第6話 「黒幕」との対決
切株型ロボット・アーシャのあとに付いて5分くらい歩くと、右に曲がってやや狭い通路に入った。その通路の一番奥にドアがあって、自動的に開いた。
そのドアを越すと、これまでとは様子が一変した。壁面は透明な材質でできており、陽光が眩しい。
それまで俺がいた部屋や廊下には一つも窓がなかったから、外部の様子は一切分からなかった。先ほど通ったやや細い通路は、
歩きながら外を眺めると、俺がさっきまでいたと思しき建物が見えた。巨大な
全体的に、相当規模の大きい施設のようだ。俺は、建物などの配置をできるだけ記憶にとどめるようにした。もちろん、ここから脱出する機会が訪れた時のためだ。
数分後、ドアの前でアーシャが止まった。
「この部屋に、当研究所の所長がいます。質問でも要望でも、何でも話してください」
「分かった」
「あの……」
「何だ?」
「念のために言いますが、『不規則行動』はしても無駄ですよ」
「不規則行動とは?」
「例えば、逃げようとするとか、所長に乱暴するとか……」
「ご忠告ありがとう。しかし、相手の正体が分からないのに、そんなことをするほど俺は、というか、人間は馬鹿じゃないさ」
「結構です。では中へどうぞ」
ドアが開いたので、俺は中に進んだ。
高く透明な天井から、やや傾いた午後の光が差し込んでいて、室内は光に満ちている。
出入り口から10mくらい先に、木の切株のような物体が1個あった。
高さは、およそ2mくらい。幅は1m弱だろうか。切株型ロボットのアーシャは、高さ約1m、幅約50cmだったから、それと比べるとはるかに大きい。
切株の上は平面で、そこから木の枝のようなものが数本生えており、その先に
胴体部分は茶褐色だが、木の枝や木の葉状のものは濃い緑色だ。
俺が前に5mくらいまで進んで立ち止まると、その物体は胴体部分の両側からヌラリと何か突出させた。
それは、カタツムリの目を何十倍にも拡大したような器官で、先端に目玉のような黒い膨らみがある。視覚を司る器官だろう。
「こんにちは、大星さん。私は、当研究所の所長をしているファンです」
俺の頭の中で、男のアナウンサーのような滑らかな声が響いた。その声には聞き覚えがあった。国営放送の人気アナウンサーだったが、ネット・ゴシップ紙「正義砲」で不倫を暴露されて、内勤に回された人物の声に酷似している。
<アナウンサーのことはどうでもいい。それより、この声はどこから聞こえてくるんだ?>
俺は少し動揺した。相手の声が耳から入ってくるのではなく、
「心配いりませんよ。私たちは、あなた方のような発声器官を持ちません。ですから、あなたの脳に直接コンタクトしているのです。あなたの声は聞き取れます。何か私たちに話したいそうですね。何ですか?」
再び、ファンの声だ。
<俺の脳に直接コンタクトしているだって? どうやって? あいつら、俺の頭に細工でもしやがったか? 俺の髪の毛が刈られていたのは、そのためなのか?>
「少し動揺しているようですね。落ち着いて下さい。落ち着くまで待っていますから、慌てなくて結構ですよ」
ファンの声はあくまで穏やかで威圧感もないが、
俺は、動揺を無理やり押さえつけた。
「まずお聞きしたい。あなたたちは、どこから地球に来たのですか?」
「地球から約7光年離れた、ある惑星からです。その惑星に生命が存在することは、人間には知られていません」
「7光年? そんな遠くから、どうやって来たのですか?」
「私たちは、光速に近い速さの宇宙船で来ました。それに、私たちの寿命は、あなたたち人間と比べ、とても長いのです。大雑把に言えば、人間の10倍です。だから、時間の感覚も、人間とは相当違います」
<やはり、こいつらは地球外生命体だったか。すると、俺が地球外生命体と会話した最初の人間というわけだな。だが、「最初で最後」なんて
「アーシャから、あなたたちが地球に来た目的は、地球の復興であると聞きました。しかし、なぜあなたたちは、わざわざそのようなことをするのですか? そのほかにも、目的があるのではありませんか?」
ファンが本当のことを言う保証はどこにもなかった。しかし、一度は確認しておかねばならない。
「私たちの研究によると、銀河系の中で高等な生命を
