気が付くと、全身がガタガタと震えていた。

 背中をゾワゾワと悪寒が這い回り、額から冷たい汗が流れ落ち、喉の奥が熱く疼き、息が荒くなっていく。

 これは、この手記は。

 あの優しかった父が。

 まさか、こんな形で。

 嘘だ、嘘だ。

 こんなこと、こんなこと……。


 〝君が、所詮はクソ田舎の芋臭い家系だと言って馬鹿にしていた〟


 〝一方的に、悪意を押し付けられるだけだった。とても愛情の裏返しとは思えない、醜悪な言葉を吐き続けられるだけだった。でも、君の言う通りだ。僕は、口下手で、情けなくて、甲斐性無しで、不能で、愚図で、田舎者で、芋臭くて、見劣りする、君みたいな洗練された人間に相応しくない人間だよ〟


 〝君が言い張っている通りに、綾が僕の子供だったのなら、僕の血を受け継いでいるのなら〟


 これらの文言が意味するもの。

 それは父が、母が言っていたようなモラハラ男などではなく。

 むしろ、そういったことをやっていたのは母の方で。

 私は、父の本当の子供ではない可能性が……?

 嘘、嘘、嘘。

 まさか、そんなことが、あるはずが、でも、私には、どこか、身に覚えが、あって、でも、そんなはずが、母が、そういう人間だと、でも、父が、まさか、私を―――。

「痛っ……」

 突然、指先に痛みが走った。その拍子に、手記を落とすと、

「……え?」

 右手の人差し指に、いつの間にか赤い糸が絡まっていた。

 手記に封をしていた、解くと呪いを受けるという、ヒンナヒモが。

「ひぎっ……」

 ズキンッと、人差し指が千切れるような感覚に襲われる。と同時に、ヒンナヒモが獲物を捕らえた蛇のように、グルグルと巻き付いた。その毛羽立った先端が、まるで生きているかのように蠢きながら、手の甲へと潜り込んでいく。

「ひぎゃあああっ!」

 思わず、左手で引っ張ったが、ヒンナヒモは千切れなかった。ズブズブと入り込んでいき、肉をえぐりながら掌の中を掘り進んで――あちこちから、先端がブワッと飛び出した。

「いやああっ!」

 増殖したいくつもの先端がうねり、右手首にグルグルと巻き付いたかと思ったら、また身体の中へと潜り込んでいった。まるで、縫われていくかのように、無数の赤い糸が、私の身体を侵食していく。

「い、いやっ、いやあっ……!」

 右腕全体が、出来の悪い刺繍を施されたかのように、まばらに赤い糸に覆われた。激痛と恐怖が、右肩から首へ、胸へ、伝っていく。

 これは、まさか、これが、父の、ヒンナヒモの、呪いなのか?

 だとしたら、やはり私は、父の血筋では、本当の子供では―――。

「たすけ―――」

 上げようとした悲鳴は、口がヒンナヒモに覆われたことによって遮られた。

 全身が、縫い包まれていく。

 父が施した、悍ましい呪いに。

 痛い、

 嫌だ、

 怖い、

 助けて、

 誰か、

 助けて、

 助けて、

 助けて、

 助けて、

 助けて、

 助けて、

 助けて、

 助けて、

 助けて、

 助けて、

 助けて、

 お母さん―――——。

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