第96話 死の舞踏

 セシルを失ってから、数日が経過した。

 俺は昇進し、連隊長になっていた。

 そんな俺を、同時に昇進をたして旅団長になっていたフェルモが呼び出していた。

 部屋に入ると、柔らかいみを浮かべたフェルモが、いつもの軽い口調で語りかけ始めた。

「やあ、ジェフ。数日ぶり。せっかく人類が勝利して大陸中がお祭りさわぎだっていうのに、落ち込んだ顔をしているじゃない?」

「……」

 俺がだまって立っていると、ふーやれやれといった様子で首を振ったフェルモが、真剣な顔になってこの呼び出しの目的を告げ始めた。

「ジェフリー・オルグレン連隊長。連邦の上層部は、貴官に死の舞踏ぶとう勲章くんしょうを授与することを決定した。おめでとう。君は人類史上五人目の死の舞踏ぶとうだ」

つつしんで辞退じたいもうし上げます」

 即答で勲章を拒否した俺の様子にフェルモは面食めんくらったようで、目をぱちくりとさせて少しの間硬直してから問いを発した。

「……。人類最高の名誉を辞退する、その理由を聞かせてもらっても?」

「俺にはふさわしくないからだよ、フェルモ」

 フェルモは心底しんそこ理解りかいできないといった様子で、俺の返答を否定する。

「そんなことはないでしょ? 戦場の死神しにがみを倒し、天使を二体続けて倒し、最後には神を自称するマクシモまで倒して見せたのだから……、ね?」

 俺はそれに首を振り、さらに否定を重ねる。

「それらを達成できたのは、セシルがいたからに他ならない。だから、死の舞踏ぶとうにふさわしいのは、セシルだけだ。俺じゃない」

 俺のその様子を、ただだまってじっと見つめていたフェルモが、やがて長い溜息ためいきをつき始めた。

「その様子だと、すぐに説得するのは無理なようだね。仕方しかたがない。この件はいったん保留にしておくよ。ジェフも少し頭を冷やしておいて」

 俺は、この話がこれで終わりだと思っていた。しかし、現実はそうならなかった。

 数日後に再びフェルモに呼び出された俺は、部屋に入るなり、すぐに軍の決定を伝えられた。

「ジェフ。君にはやっぱり、死の舞踏ぶとう勲章くんしょうを受けてもらうよ?」

「それは……」

 俺が再び固辞こじしようとすると、すぐにフェルモは手のひらを俺に向け、続きをさえぎってきた。

「ジェフ。君の言う通り、史上五人目の死の舞踏ぶとうにはセシル嬢になってもらう。軍はセシル嬢の存在と功績こうせきを正式に認め、公表する予定だよ?」

 そして、じっと俺の目を見つめ、さらに続きを語るフェルモ。

「だから、君には史上六人目の死の舞踏ぶとうになってもらう。これは、軍ができるギリギリの譲歩じょうほだ。だから、君にも譲歩じょうほして欲しい」

「どうしてそこまで……」

 俺がしぼり出すように短く告げると、フェルモはその理由を語ってくれた。

「軍が、と、言うよりは、政治家が英雄を必要としているからだよ。君も知っての通り、この大陸は今回の戦禍せんかでかなり荒廃こうはいしてしまった。民衆を鼓舞こぶするためにも、どうしても君に英雄になってもらわないと困るそうだよ?」

 俺は目をつむり、しばらく考えをまとめていた。

「……。了解しました。セシルの功績こうせきを、どうか正しく世に広めてください」

 俺はそう答えるしかなかった。

 どう断っても、この決定がくつがえされることがないだろうことは、容易に想像ができた。

 そして、そのためにお偉いさんたちが譲歩じょうほしてくれていることも、十分に理解できたからだ。

 それから急ピッチで式典の準備等が行われ、一週間(六日)後にはセシルと俺に死の舞踏ぶとう勲章くんしょうが授与された。

 そのまま大規模なパレードが行われ、俺は多数の民衆の前を、無理やり作った笑顔で通り過ぎていかなくてはならなくなった。

 やっとのことでパレードも終わり、ヘトヘトに疲れ切った俺が、自室のソファーの上で仰向あおむけになってだらけていると、セシィがそっと部屋に入ってきた。

「お疲れ様、ジェフ。まだ悲しみがえていないってのに、大変だったな」

 そう言って、ゆっくりと俺の隣に腰を下ろしたセシィは、そっと俺の頭をひざの上に乗せていたわわってくれた。

 俺のことをどこまでも理解してくれるセシィに感謝しながらも、俺は彼女にとって残酷な事実を告げなくてはならなかった。

「ありがとう、セシィ。そして、ごめん。俺はやはり、あの笑顔をどうやっても忘れられそうにない」

「しょうがないさ、ジェフ。あの笑顔は反則だからな。すっかり、ジェフの心をうばわれちゃったよ……」

 そう言ってさびしく微笑ほほえむセシィ。そんな彼女に、俺は今の思いも告げることにした。

「その上で、もしよければ、なんだが……」

 そう前置きをした俺は起き上がり、彼女の正面しょうめんひざをついて向き直ってから、あるお願いを始めた。

「セシルのことをどうしても忘れられない俺が言えた義理じゃないのは分かっているんだが、それでも、そんな俺でよければ───」

 俺は彼女の目をまっすぐに見つめ、その言葉をき出す。

「俺と結婚してくれないか?」

 セシィは両目を見開みひらき、両手で口をおおっておどろきの表情をしていた。

 そのほほには、大粒おおつぶの涙が、ポロポロと伝わり落ちていた。

 そして、ゆっくりとうなずいた。

「はい……。末永すえながく、ずっと一緒にいてください……」

 俺はそれに優しく微笑ほほえみ返し、やがて目をつむり、ゆっくりと顔を近づけていく。

 そして、少し長い時間をかけて唇を合わせた。

 やがて俺たちは、少し時間をかけてお互いに体を離した。

了承りょうしょうしてもらったところを悪いんだが、本当にこんな俺でいいのか?」

「もちろんだよ。ジェフがいい。ジェフじゃなきゃイヤだ。それに……、さ」

 そう言って、少しさびしそうに微笑ほほえんだセシィは、その心の内を少しだけ明かしてくれた。

「ジェフの子供をたくさん産むことは、そのセシルが望んだことでもあるしな」

 そのまま目をせたセシィは、やがて顔を上げ、決意を秘めた目で告げる。

「でも、セシルにも宣言した通り、あきらめるつもりはサラサラないよ? 今世でジェフをしっかりとあたいのものにして、来世でもあたいと結ばれてもらうんだから」

 そんなセシィに、俺も今の思いを告げる。

「ああ。俺が言うのも変な話だが、ぜひとも頑張がんばってくれ」

 だまってうなずいたセシィは、やがて小さな声でつぶやいた。

「勝ち目のうすい戦いだとしても、どうしても、あきらめ切れないからね……」

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