テンプレ。じゃない

嘉那きくや

第1話 転生?


『ギュムッ!』



 ん? 

 ……あれ寝てた? アタシ。


「イザベラ・ヤランデ嬢! きみとは本日をもって婚約破棄を〜〜」



 ……ん? 

 下を向いていた顔を、ゆっくりと上げてみる。


「お前がいじめをしていたというのは〜〜」


 あれ? なんだ? 

 大画面テレビでアニメなんて、見て……たっけ? 

 婚約破棄、かあ……そんなアニメあったっけかな? 

 イヤー、小説は通勤電車のなかでたまに読んでたけど、アニメまでは手を出してないからなあ。

 分からん。



「学園でもさまざまな悪事をしていたと証言が出ている! ケビン」

「ハッ、王太子殿下。イザベラ嬢、ここにある〜〜」


 しっかし大画面だなー。


 家電屋さんで新商品を見まわるのが大好きなのに、こんなデッカいテレビが発売されてるとか知らんかったわあ。

 現実感がハンパないね。


 ……ん? もしかして、VR体験ふたたびっ?! 


 ふふふ。ヴァーチャル・リアリティ。略してVR。

 これを初めて体験したときは、かなりテンションあがったからなあ。

 家電屋さんで女が1人、VR用のゴーグル付けて「すごっマジで?」とか言いながらグルグル回ってたっていうね……。


 帰宅したあとにやっとヤベー奴だったって気がついて、恥ずかしくて悶絶したワ。

 店員さんのアレは失笑だったのかと分かって、あのコーナーには3ヶ月の出禁を課したからね。周りにスマホとかPCとかも展示されてるから何気にツラいんだよなー。


 仕事帰りの駅なか家電量販店。閉店までウロウロするのが大好きで。

 って、あれ? 出禁のあいだはキッチン家電コーナーに出没してたよね? 

 そのあとはマッサージチェアーで癒されコース。


 確かにここ最近はそれで満足してたはずなんだけど。

 あたしの通信機器への我慢値って、そんなに低かったかな? 



 とりあえずゴーグルをはずそうと、手をやる。


 ?????


 あ、あれ? どんなに触っても、目と、耳……だけ? 



「イザベラ嬢! 目も耳もふさがず、しっかりと見聞きしろ!」



 えっ! 

 思わず声のしたほうを見ると、なんか、壇上の金髪がアタシのこと、指さしてんですけど。

 まじまじと見て気づく。


 ぅああっ!? これ、アニメじゃない! マジ人間じゃん。

 えぇぇ……ここ、コスプレ会場か? 

 キラっキラしとんな人も周りも。うわあ白壁に金で縁どってるとか、披露宴の会場でも借りてやってんのかなぁ。どこのホテルなんだろ。


 ははは、しっかし、みんなスゲー服と髪色だねぇ。カラコンも入れてんのかぁ本格的だワ。

 っつーか、こういう場所が初めての、ダサいイモなアタシは浮いてて断罪! 的な? 



 グフゥッ! なんじゃこれはぁっ! 

 かゆいなーっと思ったら、腕に黒いレースがっ。

 しかも、ちっさい黒のリボンをところどころ縫いつけてあるやーん。


 かっわいい〜。


 ……いや、かわいいけどさ。

 こんなん、まったく似合わん顔と身体と性格なのに。

 まさかさっきから足がスースーするのは、もしやスカートか? 

 パンツオンリーなアタシが、コスプレでスカート? 

 記憶なくて見るのが怖いんやけど……。



 っと! なっ、なんと。爆乳……だ、と? 


 なんだなんだ、どうした、どうなっている? 

 そしてこの盛り乳は下半身が見えづらい。

 横からワイン色の布が見えるが、ドレスなのか? 

 まったくもって混乱中でありますっ、仲川中尉! 


「んなっ! 姉上! 突然なにをしているんだっ」


 見あげると、先ほどアタシを指さした金髪の隣で、真っ赤な顔した叫ぶメガネが。


 なにをしている、だと? 

 

 あ、イカン。つい、な。つい両手で乳を揉んでたな。

 いや、貧乳からしたら夢のような乳だから、揉むのは当たり前だな。

 しかもまだ揉んでしまってるな。


 こりゃ失礼、とんだ女だ。

 だがなんか落ち着いた。


 つまりあれやな。うん。

 夢、やな。うん。


 そんなわけで乳を揉むなんて恥ずかしい行為も、どうでもいい部類なわけ。

 現実に存在してない者どもに、どんなことを見せつけてやろうとも、どうでもいいんだぜっ。


 とりあえず現状。

 この婚約破棄小説らしき夢のなかで、アタシはどうやら悪役令嬢っぽいんで。

 ここは……。



「ごめんなさ〜い! あれもこれもそれも、全くの冤罪でしょうけれども、ごめんなさ〜い。そういうわけで、爵位剥奪はくだつで、勘当と! 了解でぇす。ではでは、そういうことで。失礼しゃーっす」



 と、まくしたて、ドレスのすそを持ち広げつつ曲げられるだけ腰を曲げて、カーテシーってこうだっけ? と頭をひねったあと、一気に走りだした。


 両側の壁を見まわしてた時に、出入り口はなかった。

 だったら真後まうしろだろうと賭けてみたのだが、ビンゴだったんだぜ! 嬉し泣きたい。


 そして重い扉に体当たりし廊下へと出ていき、走りにくいヒール靴をぬぎ持ち、馬車がありそうな出口へと全速力で向かう。

 というか、馬のいななきが聞こえた方向へ。あっちだぜっ。


 ありがたいことに、そこには本当に1台の馬車がとまっていてドアまで開いており、アタシは狂喜のジャンピング乗車をする。

 中には1人のヨボヨボな紳士が乗っていたが、かまわず馬車の扉を閉めた。

 そして御者がいるあたりの壁をドンドンとたたき、叫んだ。


「出してっ、早く!」


 一方扉の外では、「え? イザベラさま、でした?」と男性の声がする。

 だが鍵を閉めてやったし、取っ手をもって、開かないようにもしている。

 ついでに同乗者1名に、懇願のまなざしを贈ってみる。


「だ、出しなさい」


 その同乗者ヨボヨボ紳士が、杖で馬車壁を叩いたあとにそう伝えてくれたので、馬車は出発した。



 しかし、ちゃんと馬車なんだなぁ、この夢。


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