慌ててスマホの画面を閉じ、

「いいよ」

 と、声を掛けた。カチャンと扉が開き、母が部屋に入って来る。

「それ、どうしたの?」

 母は、見慣れないパジャマを着ていた。

「これね、この間、知り合いの寝具ブランドの社長さんから貰ったの。オーダーメイドなんだけど、どう?」

「いいと思うよ。可愛い」

「そう?良かったあ。はい、これ」

 母は、後ろ手に持っていた包みを私に差し出してきた。開けてみると、母とまったく同じ柄とデザインのパジャマだった。

「娘さんの分もって、奮発して作ってくれたの。着てみて」

「……うん」

 言われた通りに袖を通すと、ぴったりと私の身体に合っていた。袖丈も、裾幅も、恐ろしいほどに。

「はい、じゃあ……」

 母がポケットからスマホを取り出し、横に座って肩を寄せてくる。そういうことか、と思いながら、いつもの笑顔を作る。


 ——―ピポン


「よしっ、と……」

 写真を撮り終わると、母は私に目もくれず、Twitterを開いて文章を打ち込み始めた。ああでもない、こうでもないと、人の目を引くような文言を推敲している。

 母はいわゆる、アルファツイッタラーと呼ばれる人間だ。きっと、夕食の電動ミルも、このパジャマも、案件というやつなのだろう。

 いつからか、母はそういった企業の人間が集まる場所に赴くようになった。本業の建築デザイナ―の仕事そっちのけで、しょっちゅう打ち合わせだの、パーティだのに呼ばれている。

「投稿っと。ねえ、綾。最近、何かなかった?」

「何かって?」

「嬉しかったこととか、失敗しちゃったこととか……」

「……うーん、特にないよ」

「そ、残念」

 興味を失くしたように、母は立ち上がった。きっと、ツイートのネタを探していたのだろうが、ご期待に沿えなかったようだ。

 そのまま、出て行こうとして、不意に振り返り、

「あ、そうそう。明日の夜ね、急に打ち合わせが入っちゃったの。遅くなっちゃいそうだから、ご飯は一人で食べて。ごめんね」

「何の打ち合わせ?」

「何のって……仕事のに決まってるでしょ?」

 母はそう言うと、扉を開け、

「ちゃんと、ご飯は用意していくから、心配しなくていいの。じゃあ、おやすみなさい。夜更かししないで、早く寝なさいね。

 と言い残し、私の部屋から出て行った。

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