次の日の夜、私はひとりかくれんぼをすることにした。

 なぜ、急にそんなことを?

 それは、自分でもよく分からないが……私はきっと、ぬいぐるみをどうにかしてやりたかったのだと思う。

 あれから、独り、部屋で過ごしている内に、なぜだか無性にぬいぐるみに対して腹が立ってきたのだ。

 あんたはなぜ、いつも黙って受け入れるのだ。私の――他人の趣味を押し付けられて、服を着せられているというのに。なぜ、反論しないのだ。あんたには、自我というものが無いのか。ああ、そうか。あんたはものを言えないぬいぐるみだからか。ぬいぐるみだものね。所詮、ぬいぐるみだものね―――と。

 咄嗟に、鋏でバラバラにしてやろうと思った。が――直前で、ふと暇つぶしに眺めていたオカルトサイトに載っていた、ひとりかくれんぼのことを思い出したのだ。

 昔、流行っていたという近代怪談、都市伝説。

 ぬいぐるみを使って、真夜中に行う、降霊術の一種。

 儀式後、ぬいぐるみは燃やして処分しなければならないのだという。

 ……なんとも、おあつらえ向きではないか。

 私は、ぬいぐるみを切り裂くのをやめて、そのオカルトサイトを再検索し、やり方をメモしておいた。

 そして今、そのメモを元に、儀式を行う為の物をすべて取り揃えることに成功した。

 リビングの食卓の上に並べたそれらを眺める。

 ぬいぐるみ、米、縫い針、赤い糸、爪切り、刃物、コップ一杯の塩水。

 どれも、簡単に揃った。ぬいぐるみは言わずもがな、縫い針と赤い糸は小学生の時に使っていた裁縫セットから、爪切りはリビングに、刃物はキッチンの包丁。米と塩だけは、母が無駄にこだわっているせいで、雑穀米と天然モンゴル岩塩しか見当たらず、普通のを探すのに少し手間取ったが、難なく見つけることができた。

 時計を見遣る。午前二時四十五分。

 遅くなると言っていた母は、案の定帰って来ない。きっと、寝具店か電動ミル店の社長にでも身を許しているのだろう。驚くことではない。前にも、こういうことはあった。母は私を騙せているつもりだろうが、私は母が思っているよりも賢いのだ。そういうことをやってきたらしい、というのは直感で分かる。

 そろそろ、準備を始めよう。ぬいぐるみの綿を抜いて、米を詰めるのだ。

 うさぎのぬいぐるみが着ている服を剥ぎ取り、鋏を手に取った。そのまま、背中を一直線に切り裂こう――として、不意に手が止まった。

 ……これは、私の記憶にある限りの、最古の誕生日プレゼント。

 突然、思い出が蘇ってくる。まだ、両親が離婚していなかった頃。今は亡き父が、これを使ってよく遊んでくれた。母からしたら、酷いモラハラ男だったらしいが、私にとっては、優しい父だった。だから、今までずっと大切にしていた。手入れをして、服を着せ変えて―――。

「……っ」

 ズブッと、鋏の先端をぬいぐるみの背中に突き刺した。

 だから、なんだ。

 所詮は、ぬいぐるみだ。

 自我も無い、ものも言えない、ぬいぐるみだ。

 まるで、私のようだ。

 だから、腹が立つ。

 殺してやりたい。

 ジョギジョギと、背中を切り裂く。指を突っ込み、中の綿を掻き出して―――、


 ——―カサッ……


 突然、指先に渇いた感触が伝った。綿ではない、固形の物に触れている。

 ……なんだ?

 指先で、それをつまんで、綿ごと掻き出すと――それは、小さく折り畳まれ、赤い糸を巻き付けて封をされている、紙の包みだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る