第5話 「捕虜」になった日

 第3次世界大戦が終結した時、俺は自衛軍の志願兵だった。しかし、軍人としてのキャリアはたかだか1年くらい。しかも、戦況が悪化していたため、体系的な新兵教育・訓練は受けていなかった。

 「あの日」は、川崎かわさき市にあった「川崎第1核シェルター」の守備任務に就いていた。その地下シェルターには、およそ1,000人が避難していた。


 東京都心は、敵が撃ち込んだ核ミサイルの直撃によって、壊滅状態となっていた。

 それまでに、内閣などの政府中枢は、中央州(道州制移行前は長野県)の核シェルターに移動していたから、無事だっただろう。

 しかし、全国的にライフラインが寸断されていたから、政府の機能は事実上停止していた。


 俺は、地下シェルターの監視警戒室にいて、モニターで地上の様子を監視していた。地上は放射能汚染がひどいから、人影は見えないはずだった。

 ところが、見慣れない形の、ロボットのような物体が、モニターの画面を横切って消えた。

「おい浅野あさの、ちょっと来てくれ!」

 俺は、同じ監視警戒班の同僚・浅野を呼んだ。

「おう、何だ?」

 浅野が、手に持った鬼瓦煎餅おにがわらせんべいを大きな音を立ててかじりながらやってきた。

「これ、何だと思う?」

 俺は、モニターの画像を巻き戻して、先ほどモニター画面を横切った物体のところで止めた。

「え? なんだこりゃ!」

 浅野の口の中にあった鬼瓦煎餅の破片が、危うく俺の顔を直撃するところだった。


 ロボットようの物体は、四肢を使って走っている。胴体はまるで切株を横にしたような形だ。緑色がかった胴体の表面はツルツルしている。

 画面をよく見ると遠くの方に、タンク状の円筒形の物体に車輪が付いている機器が、3台ほど見える。

「こんなロボットは見たことがないぞ。ルース軍やチェ軍はもちろん、ハン軍にもこんな形の軍用ロボットはないはずだ」

 浅野は、俺より2年ほど軍務経験が長く、敵の兵器に関する知識も豊富だった。

「これは、どこのカメラだ?」

「第5カメラだから……、北東方向、つまり、換気システムの吸排気塔だ」

「……。これはヤバいかもしれねえぞ。すぐに班長に知らせよう」

 浅野は立ち上がって、体の向きを変えた。しかし、そのとたん、意識を失って倒れた。

 俺も、急速に意識が遠のいていくのを感じた。


***


 どこか遠くで、俺を呼ぶ声がした。

<誰の声だ? 浅野か?>

 頭の中はもやがかかったようで、思考しようとしても、上手くまとまらなかった。ちょうど、初めて補助輪なしの自転車に乗ろとしている子供のように。


 やがて、頭の中の靄は急速に薄くなって、雲散霧消した。


 天井が見えた。

 いやに高い天井だ。

 天井に並んだライトから、目を刺すような白色光が降り注いでいて、眩しい。

<敵に捕まったんだな。ハンかルースか? しかし、敵だって壊滅状態のはずだが……>

 あたりから聞こえる言語によって探ろうとしたが、無駄だった。人の声は聞こえない。

<3国のどれにしても、捕虜として国際法に則った処遇を受けるのは無理だろうな。もしかすると、拷問を受けるかもしれない>

 兵士として拷問に耐える訓練は受けていなかった。どこまで耐えられるか自信がないし、正直言って恐ろしい。


 突然、辺りに日本語のアナウンスが響き渡った。

「さあ皆さん、ゆっくりと起き上がって下さい。まず、上半身だけ」

 敵にしては、妙に明るく、親切そうな声だ。


 簡易ベッドの上で長座位ちょうざい(上半身だけ起こし両足を前に伸ばして座った姿勢)になって、周りを見回した。

 それまで気が付かなかったが、俺の周りにはベッドが並んでいて、それぞれ男性が半身を起こすところだった。その数、ざっと70~80。

 俺は、誰か知っている人がいないか、首を巡らして探したが、見つけることはできなかった。

<浅野はいないか。ヤツはどうなったんだろう。うまく生き延びていればいいが>


 再び、アナウンスが指示を出した。

「体に付いているコード類を外してください。コードが体に接している部分を指でまんで引くと、簡単に外せます。決して無理に引っ張らないでください。無理に引き抜こうとすると、怪我をします」

