〝三鶴子へ


 これを読んでいる頃には、僕は既にこの世にいないことだろう。きっと、自らの手で命を絶っているはずだ。

 今、この手記を破り捨てようとしているのならば、それはやめてくれ。

 安心してほしい。今更、君にこういう形で、どうこう言おうなんて思っていない。僕たちの関係性については、うんざりするくらいに話し合ったのだから、ここに、そういったことを書き残したりはしていない。

 この手記を残したことには、別の理由がある。

 僕の実家が、富山県の礪波となみにある旧家だったことは知っているね。君が、所詮はクソ田舎の芋臭い家系だと言って馬鹿にしていた、あの旧家だよ。

 実は僕の家系は、いわゆる憑き物筋というやつでね。とある神様を信仰していて、それ故に、そこそこの力を持つ旧家足り得ていたんだけど、いつからか、それが裏返って、呪いのように作用し始めたらしいんだ。

 僕の家系に早死にが多かったのはその為らしいんだけど、詳しくは知らない。でも、そういう血筋なんだってことは、昔からよく聞かされてきた。

 その中で、こんなことも教えられたんだ。

 この血筋に伝わる呪いは、他の人間を呪う為に利用することもできるって。

 元は、呪いを祓おうと試行錯誤している最中に、偶然生まれたものらしいんだけど、とある方法で、血筋に伝わる呪いを伝染させることができるらしいんだ。

 その方法とは、血筋の者が呪いを込めて結んだヒンナヒモを、血筋ではない者に解かせること。

 ヒンナヒモっていうのは、この手記に封をしていた赤い糸のことだよ。つまり、これを読んでいるということは、君は既に、ヒンナヒモを解いたということ。僕の家系に伝わる呪いに、伝染したことになる。

 なんでこんなことをしたのか、君は十分に分かっているだろう。

 最後まで、僕は君に何も言えなかった。一方的に、悪意を押し付けられるだけだった。とても愛情の裏返しとは思えない、醜悪な言葉を吐き続けられるだけだった。

 でも、君の言う通りだ。僕は、口下手で、情けなくて、甲斐性無しで、不能で、愚図で、田舎者で、芋臭くて、見劣りする、君みたいな洗練された人間に相応しくない人間だよ。

 だから、だからこそ、こういう方法を取るしかなかったんだ。

 口先じゃあ、敵わなかった。立ち振る舞いも、ずっとずっと上手だった。それ故に、愛する綾の親権も奪われてしまった。 

 だから、最後の最後に、こういう形で、君に復讐したかったんだ。

 いつかきっと、何かの拍子に、この手記を見つける日が来るだろう。それが、君の手によるものだと願いたい。その為に、表に宛名も書いておこう。

 綾に、この呪いを受けさせるわけにはいかないから。

 でも、まあ、どちらでもいいんだ。

 わざわざこんな回りくどい方法を取ったのもそうだけど、これは僕にとって、ある種の賭けみたいなものなんだから。

 もし、綾がこの手記を見つけてヒンナヒモを解いてしまったとしてもだ。

 君が言い張っている通りに、綾が僕の子供だったのなら、僕の血を受け継いでいるのなら、別に何も問題は無い。身内に、ヒンナヒモの呪いは効かないのだから。

 でも、僕が訝っていた通りに、綾が僕の子供ではなかったとしたら。

 その時は、綾に呪いが降りかかることになる。

 勘違いしないでほしい。僕は綾のことを、心から愛しているんだ。

 でも、それは、綾が本当に僕の子供だった場合のことだ。

 だから、もし綾が僕の血筋ではなかった上、この手記を見つけて、ヒンナヒモを解いてしまったとしても、それによってもたらされる結果は、僕が望むものになるだろう。

 君も、僕と同じくらい、綾を愛しているだろうから。

 綾を失う苦しみを、じっくりと味わうといい。

 今、これを独りで書いている、僕のように。〟

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