「ほう、銀河系にたった二つだけ……」
「ところが、人間は核戦争を起こして、地球環境に壊滅的な打撃を与えました。このままでは、地球は確実に死の星となります。広大な銀河系の中の、たった二つのうちの一つがいま消滅しようとしています。それまで生態系の頂点に立ち、地球を支配してきた人間には、これを食い止める意思も能力もありません。だから、私たちが復興に当たらなければならないのです」
悔しいが、とっさに反論の言葉が見当たらなかった。
「人間は、これまで様々な種を絶滅に追い込んできましたね。例えば、この大きな島には昔、オオカミと呼ばれる肉食獣が住んでいました。しかし、人間によって絶滅させられました。まあ、最近になって人間も考え方を少し変えて、絶滅危惧種の保護・復旧活動を行うようになりました。私たちは、それを桁違いに大きな規模で行おうとしているのです」
ファンの説明はほぼ正論で、
「あなたたちはどのようにして我々をここに収容したのですか? 私が最後に覚えているのは、川崎第1核シェルターというところで、監視警戒任務に就いていたことです。その後起きたことを教えてほしい」
「あなたたちを保護するため、シェルターの換気口を利用して、催眠ガスをシェルター内に送り込みました。シェルター内の全員が眠ったことを確認し、私たちは内部に入り、あなたたちを搬出しました。あなたたちが持ち込んでいた動植物も一緒です。全世界の核シェルターから、同じ方法で順次人間や動植物を運び出し、最寄りの研究所に運んだのです」
<なるほど、そうだったのか。俺や浅野が意識を失ったのは、そのためだったのか>
「それで、ここに運んでから、我々に何をしたのですか?」
「飢餓状態になりかかっていたあなたたちを回復させるため、また、人間というものをよく知るため、いろいろな検査をしました。たとえば、ゲノム(=DNAに組み込まれている遺伝情報の総体)分析とかです。そして、あなたたちに栄養補給をして、体力の回復を図りました」
「ゲノム分析? すると、あなたたちは我々の遺伝情報をすべて把握しているわけですね?」
「そうです。あなたたち、全員について把握しました」
<俺たちは、実験動物ということか>
「我々があなたたちに
「半年です。捕まえたわけではありません。保護したのです。それに、その半年の間に私たちは、この島の広い地域で除染を行ったうえ動植物を戻して、環境の復元に努めました。あなたたちの筋力や心肺機能の維持にも努めました」
<いいことずくめじゃないか。しかし、どこか
「ところで、人間はどれくらいの人数が生き残っているのですか?」
「地球上にはまだ放射能汚染が深刻な地域があり、正確な数は把握できていません。現時点で確認できているのは、約10万人です」
<10万人だと! これでは、人間という種が保てるか否かすら、分からないではないか>
俺は
「たとえ10万人だとしても、人間が臨時政府を作って、あなたたちに支援してもらいながら、
「それは無理だと断言できます。人間は様々な道具を発明し、大量生産して力としてきました。現在、産業は壊滅状態です。たとえ10万人が集まったとしても、言語が違うし、インフラも機器も何もないというのでは、無力なのは明らかです。そうではありませんか?」
「……」
俺はファンの説明に少しでも邪悪なものがないか細心の注意を払ったが、正論に終始している。だが、悪意が明らかな悪者より、善の塊のように見える悪者の方が、恐ろしくて始末に負えないということは、大いにありうる。
「人間を含めて、地球上の生物が一定程度復興したら、あなたたちは自分の星に戻るのでしょうか?」
「それは、現段階では何とも言えません。人間が再び地球を破壊しないとも限りませんから。その点が確認できない内は、私たちが地球から手を引くことはできません」
「何ですって! あなたたちは神様か? あなたたちが人間に命令し支配する権利など、どこにあるのですか? できるだけ早く
挑発するとファンがどのような態度に出るか試すため、わざと強い口調で言ってみた。
「私たちは、人間がいうところの神様ではありません。それに、私たちが地球の復興に当たるのは『権利』によってではありません」
「では、何によるのですか?」
