あやぁ、ご飯よぉ」

 母から呼ばれ、

「はーい」

 と、返事をした。眺めていたオカルトサイトを閉じてスマートフォンをポケットにしまい、自分の部屋を出てリビングへと向かうと、母が食卓に皿を並べている最中だった。

 すべて、無印良品の木製食器。マグボウルには茸とほうれん草のクリームスープ。プレートにはグルテンフリーの玄米食パンが二切れと、トマトとアボカドのマリネに、チキンソテー。ボウルにはサニーレタス、パプリカ、ヤングコーンとナッツのサラダ。小鉢に入っているのは、手作りの特性ドレッシングだろう。

 椅子には座らず、立ったまま待っていると、

「えっと……こっちの方が……」

 案の定、母がリングライトの三脚の位置を調整し始めた。

「……よしっと。はい、綾、座っていいよ」

「うん」

 撮影が終わったらしいので、食卓に着く。「いただきます」と言って、手を付けようとすると、

「あっ、ちょっと待ってっ」

 母が、慌ててキッチンに行った。と思ったら、手に銀色の筒状の物を持って戻ってくる。

「何?それ」

「電動ミル」

 キュルルルルという音と共に、筒状の物から挽かれた黒胡椒が、母の分のチキンソテーに振りかけられた。その様を、母は微笑みながら見つめている。

「うん、いい感じ。それじゃあ……」

 母が、私に向かってスマートフォンを掲げる。一瞬だけ躊躇ったが、私はすぐに笑顔を作り、電動ミルを手に取った。


 ——―プォン


 撮影が始まる。私は自分の分のチキンソテーにパラパラと黒胡椒を振りかけて、「うわあ」と感動している表情をしてみせ、ナイフとフォークでひとくち分だけ切り分けてから口に運んだ。

 もぐもぐと咀嚼し、目を瞑り、くしゃっとした笑顔を作る。「おいしーい!幸せ!」といった風な、馬鹿みたいな笑顔を。


 ―――ピポン


「はい、オッケー。それじゃ、次はね……」

 それから、三通りの撮影をやった後、私はようやくまともに夕食を食べることができた。

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