おまけ話


「あ〜、なるほどねぇ。地球では今、このグループが人気あるんだあ。だよねぇ、かわいいもんなー」



 今お話しされた方は、イツキの神さまと呼ばれています。

 なんでも元は地球人だそうで、山川樹という名前だったことや、白い物体にさらわれて色々あり結果、今では神さまになってしまったことなどをお話しくださいました。


 ここは、最近新しく出来た【神々の休憩所】。

 私はそこにある泉です。

 泉といっても、直径1メートルくらいの岩の器に水がこんこんと湧きあがる造りです。ミシェル神さまがそのようにしてくださいました。

 岩の泉だから、オイワさんと呼ばれております。ですが神々は私に意思が芽生えたことまではご存知ではありません。岩だけに。……岩と意思をかけてみたのですが、笑えるのでしょうか? 地球のお笑いは難しいですね、精進いたします。


 イツキの神さまが見ているのは、地球のテレビというものです。

 私に見たい場所を告げると、はっきりくっきり声まで聞こえて見えるのです。

 さまざまな世界の色々な場所を映しだすことができます。


「オイワさんのテレビ機能で、地球のテレビを見る。贅沢ですなぁ」と、先日はお酒を飲みながらサッカーというスポーツを観戦していらっしゃいました。なぜわざわざ地球のテレビを介して見るのか不思議でなりませんが、尋ねることができませんので致しかたありません。


 そんな楽しくも怠惰な時間を過ごされるイツキの神さま、今日はちょっと違うご様子です。



「あー疲れた。ああもう嫌。大将! 生ビールお願いっ」

「あいよっ」

 ドンッと生ビールが、泉のへりに置かれる。

「ありがと。ねえ、聞いてよ大将。今日はさ、天界、そりゃもう大騒ぎだったんだよ? もうさぁ、この時間まで残業とか、ありえなくない? あ、砂肝と豚バラね」

「あいよっ」

 お皿にのった数本の砂肝と豚バラが泉のへりにあらわれ、コトンと静かに置かれた。

「これこれ。……くぅっ美味しいねえ。やっぱ大将の焼き鳥とビールはサイコー」



 ………………。


 はて。イツキの神さまの精神状態は大丈夫でしょうか? 

 ただいまの出来事、すべてお一人言なのです。


『あいよっ』と言うときにはわざわざ左側に移動して、まるでイツキの神さまが大将という別人になったかのようです。胸をそらして両腕を組んだかと思うと片手を額あたりに勢いよく上げ返事をします。しかもなぜか声まで低くしておられるのです。

 いったい何があったのでしょうか。もう少し、聞いてみましょう。



「大将〜聞いておくれよぉ。今日さー、地球からの魂が1個、いなくなっちゃてるのに気づいたんだってえ。ねえ、そんなことってある?」

 大将、両腕を組んだまま黙って首を横に振る。

「でしょぉ? ないよ、今まで1度もなかったよ。だから上や下やの神々も大騒ぎでさ。あたしは地球担当の上層部だから、上や下やの天使たちと確認確認、また確認でさ。ううっ、ほんとうに本当に大変だったのよぅ」

 生ビールの持ち手を勢いよく掴み、一気にゴクゴクと飲み干す。

「ぷはーっ! ひひ、酔いが早いな今日はぁ。大将、もう1杯! でさー、確認していくとね、どうも白い犬が歩いているのを見かけたって情報が多くって。天界の動物は普通、別の次元にいるでしょう? だからここにいるはずがないのよ」

「あいよっ」

 生ビールが5杯、泉のへりに置かれていく。

「みぃんな、それを知ってるのに見過ごしたんだってぇ。なんかね、[おかしい確認すべきだ]と思ったはずなのに、なぜかそのあと思い出しもしなかったんだって〜」



 はて。白い犬? 

 その方なら、ここに何度もいらしているし、イツキの神さまがこの場所で休憩されている間も、よく後ろを通っていらっしゃいましたが。



「それでその犬が怪しいんじゃないかってことになって、天界中をみんなで手分けして探したんだけどさ」

 話してる最中も、生ビールはどんどん空になる。そして、もう大将に頼まずとも泉のへりには新しく注がれたものがあらわれていた。

「ぷひゅウマァ。……それなのにまったく見つからないし、情報も全然でてこなくってね。それじゃあ、いなくなった魂の行方を探そうってことになって。あ、キャベツない。キャベツや、もっと出てこぉいキャハハハハッ」

 泉のへりに出ていた大皿に、キャベツのざく切りがこんもりと載った。

「えーっと、それでなんだっけ? …………あぁ、そうそう。行方を探したのよ魂の。そしたらココリ星のユワン国っていうところにいるって分かったのね。でね、その国の1人の女性のなかに魂が入ってるようだって天使サブリエルちゃんが知らせてくれたのよ」



