぞっ! なんだこのグニュグニュはぁっ」
「オーッホッホ! ごきげんよう、王太子。湯船につかってくださいませライトナァウ」
「イ、イザベラ?! おまえ……やっと現れたかと思えば……おれの心はもう聖女センティのものだっ。こんなところに入ってきて身体を手に入れても」「オーッホッホッホッホ!」
「オーッホッホッ」いかがだろうか?
令嬢の話し方が分からないアタシは、読んだことのある悪役令嬢小説を必死に思い出しながら血をはくほどに練習をしたのだが。いかがか?
ファイヤーからも猛特訓を受け、叱咤も受けた。あー誰かに褒めてもらいたい。叱咤だけでなく激励もおおいにすべきだとアタシは思うのだが、いかがなものか。ついでにイカの焼いたの食べたい。タコも良いか? やはりイカが良いのか? いや選べないあなたとアタシこそレッツイカってことでいかがだろうか。…………あーだれか現実逃避先でツッコミ役してくんないかなあ。ここじゃイカもタコもいやしないんだ。なんと失礼な世界だ。
ずっと叫んでいた王太子が、やっと湯船に身をおさめたのをチラリと横目で確認して、精神的に疲れる令嬢小芝居をつづける。
「ワタクシはもうこの国に用はござーませんの。ですからもう放っておいてくだしゃーませ」
「はぁ。イザベラ。イザベラ・ヤランデ嬢よ。おれとの婚約破棄がそれほどまでに心を傷つけてしまったのならば可哀想に思う。だがな、これは国民のためなのだ。1度は王妃になることを目指したそなただ。この国のために戻ってこい。それはヤランデ公爵の長女としてやるべきことであるぞ」
アッハ!
アタシはにっこり笑って、ファイヤーから火の鞭で仕込まれたカーテシーをした。
そしてスーパースピードで城を一気に飛びだす! ついでに右拳は前に突きだし左拳は胸元に固定だぜっ。
目指すは洞窟!!
飛んだまま洞窟内に入り、ゴリラ腕で2匹の魔物のえり首かも知れない場所をむんずとつかみ、ゴリラ足でもう1匹を両足に挟んで舞いもどる。
ゴウゴウという風の音なのか魔物の声なのか分からない何かを耳に感じつつ飛行しながら、アタシは急に、風くんが言っていた情報を思いだした。
「王太子、いつも風呂場からバルコニーに出る。裸で、こんなふうに立つ」
風くんがアタシの目の前で仁王立ちになった。
「そしてこんな顔で言う。『おれの国だ……』」
風くんの顔が、アタシが初めてこの世界を認識したときに見た、金髪の男に変わっていく。それから、なんともだらしない顔で『おれの国だ……』と呟いていた。
「キモイ」
「確かに。いや風くん?! 王太子の顔にならなくていいからっ」
「伝えたかった。キモさ」
なるほど! 風くん、確かにキモかったぜ、あいつは!!
先ほど飛びだした城の上部が見えてきた。
風呂場はあそこにあるんだぜっ。アタシは狙いをさだめて右手につかんだ魔物を思いきり放り投げた。
ドカーーーーーーンッ
あはははははは、うまいっ! 屋根だけ壊れて王太子が湯船でアタフタしているのが見える。
「お次〜」落ちてくる
ドスーーン!
きれいに魔物が着地した。「ブラァ〜ヴォ」そう言って拍手しようとして、できないことに気づく。
早く手を叩きたかったので、左手にいる魔物は聖女センティがいるという建物あたりに飛ばした。
そう、あいつら結婚もしてないのに既に一緒に住んでるんだってさ。ずーっとイチャイチャベタベタしてて、風呂だけが唯一離れる時間だとさ。王太子は1人風呂派だから。だ、カァッ、ペッ、らぁ。
「ふん!」
手を叩きながら思いっきり蔑んだ目をして鼻を鳴らし見おろせば、3匹の魔物がレンガの城を壊しながらそれぞれ歩いている。そこに風くんがフーフーと風をおくっていた。レンガがふたたび舞いあがり落ちる。……なんかこんな物語があった、か? いや気のせいだな。
そんな光景に怒りがスッと引き、ざまあーという気持ちになった。しばらく王太子と聖女、そしてその他大勢がキャアキャア言っているのを眺めていたが、次第に魔物に同情心が湧いてきた。
寝ていたところを利用してすまんな、魔物よ。
知らなかったんだ、君たちが10時と15時以外には食事をしないだなんて。
きっとあと少しで時間鳥のヒナたちが飛んでくる。そしたらまた、魔の森へ帰ろう。
風くんのチカラを借りて、帰ろう……ん? やだ〜風くんと目が合っちったわさ。
一瞬、固まったように見えた風くんが、ふわっとアタシのそばまで飛んでくると、ゆらゆらと消えそうな声で言った。
「イザベラ、1人で飛べる。われ、また洗濯?」
おぅのぉう!
「1人じゃまだムリィィィ」
そう叫んでも、風くんは寂しそうな顔で頭を振るだけだった……。
王・太・子めぇっ!!
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