第97話 エピローグ

 それから半年ほどが経過した、ある日。

 俺とセシィは結婚し、夫婦となった。

 死の舞踏ぶとうの結婚式なのだから、もっと大規模で派手はでなものにすべきという意見もあったが、俺もセシィもそれを望まなかった。

 ごく親しい友人と親戚のみを招いた結婚式は、小規模ではあったが、その分温かい祝福に満ちあふれており、俺たち夫婦は大満足だった。


 それから長い月日が流れた。

 俺たち夫婦は六人の子宝こだからに恵まれ、ずっと幸せに過ごしていた。

 そして、俺は、ことあるごとに子供たちにセシルの話を語り聞かせていた。

 お父さんとお母さんを今世で結び付けてくれた、かけがえのない彼女のことを。

 その体は機械仕掛けで、その頭脳は金属でできた固体ソリッド状態ステートだったけれども、その心は誰よりも人らしかった、彼女のことを。

 俺があまりにもしつこくこの話を繰り返すため、やがて成長した子供たちはあきれ返り、こう指摘するようになっていた。

「お父さん、昔の彼女の話をずっとしていると、お母さんが嫉妬しっとしちゃうよ?」

 それを聞いたセシィが、こう答えることもお決まりになっていた。

「大丈夫だよ。まだ墓に行くまでにはたっぷりと時間があるからね。その時間を使って、お父さんをお母さんに首ったけにしておくさ」

 そう言ってほがらかに笑っているセシィではあったが、その表情にはどこか影が差していて、そのたびに俺の心はチクリと痛んだ。

 しかし、やはり、俺にはどうやってもあの笑顔を忘れ去ることは不可能だった。

 そして、年を取り、少しずつ自分の死んだ後のことを考えるようになると、セシルとの約束が強く思い出されるようになった。

 俺はもはや日課となった、あの笑顔を思い出して魂に刻み付ける作業を繰り返しながら、日々を過ごしていた。


 ああ、セシル。待っていてくれ。もう少し先にはなるが、俺は必ず、この記憶だけは来世にまで持っていく。

 そして、今度こそ夫婦となり、俺の子供をたくさん産んでくれ。


 マクシモの登場により、人類には人工知能に対するぬぐい切れない恐怖心が刻み込まれていた。

 そのため、人工知能研究に対して、厳しい規制がかれるようになっていた。

 特に、会話の成立するようなものや、自立型の人工知能研究は厳しく監視されるようになり、もはや誰も手を付けなくなっていた。

 そのため、俺たち人類の文明は、ゆるやかな衰退期すいたいきに入ったと言われている。

 事実、これから五千年もの間、人類の文明はゆっくりとだが着実に衰退すいたいを続けてゆくことになる。

 この状況をくつがえすためには、ある天才上位アルクの登場を待たなくてはならなかった。

 しかし、俺たち人類は大丈夫だ。

 セシルが見出し、やがて完全に理解し、最後には実践じっせんまでして見せた、この強ささえ残っていれば、いつか必ず、力強く復活を遂げる。

 セシルにそう、教えてもらったのだから。


 それからさらに、長い長い月日が流れた、ある日。

 初等学校への入学を翌日にひかえた僕は、少しの不安と大きなワクワクに心をおどらせながら、町の中を散歩していた。

「さて、今日は何をして遊ぼうか?」

 そんなひとごとつぶやきながら、ちょっとだけ足を止め、あごに手を当てて考える。

「そういえば、この先に公園があったよね」

 そう思い出した僕は、これからの予定を砂遊びに決めて、公園への道を歩き出す。

 しばらく道なりに歩いて公園にたどり着くと、そこにあるベンチに見知らぬ女の子が座って本を読んでいた。

 その子の横顔を見た瞬間、ものすごく綺麗きれいなお姉さんの信じられないくらい素敵すてきな笑顔が頭に浮かんだ。

 そして同時に理解した。

 あのお姉さんはこの子だ。この子が成長した姿に間違いない。

 そんなことを考えながらその子をじっと見つめていると、やがてその女の子は本から顔を上げ、そのままゆっくりとこちらに顔を向けた。

 目と目があった瞬間、どちらからともなくつぶやいていた。

「「やっと見つけた……」」

 二人して同じ言葉がこぼれ落ちた時、同時に納得なっとくもしていた。

 そうだ、僕はずっとこの子を探していたんだ。この子だけを。

 ずっとずっと昔から。それこそ、生まれるよりも前からずっと。

 僕はあふれそうになる涙を、力を入れてぐっとこらえ、ゆっくりと目の前の女の子に語り掛ける。

「ねぇ、君の名前は何ていうの? ちなみに、僕の名前は────」


 ──── 完 ────

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SOLID STATE ANGEL ver.1.1 熊八 @kumahachi88

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