 やはり、敵のくせして変に親切だ。


 俺は指示どおりに、5本ほどのコードを体から外した。

 改めて自分の体を見ると、体を覆っているのは、以前着ていた迷彩柄の戦闘服ではない。白色の布が、首から上を除いて体中に密着している。素材は弾力のある繊維だが、今まで見たことのない材質だ。排泄のためか、股のところが開ける構造になっている。


 手で頭に触れると、短く刈り込まれていて、ヒゲは伸びていない。敵にしては、ますます不審だ。散髪やヒゲりまでしてくれる親切な敵などいるものだろうか?


「では、ゆっくりと立ち上がり、隣の部屋に歩いて行って下さい。慌てなくて結構です」

 アナウンスとともに、1か所のドアが自動的に開いた。


 俺は立ち上がろうとして、よろめいた。

<いったい、どれくらいの間眠っていたんだ? だいぶ体がなまっているようだ>

 転倒しないように、注意深くドアの方に進んだ。他の男たちも、よろめきながら歩いて行く。


 たまたま近くにいた筋骨たくましい男が、話しかけてきた。

「戦争は終わったんですかね? ここは捕虜収容所ですか?」

 俺に聞かれても困るのだ。

「俺にも分かりません」

「そうですよね。私はさかいのシェルターにいました。軍医です。もっとも、入隊前は、病院の勤務医でしたが」

「堺というのは近畿州の? そうですか。私は川崎第1です」

「敵にしては、ずいぶん友好的ですな」

「いえ、相手の正体が何なのか、まだ分かりませんよ」

 俺は、シェルターにいた時モニター越しに見た、不審なロボットを思い出していた。

「え? 正体不明?」

 軍医の表情が曇った。


 隣の部屋には、いくつかのながテーブルと椅子いすがあった。両方とも、ゆかに固定してある。暴動などに備えているのだろうと思った。

「皆さん、椅子に座って下さい。席は自由です」

 軍医が俺に付いてきて、隣に座った。全員の移動が終わると、ドアが自動的に閉まった。


「第3惑星第1コロニーによこそ!」

 アナウンスの声は、いちだんと明るかった。

「第3惑星? 第1コロニー?」

 疑惑が台風の黒雲くろくものように巨大な渦となり、俺の頭を満たした。


***


 突然ドアが開いて、回想にふける俺を現実に戻した。


「大星さん、時間になりましたので、答えてください」

 入ってきたアーシャが、落ち着いた声で単刀直入に言う。

 動物のように顔というものを持たない相手に対して、どこを見て話せばいいのか、一瞬迷った。


「確認したい事と要求が一つずつある。それがクリアできたら、引き受けよう」

「いいですよ。言って下さい」

 アーシャはあくまで寛大だ。

「確認だが、俺が相手をする女性の同意は、もちろん取れているんだろうな?」

 望まない相手と無理やりやるなんて、俺のしょうに合わない。

「同意ですか……。それは大星さんの役割に含まれています」

「どういうことだ?」

「こちらで同意を得ることはしません。必要なら、大星さんが得てください。得られない場合にどうするかは、大星さんにお任せします。ただし、性交および受胎の実績は、大星さんの評価に直結します」

<必要なら、力ずくでもしろということか? ひでえな>


「回答の趣旨は理解した。今度は要求だ。あんたたちの背後にいて、あんたたちに指示を送っている存在に会わせてほしい。じかに話がしたい」

「ちょっと待ってください。相談しますから」

 アーシャはしばらく沈黙した。「黒幕」と通信しているらしい。


「今すぐに会うそうです。よろしいですね?」

 あっさりと同意した。

「では、私のあとに付いてきてください」

 部屋のドアが、さっと開いた。

《続く》

 

 



 

 

 





 

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