第2話 討議「人間の養殖効率をウシより高める方策は?」
第1コロニーの軍事・行政全般について責任を負っているジャン統括官としては、養殖対象動物の効率的な繁殖・増産と、迅速な出荷が一番の関心事項だった。
「人間の繁殖については、いろいろ試行錯誤しているところだ」
ファン所長の言葉は、今一つ歯切れが悪い。
もっとも、フラットな彼らの組織のもとでは、ジャンとファンの間に上下関係はない。だから、たとえ繁殖事業の進捗がはかばかしくなくても、ファンが
それに、彼らの心には、怒りとか恐れとかいった感情的な要素はほとんどない。そのため、議論も極めて論理的に進行する。そういう点では、人間より人工知能に近いかもしれない。
「ウシやブタといった、人間が食用にしてきた家畜の繁殖や処理については、人間が作り上げた手法があり、
「なるほど。人間の繁殖で一番の問題点は何か? ファン所長」
「ウシ・ブタの繁殖方法は、大きく分けると、自然繁殖と人工繁殖がある。このうち人工繁殖は、優れた遺伝子を持つオスの精子を採取し、それを人為的にメスの子宮に注入する。すると、優れた性質を備えたコドモが生まれるわけだ。
だが、人間はこれまで自然繁殖しかしてこなかった。人工繁殖の技術がまだ確立できていない」
「人間にも、ウシ・ブタの人工繁殖技法を適用すればいいではないか」
モグ食料部長官が指摘した。
「私も当初そう考えた。家畜の中でも1頭から取れる肉の量が格段に多いウシを例にとってみよう。ウシは21日ごとに訪れる発情期に、オスから精子を採取することができる。オスに、
「へえー。なら、人間の男にも擬牝台を与えてみてはどう?」
ジラが議論に加わってきた。
「やってみたんだが、まるで効果なしだった」
「どうして?」
「人間はウシよりはるかに知能が高いから、擬牝台のような作り物には騙されない。それに、人間の男特有の問題もある」
「何です?」
「さっき、男には棒状の生殖器があると言った。人間はこれを『陰茎』と呼んでいる。陰茎は普段はとても柔らかく、そのままでは、女の下腹部にある穴ー『膣口』ーに挿入することはできない」
「なかなか厄介だな。それで、どうすれば挿入できるようになる?」
モグ長官は、早く先が知りたいようだ。
「男が性的興奮を感じると、陰茎に血液が集まり、その結果、陰茎が膨張し固くなる。そうすると、膣口に挿入することができる。そして、陰茎の挿入を深くしたり浅くしたりしているうちに、先端から精液を射出し、子宮内に送り込む」
「そうすると、自然交配なら男が性的興奮というものを感じ易いだろうから、繁殖はできそうだね」
「そのとおりだ、ジン。だが、自然交配には大きな問題点が二つある。一つは、人間の男女は、相手が誰であっても交尾するわけではないということだ。今までの研究では、男女が二人だけの状態でも、交尾に至らないケースも多々ある。もう一つは、女が成熟して妊娠できるようになるまの期間が長いということだ」
「というと?」
ジャン統括官の頭の葉っぱが、ざわめいた。強い関心を抱いた時に見られる動きだ。
「メスウシは2歳になれば子供を産める。これに比べて、人間の女は、早くても10歳を超えないと無理だ。この差は大きい」
「うーん。やはり、タンパク源確保としての人間養殖は難しいか」
ジャン統括官の葉っぱが、少し首を垂れた。
「いや、諦めるのは早い。要するに、優れた精子を確保して、大量の女に人工授精させれば、人間の大量生産は可能なはずだ。そのためには、筋肉量が多いといった優れた遺伝子を持った男の精子を、効率的に集めることが必須だ」
「どうやる? ファン所長」
ジャン統括官の葉っぱが、再びざわめいた。
「私に2つの腹案がある。一つは、優れた遺伝子を持ち、かつ交尾への欲求が強い男を選ぶ。その男に、命と生活の保証をする代わりに、我々の指示どおりに大勢の女と交尾する義務を課す。これは、自然交配の変形ともいえる」
「ふむ。そして、もう一つの案は?」
「男の性欲を掻き立てる機能を備えた人型ロボットを使い、男から精子を採取する。実は、地球遠征軍の技術研究本部に製作を依頼してあって、試作品はほぼ完成しているそうだ」
「人型ロボット? そのようなもので、人間が騙されるのか? 擬牝台ではだめだったんだろう?」
「いや、擬牝台というチャチなものとは全く違う。技術本部では、人間に関する膨大なデータを解析して、男にとって『理想的な女』を作り出すことに成功したそうだ。研究本部長が、人間研究の粋を集めた自信作だと言ってきたよ」
「ほう、それは頼もしいな。では、こうしよう。ファン所長が立案した2つの案を、並行して進めよう」
ジャン統括官は即決した。
《続く》
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