第7話 美女・マリリン登場

 ファンと対面した後、俺は元の個室に戻った。俺の質問に対して、ファンははぐらかすことなく、丁寧に答えていた。それは認めよう。

 だが、ファンたちが地球で何をしようとしているのか、あの問答だけでは本当のことが分かるはずもない。


 俺の部屋は、トイレ・洗面は付属しているものの、ベッド以外には何もない殺風景なものだ。俺はベッドに横たわって、ぼんやりと天井を眺めていた。


 突然ドアが開いて、アーシャが入ってきた。

「おい、部屋に入る時は、ノックくらいしてくれよ」

「ノック? ああ、手でドアを叩く行為ですね?」

 AIに搭載された日本語辞典を参照したのだろう。

「分かりました。でも、それよりいい方法があります」

「何?」

「私はあなたの脳に、直接話しかけることができます。ファン所長があなたにしたようにです。部屋に入る前、あなたに話しかけます。それでどうですか?」

「うん? ファンさんと話した時も不思議に思ったんだが、どのような仕組みで、俺の脳に直接話しかけるんだ? もしかして、俺の脳に何か細工さいくがしてあるのか?」

「あ! いえ。私はロボットなので、仕組みは知りません。すみません」

<こいつめ、知っているくせにとぼけてやがるな。おそらく、俺の頭に何か入っているのは間違いないだろう>


「大星さんの回答を聞きに来ました。もう一つ、あなたに素晴らしいプレゼントが贈られます!」

<またプレゼントかい。ろくなことではないな>

 俺は、ベッドに寝ころんだまま、何気なくアーシャを眺めた。


 高さ1mほどの切株のような胴体の下部に、車輪が3つずつ、計12個付いている。

 上部には、いくつかの機器が取り付けられている。おそらく、カメラや集音装置など、人間の感覚器に相当する部分だろう。胴体の下から2/3くらいの高さから、2本のアームが伸びている。両方のアームの水平位置は、360度回せるようだ。

 頭の上に木の葉のようなものが付いているが、これは装飾らしい。

 さっき会ったファンの姿から、アーシャが彼らの姿を模して造られていることは、容易に推測できる。


 意識が戻ってから、まだ大して時間が経っていないが、接した相手としては、この切株型ロボット・アーシャとの時間が一番長い。

 人間には似ても似つかぬ姿だ。だが、愛着とまでは言えないが、親近感のような感情が心の隅に芽生えているのを感じる。少なくとも、アーシャの前では緊張しなくて済む。たぶん、優しな声と、礼儀正しくて丁寧な話し方によるのだろう。


「プレゼントって、何だ?」

「その前に、最初のプレゼントへの回答をお聞きします」

「その、プレゼントというのは止めろよ。何のことはない、俺への指示・命令だろ? 答えは、イエスだよ」

「了解しました。ありがとうございます」

「それで、今回のプレゼント、ではない、指示というのは?」

「驚かないでください。今日の夕方、傾城けいせい、いえ違いますね、絶世ぜっせいの美女が、ここに来ます!」

「絶世の美女? それは、君か? アーシャ」

「ご冗談を……」

 もちろん、アーシャは顔を赤らめたりはしない。そもそも、顔がない。

「じゃあ、誰だ?」

「名前はマリリン」

「ほー。人間か?」

「正直に言いましょう。マリリンは、限りなく人間に近い人型ロボットです」

「ロボット。また擬牝台ぎひんだいじゃないのか?」

「私たちは、同じ失敗は二度と繰り返しません。私たちが保有する科学のすいを集めた、自信作なのです」

「へー、そりゃすごいね。それで、マリリンは何のために来るんだ?」

「もちろん、あなたと交尾するためです」

「おいおい、君の日本語もまだまだ、だな。ふつう、人間に交尾なんて言葉は使わないよ。けものや虫には使うけどな」

「失礼しました。……。言い直します。あなたと愛をささやくためです」

「まあいいだろう。ロボットとセックスさせて、どうしようというんだい」

「あなたの精液を採取します」

「それで?」

「それを人工授精に使えば、あなたも、望まない相手と交わらなくて済みますでしょ?」

<やはりな。人工授精で効率的に人間を殖やす魂胆だな>


「分かった。マリリンとやらに会おうじゃないか。ただ、条件がある」

「何でしょう? 可能な限り誠意をもって対応させていただきます」

「セールスマンみたいな物言いだな。あのね、この部屋が気に喰わないんだ」

「この部屋が、気に喰わない……。なぜです? ベッドはあるし、トイレ・洗面完備です。これ以上何が必要ですか?」

「こんな殺風景で寒々とした部屋では、その気になれないだろ。ムードというものが必要だ、ムードがね」

「ムード、ですか。ムードは、雰囲気ですね。雰囲気は……その場所が自然に作り出している、特定の傾向を持つ気分。なるほど。ですが、『特定の傾向』というのが理解できません。特定の傾向とは、どんな傾向ですか?」

「いや、『国語辞典』の字面じづらだけじゃ分からないな。無理を言って悪かった。そうだな、人間社会に関するアーカイブの中から、『ラブホ、画像』で検索してみてくれ」

「はい。すみません」

 

 数秒後、俺の頭の中に、いわゆるラブホテルの部屋の画像がサムネイルで現れた。

「ゆっくりとページをってくれ」

「かしこまりました」

「……。ストップ! 行きすぎだ。一つ戻して」

「かしこまりました」

「一番上の段の右から2番目の写真を拡大」

「かしこまりました」

「これでいい。この写真や、似た写真をもとにして、同じような部屋を作ってくれ」

「少々お待ちください」

「上司の許可が必要だからな」


「許可が下りました。部屋の改造のため、マリリンとの面会は、明日の夕方に延期するそうです」

「上等じゃないか。しかし、一日で、部屋の改造なんてできるのか? 余計な心配だろうが」

「問題ありません。当研究所の工作部はとても優秀なんです」

「へえ、そうかい。あ、それと、酒とまみも欲しいな。酒は……、シャンパンだな。摘まみは、キャビアとスモークサーモンのカナッペね。もしなければ、モロキューでもいいぞ」

「かしこまりました」

「本当かよ。大丈夫か?」

「何とかします」

 

 アーシャは、かすかな駆動音を立てながら、部屋を出ていった。

<ちょっと無理を言い過ぎたかな。しかし、こっちは囚われの身で、しかも種馬にされるんだ。目一杯我がままを言って、あいつらを困らせてやる>

 ベッドに寝ころんで、ボンヤリと天井を見つめる。

<それにしても、アーシャは従順だな。絶対に怒ったり攻撃的になったりはしない。アーシャを作った奴らに対して従順なのは当然だが、なぜ、俺に対してもそうなんだ? ……>

 俺はいつの間にか、眠りに落ちていた。



 翌日の夕方、俺がベッドに寝ころんでいると、頭の中でアーシャの声が聞こえた。

「アーシャです。入ります」

 ドアが開いて、アーシャが行ってきた。

「部屋に案内します」

「部屋、出来たんだ」

「はい。工作部は優秀ですから」

「お手並み拝見といこうか」


 部屋は、今いた部屋の斜め向かいにあった。

 アーシャに導かれて部屋に入った俺は、思わず叫びそうになった。

「何だよこれ! 本物そっくりじゃないか。凄いな」

「工作部は優秀だと言ったでしょう?」

 以前言ったように、俺の唯一の趣味は風俗遊びだった。だから、その種のホテルは数えきれないくらい利用した。高級なものから格安なものまで、幅広く。

 今足を踏み入れた部屋は、高級ホテルそのままだった。


 俺は、部屋の中を見て回った。インテリアや家具・調度品の質が高く、デザインも洒落しゃれている。

 ベッドは特大サイズだ。ただし、上に大仰おおぎょう天蓋てんがいが付いている点は、だいぶ古臭い。

「こんな家具や調度品、短時間のうちにどうやって手に入れたんだ?」

「工作部が接収したものだと思いますが、詳しいことは知りません」


「お、バスタブも広いな。しかも、ジェットバス……。おい、アーシャ、一緒に風呂に入るかい?」

「私はロボットですので、風呂には入りません」

「防水仕様なんだろ?」

「はい。でも、ダメです」

「冗談だよ」

<人間の女なら、恥ずかしがるシチュエーションだな>


「その、マリリンというロボットは、風呂に入れるのか?」

「問題ありません。限りなく人間に近いですから。ロボットではなく、人間だと思って接してください」

「努力するよ」

「1時間後に、マリリンが来ます。それまでに、シャンパンとお摘みをお持ちします。あの……、調子に乗って飲み過ぎないでくださいね」

「ん? なぜだ?」

「飲み過ぎると、がい男性器が上手く機能しなことがあると聞きました」

「君は妙なことに詳しいんだな」

「あなたより人間に詳しいと言ったでしょう」

「そうだったな」


 アーシャの退出後、俺はシャワーを浴びた。

<いくら相手がロボットでも、清潔にしておかねば>


 その後、ソファに腰かけてうつらうつらしていると、何の前触れもなく、ドアが開く音がした。

<チッ! ここは、いつもそうだ>

 掛け時計を見ると、さっきアーシャが退出してから、ちょうど1時間が経過していた。

「こんばんは。……マリリンです」

 若い女性の声だ。俺はすぐにドアの方に歩いて行った。

 ドアの前に、髪が長くてスラリとした女性が立っていた。ビジネス・パーソンのようなスーツを着ているが、上下とも色は白だ。

「お待ちしてました。俺、大星です。よろしく」

 俺はマリリンと握手しながら、マリリンの顔を間近に見た。そのとたん、一瞬だが石の地蔵さんのように固まってしまった。

「え! 君は綾乃あやのじゃないか! 美神みかみ綾乃だろ?!」


 美神綾乃と俺とは、会社の同期入社だった。彼女はアミ人と日本人のハーフで、帰国子女だった。俺は入社早々、綾乃に一目惚れし、しばらく付き合ったものの、あっけなく振られてしまったのだ。日本をめぐる戦局が悪化してきたので、退職してアミ合衆国に帰ったと聞いた。

<いったいなぜ、ここに綾乃がいるんだ? これがロボットだというのか? いや、到底ロボットには見えない>


 綾乃は、俺の動揺を知ってか知らずか、穏やかな、しかしどこかうつろな笑みを浮かべていた。

《続く》

 




 

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