 天使サブリエルさま。

 この方は、いつもこの休憩所に来られているイツキの神さまを仕事に連れもどすためにいらっしゃいます。イツキの神さまにとっては、『上層部って言ってるけど地球の会社では管理職って呼ぶのよっ』というような愚痴をこぼせる相手でもあります。



「ね、そんなことってある? 別の惑星の女性のなかに別の魂が入るとか、ありえなくない? そんなこと、今の今まで1度もなかったよ」

 泉のへりには、いつのまにか熱燗が出ており、それを大将が水玉のふきんで軽く拭く。

「あちち。ひひっ。……くはあ〜、やっぱお酒は疲れた身体に沁みますなあ」

 お猪口をちびりちびりと傾け飲み、たこワサとチョコレートを交互につまんでいる。



 しばらく無言で、この3種を順番にゆっくりと口にするイツキの神さま。相当お好きなのでしょう。



「ココリ星担当のシュツリ神さまと連絡を取ったらね、その星の女性の魂はもう回収済みなんだって。脳の神経がブチ切れたんだそうよ? そんなことあるんだねぇ若くてもさ。ホント、健康には気をつけてほしいよ地球人のみんな。……ねぇ聞いてる? オイワしゃん」


 イツキの神さまが最後の1滴までお酒を振りだし、悲しそうに徳利を覗き見たあと急に私に話しかけられました。


 私はその間、思い出そうとしていたのです。


 はて? ココリ星のユワン国というと……。たしか白犬さまが穴をあけて通じるようにされた惑星ではないでしょうか。

 そもそも私の置かれている器の地面から、初めて白犬さまが出てこられたときも大変驚きました。ですが神の波動を感じましたし、神の御業みわざは、ときに想像を超えるものと聞きおよんでおります。

 そのため、これらのことはたいして気に留めるべきではないと考えていたのです。


 私はゆらゆらと泉の水面みなもを揺らし、白犬さまが青い魂をくわえて私の方へと走り寄り穴へと入っていく記録を映しだしました。


「ふあっ?! オ、オイワしゃん、なにこれ!」とイツキの神さまが叫んだのと同時に、休憩所の扉がバターンと勢いよく開きました。


「イツキの神さま! 大変です、すぐにいらしてくださいっ」天使サブリエルさまは、そう言ったあとズルズルと扉にもたれかかりしゃがんでしまいました。

 そして天をあおぎ泣きそうな声で「おお、まい、ゴッドよ」と扉の取っ手にすがりついている状態です。


「な、なに? どうしたのよ」

 酔いがまわってフラフラとしか歩けない様子のイツキの神さまが、天使サブリエルさまのもとへと向かいました。それを見た天使サブリエルさまはスックと立ち上がり、冷たい目をしてイツキの神さまを睨みつけています。


「いったいまたどれほど飲まれたのですか? イツキの神さま、不測の事態に備えてせめてお酒はほどほどにしてくださいといつも言っているではないですか。飲むなと言っているのではないのです、ほどほど! ほどほどという言葉を分かって」「イエッスママー」


「イツキの神さま、イエスさまという方がいらっしゃるので、地球語でイエスと返事をするのはおやめくださいと何度言えば……」まだまだお小言が続きそうな天使サブリエルさまのお口を、イツキの神さまが人差し指をあてて止めました。


「ごめんってサブちゃん。それで、どこに行けばいいの?」


「そうでした、大変なんです!」

 天使サブリエルさまが、ふたたび慌てはじめイツキの神さまの両腕をガッシと掴み揺さぶり始めました。


「ああイツキの神さま! さきほどシュツリ神さまからココリ星が消滅させられそうだから助けてくれと連絡を受けました。どうやらそれを目論んでいるのが、我々が探しあてた魂、地球人の岩根花音らしいのですぅ、ううっ。な、なぜこんなことに……すぐにっ、すぐに行きましょう。そして彼女の魂を回収しなければああああ」


「わ、分かっ……ちょ、ウェップ。気ぼち悪ぃ」


 口から泉を出すことなんて、できるのですねぇ。まだまだ勉強が必要、日々精進でございます。

 天使サブリエルさまは、そんな状態のイツキの神さまに構わず引きずって行かれました。……お2方、いつもお仕事お疲れさまでございます。



 ところで私の後学のためにも調べてみますと、地球人である岩根花音さんの魂を回収できるのは、地球担当の神さまだけということのようです。

 いつもならば死神さまが為さる御業でございますが、こういった[無理な転生]というような複雑な事態には、もっと力のある神さまが収拾しなければならないそうです。休憩所で共に過ごす時間ではうかがい知れないのですが、イツキの神さまは、かなり高い地位にある方なのです。


 そうして回収された魂は傷ついていることが多いので、森の奥にある岩屋という場所に入り、じっくりと療養いたします。笑うことができるほどに治癒されれば出られるとのことです。



 私、岩の泉オイワは願ってやみません。

 すべての転生した魂に、愛と笑いと安らぎがあらんことを。

 それではまた、【神々の休憩所】でお会いすることがありますように。




 ──おまけ話、おしまい──

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