六
次の日の夜、私はひとりかくれんぼをすることにした。
なぜ、急にそんなことを?
それは、自分でもよく分からないが……私はきっと、ぬいぐるみをどうにかしてやりたかったのだと思う。
あれから、独り、部屋で過ごしている内に、なぜだか無性にぬいぐるみに対して腹が立ってきたのだ。
あんたはなぜ、いつも黙って受け入れるのだ。私の――他人の趣味を押し付けられて、服を着せられているというのに。なぜ、反論しないのだ。あんたには、自我というものが無いのか。ああ、そうか。あんたはものを言えないぬいぐるみだからか。ぬいぐるみだものね。所詮、ぬいぐるみだものね―――と。
咄嗟に、鋏でバラバラにしてやろうと思った。が――直前で、ふと暇つぶしに眺めていたオカルトサイトに載っていた、ひとりかくれんぼのことを思い出したのだ。
昔、流行っていたという近代怪談、都市伝説。
ぬいぐるみを使って、真夜中に行う、降霊術の一種。
儀式後、ぬいぐるみは燃やして処分しなければならないのだという。
……なんとも、おあつらえ向きではないか。
私は、ぬいぐるみを切り裂くのをやめて、そのオカルトサイトを再検索し、やり方をメモしておいた。
そして今、そのメモを元に、儀式を行う為の物をすべて取り揃えることに成功した。
リビングの食卓の上に並べたそれらを眺める。
ぬいぐるみ、米、縫い針、赤い糸、爪切り、刃物、コップ一杯の塩水。
どれも、簡単に揃った。ぬいぐるみは言わずもがな、縫い針と赤い糸は小学生の時に使っていた裁縫セットから、爪切りはリビングに、刃物はキッチンの包丁。米と塩だけは、母が無駄にこだわっているせいで、雑穀米と天然モンゴル岩塩しか見当たらず、普通のを探すのに少し手間取ったが、難なく見つけることができた。
時計を見遣る。午前二時四十五分。
遅くなると言っていた母は、案の定帰って来ない。きっと、寝具店か電動ミル店の社長にでも身を許しているのだろう。驚くことではない。前にも、こういうことはあった。母は私を騙せているつもりだろうが、私は母が思っているよりも賢いのだ。そういうことをやってきたらしい、というのは直感で分かる。
そろそろ、準備を始めよう。ぬいぐるみの綿を抜いて、米を詰めるのだ。
うさぎのぬいぐるみが着ている服を剥ぎ取り、鋏を手に取った。そのまま、背中を一直線に切り裂こう――として、不意に手が止まった。
……これは、私の記憶にある限りの、最古の誕生日プレゼント。
突然、思い出が蘇ってくる。まだ、両親が離婚していなかった頃。今は亡き父が、これを使ってよく遊んでくれた。母からしたら、酷いモラハラ男だったらしいが、私にとっては、優しい父だった。だから、今までずっと大切にしていた。手入れをして、服を着せ変えて―――。
「……っ」
ズブッと、鋏の先端をぬいぐるみの背中に突き刺した。
だから、なんだ。
所詮は、ぬいぐるみだ。
自我も無い、ものも言えない、ぬいぐるみだ。
まるで、私のようだ。
だから、腹が立つ。
殺してやりたい。
ジョギジョギと、背中を切り裂く。指を突っ込み、中の綿を掻き出して―――、
——―カサッ……
突然、指先に渇いた感触が伝った。綿ではない、固形の物に触れている。
……なんだ?
指先で、それをつまんで、綿ごと掻き出すと――それは、小さく折り畳まれ、赤い糸を巻き付けて封をされている、紙の包みだった。
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