八
〝三鶴子へ
これを読んでいる頃には、僕は既にこの世にいないことだろう。きっと、自らの手で命を絶っているはずだ。
今、この手記を破り捨てようとしているのならば、それはやめてくれ。
安心してほしい。今更、君にこういう形で、どうこう言おうなんて思っていない。僕たちの関係性については、うんざりするくらいに話し合ったのだから、ここに、そういったことを書き残したりはしていない。
この手記を残したことには、別の理由がある。
僕の実家が、富山県の
実は僕の家系は、いわゆる憑き物筋というやつでね。とある神様を信仰していて、それ故に、そこそこの力を持つ旧家足り得ていたんだけど、いつからか、それが裏返って、呪いのように作用し始めたらしいんだ。
僕の家系に早死にが多かったのはその為らしいんだけど、詳しくは知らない。でも、そういう血筋なんだってことは、昔からよく聞かされてきた。
その中で、こんなことも教えられたんだ。
この血筋に伝わる呪いは、他の人間を呪う為に利用することもできるって。
元は、呪いを祓おうと試行錯誤している最中に、偶然生まれたものらしいんだけど、とある方法で、血筋に伝わる呪いを伝染させることができるらしいんだ。
その方法とは、血筋の者が呪いを込めて結んだヒンナヒモを、血筋ではない者に解かせること。
ヒンナヒモっていうのは、この手記に封をしていた赤い糸のことだよ。つまり、これを読んでいるということは、君は既に、ヒンナヒモを解いたということ。僕の家系に伝わる呪いに、伝染したことになる。
なんでこんなことをしたのか、君は十分に分かっているだろう。
最後まで、僕は君に何も言えなかった。一方的に、悪意を押し付けられるだけだった。とても愛情の裏返しとは思えない、醜悪な言葉を吐き続けられるだけだった。
でも、君の言う通りだ。僕は、口下手で、情けなくて、甲斐性無しで、不能で、愚図で、田舎者で、芋臭くて、見劣りする、君みたいな洗練された人間に相応しくない人間だよ。
だから、だからこそ、こういう方法を取るしかなかったんだ。
口先じゃあ、敵わなかった。立ち振る舞いも、ずっとずっと上手だった。それ故に、愛する綾の親権も奪われてしまった。
だから、最後の最後に、こういう形で、君に復讐したかったんだ。
いつかきっと、何かの拍子に、この手記を見つける日が来るだろう。それが、君の手によるものだと願いたい。その為に、表に宛名も書いておこう。
綾に、この呪いを受けさせるわけにはいかないから。
でも、まあ、どちらでもいいんだ。
わざわざこんな回りくどい方法を取ったのもそうだけど、これは僕にとって、ある種の賭けみたいなものなんだから。
もし、綾がこの手記を見つけてヒンナヒモを解いてしまったとしてもだ。
君が言い張っている通りに、綾が僕の子供だったのなら、僕の血を受け継いでいるのなら、別に何も問題は無い。身内に、ヒンナヒモの呪いは効かないのだから。
でも、僕が訝っていた通りに、綾が僕の子供ではなかったとしたら。
その時は、綾に呪いが降りかかることになる。
勘違いしないでほしい。僕は綾のことを、心から愛しているんだ。
でも、それは、綾が本当に僕の子供だった場合のことだ。
だから、もし綾が僕の血筋ではなかった上、この手記を見つけて、ヒンナヒモを解いてしまったとしても、それによってもたらされる結果は、僕が望むものになるだろう。
君も、僕と同じくらい、綾を愛しているだろうから。
綾を失う苦しみを、じっくりと味わうといい。
今、これを独りで書いている、僕のように。〟
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます