第3惑星第1コロニー

あそうぎ零(阿僧祇 零)

第1話 人間牧場

 地球暦(西暦)2000年代後半、第三次世界大戦が勃発した。核兵器の大量使用により地球は広範囲に汚染され、人類を含む生物の大部分は死滅。生き残った少数の人類は、各地のシェルターに逃げ込んだ。

 この機を待っていたかのように、ある地球外生命体が地球に侵攻、人類を制圧した。

 彼らは、人類よりはるかに進んだ科学技術を保有していた。


【登場人物】

<太陽系第3惑星(地球)第1コロニー>

  第1コロニー統括官兼第3惑星第1軍統括官  ジャン

  ジャンの子供                ジラ、ジン

  食料部長官                 モグ

  第1コロニー・パイロットファーム所長    ファン


   *


 目的地が近づいたのか、中型垂直離着陸機は高度を下げ始めた。

「5分後、目的地到着」

 パイロットのアナウンスが、ジャン統括官の頭の中に届いた。彼らは、発声や聴覚に関わる器官を持たないので、コミュニケーションはもっぱら脳内に埋め込まれた発受信機を使った電波によっている。


 機のすぐ右側に、なだらかで長い稜線を持つ独立峰が見えてきた。ジラは目敏めざとく見つけて、知識を披瀝し始めた。


「あれは、原住生物から『フジサン』と呼ばれている山だ。標高はおよそ5,298ギールで、この島では一番高い。約5,800ヨーク(人間の尺度で数10万年 ※)前から噴火を繰り返し 、あのような姿になった」

※以下はんを避けるために、数の単位は基本的に人類が使用していたものによる。


 年下のジンも加わる。

「まだ噴火が完全に止まったわけではない。いつまた噴火活動が始まるか分からない」


 第1コロニーをこの島に建設したのは、火山が多いという特性を生かして、将来、地熱発電を大規模に開発する目論見があったからだ。

 加えて、核兵器使用による放射能汚染が比較的軽く、除染が早期に完了すると予想されたこともある。約半年で、原生生物にもほとんど害のないレベルにまで除染することが出来た。


 駐機場で、食料部長官・モグと当パイロットファーム所長・ファンの出迎えを受けた。

「『第1コロニー・パイロットファーム』にようこそ」


 あたりは広々とした草原だ。人類が制圧される前、ここは軍隊の演習場だった。フジサンがまじかに見える。駐機場は第1軍との共用なので、遠くに数機の軍用機が駐機している。

 

「ジラ、ジン、久しぶりだな。今日は面白いものを見せよう」

 モグは以前から、ジャンと家族ぐるみの付き合いをしている。

「はい、もあるそうなので、とても楽しみ」

 ジラは年上だけあって、受け答えもしっかりしている。


 今日はこれから、当ファームの開所式が開催される。

 視察も兼ねてジャンが出席するのだが、モグが気を利かせて、子のジラとジンも呼んでくれたのだ。


 彼らには雌雄の別はなく、生殖は一種の株分けのようなものだ。だから、子供は基本的に親のクローンなのだ。ただし、そのままで繁殖を続けると、環境への適応力が低下する恐れがあるから、時々遺伝子の交換のようなことをして、新たな遺伝子の組み合わせを作っている。


「まず、レクチャールームで当ファームの現状や課題を説明した後、施設の視察。その後、開所式で総括官から挨拶。最後に、当ファームの生産物を試食し終了だ」

 ファン所長から簡単なスケジュールの説明があり、一同は建物に向かった。


 彼らは、二本の足を持ってはいるものの、ひどく短い。だから、人間ほど速く歩くことはできない。ちょうど、陸に上がったペンギンのようである。

 しかし、自宅以外では電動靴を履くのが一般的で、これを履けば、人間よりもはるかに早く移動できる。今日もみな電動靴を履いている。


「後で説明するが、人間を当ファームの養殖対象としたことは、正解だったと思う」

 レクチャールームで、巨大なモニターを使いながら、ファン所長が説明を始めた。


「知ってのとおり、この第3惑星には13か所のコロニーが建設され、それぞれが異なる原住生物の飼育・養殖を試みている。例えば、第2コロニーが対象としている『ブタ』と呼ばれる動物は、人間自身が食用に飼育していたくらいだから、タンパク源としては優れているかもしれないが――」


 ジラが質問した。

「人間の知能は、どの程度のものですか?」

「よい質問だ」

 と、ファン所長。


「ジラとジンは人間についてあまり知識がないだろう。よい機会なので、人間という生物について簡単に説明しよう。

現在の人間がこの第三惑星に現れたのは、約20万年前だ。 気候変動や感染症の蔓延まんえん、人間同士の殺し合いなどのためにその数を減らしたこともあったが、ほぼ一貫して増殖してきた――」

 ファン所長は、モニターに「人口の推移」グラフを示した。


「やがて人間は道具を使うようになり、時間をかけて科学を身に付けた。と言っても、我々の科学に比べれば、はるかに低レベルだが。そしてついに、第三惑星の生態系の頂点に君臨するようになった。その後も際限のない増殖を続け、第三惑星を覆いつくすまでになった」

「人間は、思っていたより高等な生物だな」

 ジンも、人間について興味を覚えたようだ。


「第三惑星の原住生物の中では最も高等といえる。しかし、彼らにはし難い欠点がある」

 ファン所長は、以前から観察してきた人間の実態について、語り始めた。


「我々は、百年以上前からこの惑星に目を付け、観察してきた。目的は、我々の一部が移住するに適した、タンパク質が豊富な天体の発見だ。特に、この惑星の支配的地位にある人間の観察に力を注いだ。観察方法は――」

 ファン所長は、モニターに観察方法を表示した。


 ①調査員が『透明化スーツ』を着て、人間社会に潜入・観察。

 ②ステルス航空機による第三惑星大気圏内の巡航・観測。

 ③人間が自らの歴史を記録した文献や、テレビ・ラジオ番組の入手・分析。

 ④人間が打ち上げた人工衛星を介した通信の傍受や衛星画像の入手・分析。

 ⑤――


「それらの情報を分析・総合して、我々は人間の特性を把握した。それらの特性の中で、極めて人間に固有な、つまり、我々との違いが際立っている特性がある」

「その特性とは?」

 ジラが身を乗り出した。と言っても、彼らの体は人間に比べて体表が固いので、体が少し前に傾いたに過ぎない。


「それは『闘争本能』だ」

「トウソウホンノウ?」

「と言われても、ジラやジンには分からないだろう」

と、ジャンが引き取った。


「人間という生物は、お互いが殺し合うことも珍しくないのだ」

「お互いが殺し合う?! 」

 ジンは驚きのあまり、頭に生えた葉っぱのような器官を震わした。


 ファン所長が説明を続ける。

「人間は昔から集団生活を営んできた。集団の中で、頻繁に殺し合いが起きる。

また、それらの集団の内部は、力のある者とない者、支配する者と支配される者の集団が分化していて、それらが階層構造になっている。フラットな我々の社会とは相当違う。

さらに、この惑星にはいくつもの人間の集団があり、集団間の争いや殺し合いも、たびたび起こる」


「互いに殺し合うとは、人間というのは野蛮で愚かな生き物だ。いったい、何のために殺し合う?」

 ジラが不思議そうに尋ねる。


「殺し合いの原因はいろいろだ。例えば、住む場所とか、食料をはじめとする様々な資源とか。

科学技術や工業が、殺し合いに勝つために利用された。だから、殺し合いの規模もどんどん大きくなった」

「話し合いによる解決を知らなかった?」

 

「人間たちも、話し合いによる解決を図ったことは多々あるし、それで解決したこともある。だが、闘争本能を自ら完全に制御することはできなかった。

5年ほど前に、この惑星全体を巻き込む殺し合い―人間はそれを『第3世界戦争』と呼んでいる―が始まった。核兵器が使用されて、惑星全体が著しく荒廃した。

こうした点を見ても、人間の主要な特性が闘争本能であることが分かる」


   *


「さて、今日は開所式も控えているから、このへんで本題に戻り、当ファームが作られた経緯や施設の概要を説明する」

 ファン所長は、今日のスケジュールを考えて、話を進めた。


 ここで、彼らの特性や地球制圧の経緯を簡単に説明しよう。

 彼らは、生命活動のエネルギー源であるデンプン質については、光合成により自分の体内で合成することができる。しかし、タンパク質はまったく合成できない。


 もともと太古の昔、彼らの祖先は固着生活を営んでいた。その後、進化して筋肉組織と骨格を備えるようになり、自ら動いて移動するようになった。

 移動生活を維持するためには、タンパク質とカルシウムを中心とした栄養素を、毎日欠かさず体内に取り込むことが必要だ。


 彼らは、タンパク質の継続的大量入手の可能性の高い天体を探した結果、地球に目星を付けた。人間をはじめとする動物というタンパク源が大量に存在するからだ。

 ただ、彼らのものに比べればはるかに威力や性能が劣るとはいえ、人間も武器や防御設備を持ってた。そのため、地球を制圧するには、かなりの労力・資源・時間が必要と予測された。


 そこで彼らは、付け入る機会を気長に窺うことにした。そして、今回の戦争を奇貨として、彼らは一気に地球を制圧した。

 

 ファン所長は、説明を始めた。

「深海に生息する下等な生物を除いて、惑星上のほとんどの生物は放射能汚染により、その数を激減させた。しかし、少数の人間は地下の核シェルターに避難し、また、戦争後に備えるためか、各種の動植物も伴っていた――」

「動植物とは何?」

 ジンがすかさず質問した。


「ん? ジンは事前勉強してこなかったな。原始的なものを除いて、当惑星の生物の多くは、動物と植物に分かれている。その違いを詳しく説明している時間はないので、あとで自分で調べるように。ごく簡単に言えば、動物は自ら移動する。植物は、固着生活を営む」

<しまった。変な質問をするんじゃなかった>


「我々はそうしたシェルターを探し出し、そこにいた人間や動植物を捕獲・収集した。人間たちは武装していたが、我々の武器や透明化スーツの前では無力だった。

その後、植物は酸素を供給するために、除染した大地に移植した。

動物については、タンパク源として養殖するのに適した種を見出す作業に取り掛かった。つまり、13か所の植民都市(コロニー)に、各1か所の『パイロットファーム』を建設し、それぞれ異なる種を養殖することにした。

当第1コロニーは、人間の養殖が担当だ。では次に、当ファームの概要を説明する」

 ファン所長は、モニターにファームの諸元を映し出した。


■人間頭数 325

     うち 成体(男) 150

          (女) 150

        幼体(男) 13[11]

          (女) 12[9]

 ※[ ]内の数は当ファームで生まれた幼体頭数(再掲)


■施設構成

     人間居住棟    3

     給餌きゅうじ棟      3

     洗浄及び排泄棟  3

     出産及び保育棟  1

     診療及び療養棟  1

     模擬加工工場棟  1

     管理棟      1

     研究棟      1

     要員居住棟    1

     サンルーム    1

     廃棄物処理棟   1

     監視塔      5

     資材倉庫      2

     人間用運動場   3

     飛行場(軍と共用)1

     燃料タンク    3

※上記には軍関係施設を含まない。


■要員構成

     所長       1

     飼育要員     3

     医療要員     2

     研究要員     6

     警備要員     5


■主要装備

     中型垂直離着陸機    2

     車両          5

     運搬・監視用ドローン  10

     医療用ロボット     5

     研究支援ロボット    4

     各種作業用ロボット   14

     監視警戒用武装ロボット 15


「何か質問は?」

 ファンがカタツムリのように体の両側に飛び出した眼で、一同を見渡した。


「はい!」

 ジラが名乗りを上げた。

「『男』『女』とは何?」

「人間が我々と大きく違う点の一つが、生殖の仕組みだ。人間には、遺伝子の一部が異なる形式を持つ二つの種類がある。それらを、男・女と呼ぶ」

「なるほど。私たちのように、自分の体から子が分離する方式の方が、ずっとシンプルで優れているのでは?」

 ジラは学校で生物学も習っているためか、次々と疑問が湧くようだ。

「まだ研究中だが、男女が分かれているのは、異なる遺伝子の組み合わせを多数作り出すことによって、生存環境の変化にうまく対応できるようにしているのはないかと推測している」


 モグ食料部長官が質問した。

「人間の生殖は、具体的にどのように行われるのか? また、ファームでの繁殖方法は?」

「繁殖方法については、ファームの運営に関する説明で出てくるが、説明の順番にはこだわらず、関心が深い点から説明していこう。

男女の体の構造はほとんど同じだが、生殖を司る器官は異なる。女には『子宮』と呼ばれる袋状の器官があり、そこで子供をある程度まで育てる。子供は、1個の受精卵から細胞分裂を繰り返して成長する。

男には『精巣』、女には『卵巣』という器官があり、それぞれ精子と卵子を作り出す。男は棒状の器官を使って、女の下腹部にある穴―これは子宮に繋がっている―に挿入して、精子が含まれている分泌物を注入する。

すると、子宮の中で受精が行われ、受精卵が子宮の内膜に着床し、母体から栄養を得て成長してく。簡単に言うとこのような仕組みだ」


「ずいぶん面倒くさいことをするものだな」

 モグ食料部長官が、呆れたように呟く。

「そうだ。しかし、人間はこの方法で大増殖し、惑星上の他生物の生存を脅かすまでになった。実際、これまで人間に絶滅させられた種も、決して少なくはない」


「それで、どのようにして人間の繁殖をコントロールしている? 出荷はいつから可能か?」

 質問したのは、ジャン統括官だった。

《続く》

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