ギリシャ物語 (お試し読み編)第十三章 氷の剣士 9
本城 冴月(ほんじょう さつき)
ギリシャ物語 (お試し読み編)第十三章 氷の剣士 9
アフロディアの頭に、アテナイ使節の警護隊長について、クラディウスに詳しい説明を求められて話していた、ティリオンの言葉がよみがえる。
『私を追ってくるのは、フレイウスという男です。
彼のことは、アテナイの氷の剣士、と言った方が有名かも知れません。
彼は、アテナイ一の剣の使い手で、その剣の、氷のような冷たく鋭い切れ味から、また、瞳の色が冷たい
彼と決して剣で戦ってはいけません。彼は、本当に凄い剣の使い手ですから。
格闘ならともかく、剣でなら、スパルタ人でも彼にかなう者はいないかもしれませんよ』
「どうされました、姫 私の顔が、何か?」
と
あわてて目を伏せる。
「大丈夫ですか?」
再度、穏やかに尋ねられ、こくこくと小刻みに頷く。
「大丈夫だ……大丈夫。助けてもらって、礼をいうぞ」
「どういたしまして。
姫、ところでさきほど……」
フレイウスの声が、わずかに鋭くなった。
「誰かの、名前を呼ばれませんでしたか?」
びくっ、とアフロディアの肩が動いた。
着せかけられたマントの前を握る手に、ぎゅっと力がこもる。
「そうか? よく憶えていない。驚いていたから……」
「……そうですか」
しばしの沈黙。
急にフレイウスは、さらり、と自分のマントをさばいて、魔法のように二つの物を取り出した。
アフロディアの銀の短剣と、特大の長剣。
アフロディアは、ぞっとした。
この男は、あの短い間にこんなものまで拾って、戻って来ていたのだ。
フレイウスは、落ちつき払った口調で問いかけてくる。
「これは、姫さまのものでしょうか?」
「あ、ああ」
「ではどうぞ、お返しいたします」
二つを差し出され、マントをつかんでいるため片手の使えないアフロディアは、エメラルドをはめ込んだ銀の短剣だけを、さっと引っさらった。
フレイウスの手に残った特大の長剣を、
「そっちはおまえにやる。助けてくれた礼だ。
どうせ、私には大きすぎるからな」
「そのようですね。では、ありがたく頂いておきましょう」
フレイウスの視線がつい、と横に動いた。
思わず、アフロディアもそれを追ってしまう。
双子のひとりが、真っ黒な馬をつれてきていた。
まるで、夜を切り取ったような黒い馬の前で、手のひらを上にして差し出される、フレイウスの手。
胸の内を全く読み取らせない、冷たい氷の瞳。
「お送りしましょう、姫。我々も、スパルタ市に行くのですから」
アフロディアは、ぶるぶると首を振った。
「いや、いい、結構だ。私はひとりで帰る。ではな」
着せかけられたマントをなびかせて、乗ってきた馬が草を噛んでいる方へと、駆けだす。
アフロディアの頭には、再び、ティリオンの言葉が響いていた。
『フレイウスは、非常に優秀な将校で、剣はもちろん、武術全般に
私は今でも、あの男からよくここまで逃げられたものだ、と、奇跡的に幸運だったのだろう、と思っています』
<ティリオン、おまえの言うとおりだ。あれは、恐ろしい男だ!
あの男から、私はおまえを
私は、あの男に勝てるだろうか?
ああクラディウス、どうか私に力をかしてくれ!!>
◆◆◆
「フレイウスさま、アフロディア姫をご存じだったんですか?」
とギルフィにきかれて、アフロディア姫が馬に乗って駆け去ってゆく姿を見ていたフレイウスは、首を振った。
「いや、もちろん会ったのは初めてだ。
だが、あの黄金の髪、
それで、間違いないと思ったのでな」
今度はアルヴィが言う。
「さっき、姫さまが誰かの名前を呼んだ、とかおっしゃってましたね。
私には、悲鳴しか聞こえなかったんですが、フレイウスさまには何か聞こえましたか?」
フレイウスは、アフロディアの残していった特大の長剣を、自らの顔の前まで上げた。
鏡のような長剣の刃に、冷たい
暗く
「いや、多分……聞こえなかった。
私の、気のせいだったようだ」
黒い馬が
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