「私たちの星には順守すべき法がある。ある法に『環境と生命に関して適正な保全を行わなければならない。その範囲は、宇宙のすべてに及ぶ』という趣旨の規定があります。これが根拠です」
「それは、あくまであなたたちの星の法ではありませんか」
「そうです。しかし今、『その範囲は宇宙のすべてに及ぶ』と言ったでしょう? 」
「アーシャが、あなたたちには地球に長く留まっていられない事情があると言いましたよ」
「さっき、時間感覚の相違について話しましたね。私たちの1年は、あなたたちの10年に相当すると言ったでしょ?」
ファンはまったく感情的になることなく、淡々と話している。例の不倫アナウンサーの声で。
*
大星が退出した後、ファンはジャン統括官、モグ食料部長官と話し合った。
ジャンとモグは、ファームから東に200kmほど離れた「第1コロニー統括本部」にいたが、オンラインで大星とファンとのやり取りを視聴していた。打ち合わせもオンラインだ。
「大星は、人間の養殖計画の主目的には感付いていないようだな。ファン所長」
「そうだね。ただ、内心はどうか分からないが」
「大星は、大柄で筋肉の付きもいいから、『
「それで、もう一つの実験の状況は? ファン所長」
ジャンがファンに尋ねる。
「もう一つの実験とは何か?」
モグは知らないらしい。
「ファームの開所式当日ちょっと触れたのだが、ごく簡単な説明だったので、モグは覚えていないのだろう。人間の脳に埋め込んであるマイクロチップの性能試験だ」
「ああ、思い出したよ。『脳チップ』だろ? そのマイクロチップにはいろいろな機能が付与されているんだったな」
「そうだ。GPSや我々とのコミュニケーション機能はもちろんだが、目指しているのは、人間の思考内容をモニターする機能と、人間の意思や行動をコントロールする機能だ」
「逃走した時に備えて、強制的に睡眠させる機能もあったね。これなんかは、屠殺の際に活用できそうだ」
「それから、大星についてはの実験結果は?」
ファンが結論を急がせる。彼らの繁殖はクローンが基本だが、多少の個性はあるらしい。ジャンはせっかちで、モグはのんびりしているようだ。
「まず、思考モニター機能の試験だ。脳各部分の電気信号の傍受はほぼ完全だ。これの解析と、大星の会話内容を比べると、一致したのはおおよそ半分だ。捕獲済みの人間すべてにマイクロチップを脳に埋め込んであって、膨大なデータを得つつある。これらを分析すれば、相当高い精度で、人間の思考内容をモニターできるようになるだろう。人間の意思や行動を制御するのは、その次の段階だ」
「なかなか順調だな、ファン所長」
「繁殖行動中における大星や相手の脳の状態が分析できれば、繁殖行動の促進に活用できるだろう。それともう一つ、いい報告がある」
「何かな? 人型ロボットの件か?」
「そのとおり。完成したので今日の夕方には当ファームに届けると、技術開発本部のモロー本部長から連絡があった」
「モローが心血を注いで制作した『理想の女』だな?」
「擬牝台で失敗しているのだろ? 上手くいくかな」
「モグ、心配しても始まらないよ。それで、ファン。その人型ロボットのテストには、大星を使ったらどうかな?」
「私も同感だ。脳チップの試験も兼ねられるし、一石二鳥だ。さっそく今夜、大星と会わせてみよう。ところで、人型ロボットには、何か人間らしい名前を付ける必要がある。何か意見があるか?」
「エヴァというのはどうかな? 人間の作った映画やアニメに時々出てくる名前だ」
「モグは人間の作った娯楽に詳しいからな。そのロボットは、どういう人種を想定しているんだ? 容貌や言語はどうなっている? ファン」
「モローの話では、人間の間で『美しい』とされる膨大な数の顔や体を合成した結果、
「理由は?」
「今回の世界大戦で壊滅したアミという国に昔、男を引き付ける魅力に満ちた『マリリン・モロー』という美人女優がいたそうだ。モローが、自分の名と同じだからというのだが……」
「では、マリリンにしよう。今晩、大星に会わせるよう手配してくれ」
ファン統括官は即決した。
《続く》
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