第4話 人類はいかにして衰退したか 2022~2071年

※この第4話はやや理屈っぽいです。そういう文章がお好みでない方は、読まずに第5話に進んでも、本作を楽しんでいただく上で、ほとんど差支えありません。 


アーシャは、地球を破壊したのは人間だと言ったが、それは否定し難い事実だ。

 地球上に生息する生物は、人間を除いて自分の意思を言葉で表明することができない。もしそれが出来たら、人間は非難の嵐にさらされるだろう。


 俺は学校の勉強をサボっていたし、ネットなどの報道番組にはとんと興味がなかった。だから、第3次世界大戦の発生原因や経過について、詳しいことは知らないし、まして何か論評めいたことは言えない。しかし、俺が知っているごく簡単な経緯は次のようなものだ。


 西暦2022年、大国の「ルース連邦」が、突如として隣の「ユークレイ共和国」に侵攻し、たちまちユークレイの3分の1を占領した。しかし、ユークレイの根強い抵抗に遭って、戦況は膠着こうちゃく状態に陥った。


 民主主義を標榜する「先進7か国」は、激しくルース連邦を非難したものの、ルースとの直接衝突に発展することは避けたかった。そのため7か国の対応は、ルースに対する経済制裁と、ユークレイに対する資金援助や武器・弾薬の供与にとどまった。


 国際機関である「国際安全保障機構」(ISO)は、ルースによる侵略行為に対してなすすべがなかった。同機構の決定に対する拒否権を持つ5か国に、ルースが含まれていたからだ。


 2031年ルース連邦において、独裁者・モーチン大統領が失脚した。ユークレイにおける10年近い戦線膠着の責任を取らされたのだ。

 モーチンに代わって権力を掌握したフリチン大統領は、モーチンに輪をかけたような強権的独裁者であり、対外的にも超強硬派だった。フリチンは自ら皇帝に即位し、国号を「ルース帝国」に変更した。

 フリチンは即位と同時に、戦術核兵器を使用してユークレイ全土を壊滅させた。


 一方、エイジアウロ大陸における、もう一つの大国「ハン人民共和国」では2022年、それまでの集団指導体制を弱体化させてきたチンペイ国家主席が、ついに独裁体制を固めた。

 チンペイは、ひたすら世界最大・最強の軍隊の建設に力を注ぎ、1930年ごろには、従来の覇権国・アミ合衆国の軍事力をも凌駕りょうがするようになった。


 2031年ハン人民共和国は、ルースの核使用といつにするかのように、海峡を隔てた民主主義国「フォルモ共和国」に侵攻、たちまち制圧した。

 ここでも、アミ合衆国を初めとする民主主義諸国は、ハン人民共和国との全面武力衝突を避けるため、武力介入は行わず経済制裁に止めた。しかし、ハン人民共和国はすでに経済力でもアミを超えていたから、経済制裁の効果はほとんどなかった。

 「民族の長年の夢」である「フォルモ統一」を果たしたチンペイは皇帝に即位し、国号を「ハン帝国」に改めた。


 ルースとハンに挟まれた半島には、「チェ人民共和国」と「コーリ共和国」が併存していた。しかし2032年コーリ共和国は、ハン帝国とチェ人民共和国の連合軍に蹂躙じゅうりんされ、チェに併呑へいどんされた。

 チェ人民共和国の独裁者・チェ将軍は王に即位し、国号を「チェ王国」に改めた。


 こうして、エイジアウロ大陸の大きな部分を、「ハン帝国」、「ルース帝国」、「チェ王国」という専制主義国家が占めることになった。

 これら3国は、歴史の歯車を逆に回すようにして、前近代的な国家体制を確立した。そして、民主主義体制は過去の遺物いぶつであり、3国の政治体制こそ先進的であるという復古思想を盛んに鼓吹こすいした。

 それは世界に波及していき、多くの国で、そうした復古的な変革が起きた。


 さて、俺の国・日本はその間どうしていたかについて語ろう。


 日本は第2次世界大戦で焼け野原となったが、その後奇跡的な復興を遂げ、世界屈指の経済大国となった。

 憲法の制約から本格的な軍隊を保有することはなく、同盟国・アミの核の傘に守られて、もっぱら経済活動専念した。

 しかし、太平楽たいへいらくを決め込む日本を震撼しんかんさせる出来事があった。

 2031年にハン人民共和国がフォルモ共和国に侵攻した際、地理的に近い日本の西南諸島にも侵攻し、占領したのだ。大義名分は、歴史的に自国の版図はんとであるとの一方的な主張だった。

 この時も、アミはハンとの全面衝突を避けるため、武力介入は形だけのものだった。西南諸島各駐屯地の自衛隊は果敢に応戦したのの、物量に勝るハン国軍の敵ではなかった。


 この事件を契機に憲法改正の世論が一気に高まり、自衛隊は憲法に規定する「自衛軍」に改められた。

 日本にとって、北方領土とともに、西南諸島の奪還が悲願となった。


 これが2032年ごろまでの情勢だ。

 その後、ハン、ルース、チェの各専制国家で、独裁者の代替わりが進んだ。


 世界は、日本やアミを含む民主主義国家の陣営「民主主義諸国連合」と、ハンなど専制主義国家の陣営「専制主義国家同盟」を二つの極として、一種の勢力均衡が保たれた。


 勢力均衡が崩れたのは2065年だった。

 チェ王国が、日本と同国の間にある日本の島に上陸・占領した「黒馬島くろうまじま紛争」だ。

 チェ軍は日本の反撃を抑えるため、九州の自衛軍基地をミサイル攻撃した。自衛軍はこれに反撃するため、チェ王国のミサイル基地に対してミサイル攻撃を行った。

 するとチェ軍は、潜水艦から戦術核ミサイルを発射して、九州にある自衛軍およびアミ軍基地を攻撃した。

 

 このためアミ軍も本格的に参戦し、潜水艦から核ミサイルを発射してチェ王国の首都を攻撃した。

 すると、チェ王国と同盟関係にあったハン帝国とルース帝国が、ICBM(大陸間弾道弾)をアミ合衆国本土に打ち込んだ。

 翌2066年、アミ合衆国と同盟関係にあったエウロ連合が参戦し、戦火は世界全体に拡大した。第3次世界大戦が始まったのだ。


 足かけ5年にわたる戦争で、放射能汚染が地球全体に広がり、地球上の生物は、人間を含めて激減した。

 あたかも森林火災が森林を焼き尽くして鎮火するように、世界大戦は闘う人間も武器・弾薬も尽き果てて、自然に終息した。

 生き残ったのは、各地のシェルターに避難し得たごく少数の人間と、彼らがシェルターに同道した動植物だけだった。


 地球に何者かが侵攻し、俺たちを拉致・監禁したのは、戦争が自然消滅して間もない2071年だった。

《続く》

 

 


 

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