シン・賢者モード:||

 居酒屋で飲んだ後、別れ際にオッサンに俺は赤いオナホールを餞別に渡した。固辞されたけど、お守り代わりにカバンに入れて持っておけと押し付ける。


「明日からうちの事務所、仕事始めだから、ちゃんと来るんだぞ? 乗り掛かった舟だから、着手金はタダにしてやるから! 必ず来いよ!」


 何回も念を押して、タクシーに詰め込んだ。タクシーの運ちゃんに二万円ほど渡す。電車はまだあったが、飛び込まれでもしたら夢見が悪いどころではない。


 ってか、俺このオッサンに今日いくら使ってんの。これが流行りのボーイズラブか!? いや違うな。冷静に自分に乗りツッコみ。


 また金にならない仕事取ってきたと、事務所の経理をしている母に怒られそうだ。でもこれも名字を「万屋よろずや」なんて名乗ったご先祖様がすべての元凶である。俺のせいではない。


 とりあえず、Amazones.comで『星花きらら覚醒EXホールPart.2』をポチってから、その日は就寝した。


◇◇◇


「おー! オッサン、ちゃんと来たな! エライ! エライ!」


 デスクで書類の準備をしていると、昨日の投身自殺未遂オジサンが事務所にやってきた。事務の『美幸ちゃん』こと御年おんとし六十四歳に、お茶をお願いする。


 応接室で向かい合って座ると、改めて今後どうするかの説明を行う。


「まずは、俺と委任契約をしてほしいのね。この契約をしてもらうことで、代理人っていって、オッサンの法律面での傭兵になれるわけ。だからオッサン自体が超弱くても大丈夫になります」


 委任契約書をオッサンの前に出す。


「でも俺は最終的にはオッサンに意思確認はするけど、基本相手に容赦しません。だからオッサンが相手に『可哀想だな』とか感じることもあるかもしれないけど、できるだけ俺の計画に従って行動してほしい。それが引き受ける条件です。あとこの事務所では基本的にこういう個人の債務整理は、着手金二十万円に成功報酬で二十万円でやってるんだけど、今回は成功報酬だけでいいから」


 オッサンは姿勢を正して、俺の話を聞いてくれたあとで、頭を下げて「お願いします」と言ってくれた。


 正直、着手金なしの件は、あとでボス弁こと親父にちゃんと話さないとなぁ。まぁあの人も人助けマンだから大丈夫だろう。



◆◆◆



 一年後。


 コロナ禍で、慣れないオンラインでの作業はあったが、私の借金はキレイになくなっていた。それどころか、新天地への引っ越し費用や多少の貯えまでできた。


 最初、彼に「家は取り壊して、更地にして売りましょう」と言われた時はショックだったが、「更地の方が高く売れるし、何よりネットに住所がバラまかれた家を維持するのは費用対効果に見合わない」と言われて、なぜか憑き物が落ちたように納得してしまった。


 いま思い返せば、自殺を決意するほど、どうしてあの家を残そうと固執していたのか。確かに子供たちが育った家で思い出はたくさんあったが、今となっては嫌な思い出しかないのだ。


 彼は、まずバレたあとも不倫を続けていた妻を「財産分与の権利を放棄するなら、不貞の慰謝料請求はしない」と言って離婚手続きをして追い出してしまった。

 なぜか妻は自分が慰謝料貰える側だと信じており、私もなぜかそう思い込んでいたが、法律上はそうではないらしい。


 続いて、不倫相手の大学生の親から不倫の慰謝料をゲットしてきた。少々えげつないことをしたようだか、詳細は知らない。ついでに娘にネット上で誹謗中傷していた人間たちからもむしり取ったらしいが、詳細は知らない。


 その慰謝料を解体費用と引っ越し代にして、土地と建物に抵当権を持っている銀行と話をつけると建物を取り壊して更地にして売ってしまった。


 土地は予想よりも高い値段で売れた。どうやら近くに新しい駅ができるらしい。彼は最初からそのことを知っていて更地にすることを提案してくれたようだ。


 また、三十五年ローンのうち二十年は支払いを続けていたため、銀行へ残りのローンと各種カード会社への残債を清算しても意外と手元に残った。



 今日は、万屋先生へ雑費の清算と新年のご挨拶に事務所へ訪れた。


 マスクをした先生は明るく出迎えてくれる。『美幸ちゃん』と呼ばれる家老のような女性がお茶を淹れてくれた。


「息子は無事に大検に合格しまして、先生と同じ大学を受験すると奮起しております。先生のような弁護士になりたいそうです」


「なにそれ。超恥ずかしいんだけど」


 先生は、マスクをずらしてお茶をすする。


「そうですよ。坊ちゃんのようになったらいけません」


 美幸ちゃんがツッコミをいれる。


「いやまぁ確かにそう俺自身も思うけど、美幸ちゃんに言われるとグサッとくるわぁ」


 私もマスクを取ってお茶をいただく。


「そういえば、聞いていいかわからなくて触れなかったけど、娘さんはどうなの?」


「あ~。なんといいますか。……AV女優になると言い出してまして、本人もやる気ですし、できるだけ頑張ってごらんとは伝えました」


「マジかよ! 買うわ。あとで芸名教えて」


 相変わらず、エロには食い気味だな。


「先生、黙ってればモテそうなのに、相変わらず残念な人ですね」


 そう笑って返すと、先生は不服そうな顔をする。


「もうさ、俺なんて言われると思う? 付き合うと」


 またわけのわからないこと言い始めたな、この人。


「『なんか普通』って、ほぼ100%言われるわけ! 酷くない?? 普通ってなにが? 俺の●●●●自主規制が? テクニックが? 俺に何求めてるんだよって感じよ」


 確かにこれだけの外見で、弁護士バッチまでつけてるのだ。期待値が上がってしまう女性の気持ちもわからなくもない。


「あ! それで思い出したわ。この前さ、ちょっと付き合った子がさ、別れる理由に何言ったと思う?」


「さぁ? 何言われたんですか?」


「『クズ男のくせに、首絞めもしてくれない』だよ。マジで意味わかんねぇよ!」


 そんなことを言いながらギャーギャー騒いでいた先生は、美幸ちゃんからお盆で頭を叩かれる。


 そんな和やかに時間が流れる万屋法律事務所。


 万屋先生とあの橋で出会えて本当によかった。


 私は、そんなことを思いながら、新年を祝う。


 今年も良い年になりますように。



(終劇)


********************************

 少しでも笑っていただけましたら、星★の評価をいただけますと拙者大喜びし候ふ。

 あと他にも色々書いてます。

https://kakuyomu.jp/users/sasa_makoto_2022

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ひげを剃る。そしてオッサンを拾う。俺もオッサンだけど。 笹 慎 @sasa_makoto_2022

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