五
慌ててスマホの画面を閉じ、
「いいよ」
と、声を掛けた。カチャンと扉が開き、母が部屋に入って来る。
「それ、どうしたの?」
母は、見慣れないパジャマを着ていた。
「これね、この間、知り合いの寝具ブランドの社長さんから貰ったの。オーダーメイドなんだけど、どう?」
「いいと思うよ。可愛い」
「そう?良かったあ。はい、これ」
母は、後ろ手に持っていた包みを私に差し出してきた。開けてみると、母とまったく同じ柄とデザインのパジャマだった。
「娘さんの分もって、奮発して作ってくれたの。着てみて」
「……うん」
言われた通りに袖を通すと、ぴったりと私の身体に合っていた。袖丈も、裾幅も、恐ろしいほどに。
「はい、じゃあ……」
母がポケットからスマホを取り出し、横に座って肩を寄せてくる。そういうことか、と思いながら、いつもの笑顔を作る。
——―ピポン
「よしっ、と……」
写真を撮り終わると、母は私に目もくれず、Twitterを開いて文章を打ち込み始めた。ああでもない、こうでもないと、人の目を引くような文言を推敲している。
母はいわゆる、アルファツイッタラーと呼ばれる人間だ。きっと、夕食の電動ミルも、このパジャマも、案件というやつなのだろう。
いつからか、母はそういった企業の人間が集まる場所に赴くようになった。本業の建築デザイナ―の仕事そっちのけで、しょっちゅう打ち合わせだの、パーティだのに呼ばれている。
「投稿っと。ねえ、綾。最近、何かなかった?」
「何かって?」
「嬉しかったこととか、失敗しちゃったこととか……」
「……うーん、特にないよ」
「そ、残念」
興味を失くしたように、母は立ち上がった。きっと、ツイートのネタを探していたのだろうが、ご期待に沿えなかったようだ。
そのまま、出て行こうとして、不意に振り返り、
「あ、そうそう。明日の夜ね、急に打ち合わせが入っちゃったの。遅くなっちゃいそうだから、ご飯は一人で食べて。ごめんね」
「何の打ち合わせ?」
「何のって……仕事のに決まってるでしょ?」
母はそう言うと、扉を開け、
「ちゃんと、ご飯は用意していくから、心配しなくていいの。じゃあ、おやすみなさい。夜更かししないで、早く寝なさいね。こみつ」
と言い残し、私の部屋から出て行った。
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