第9話 討議「人間の効率的屠畜・処理」、その前に

 ゆうべ飲み過ぎた大星夕之介が、能面の小尉こじょうのように冴えない顔つきで目覚めたころ、ファームの管理棟では会議が始まっていた。

 出席者はファン所長と研究支援ロボット・アーシャで、オンライン参加はジャン統括官、モグ食料部長官、それにモロー研究開発本部本部長であった。


「本日の主要議題は、人間の屠畜とちくとその後の一連の処理を、いかに効率的に行って高品質の産物を生み出すか、その工程を最終確認することだ」

 議長役のジャンが口火を切った。


「ただし、その前に話し合いたいことがある。

 昨夜、人型ロボット試作第1号を種人たねびと1号・大星夕之介に会わせたが、交尾に至らず、精液の採取はできなかった。

 昨夜の実験には、脳チップの機能テストも含まれていた。それも含めて、昨夜の実験結果を総括したい。その件の討議には、アーシャにも加わってもらう」

 

「昨夜、大星は大量の酒を飲んだために、陰茎の機能不全を起こしたのだね? アーシャ」

「はい。大星の陰茎機能不全、すなわち勃起ぼっき不全は、多量のアルコール摂取のためと考えられます。

 ただし、勃起不全というのはあくまで大星本人の申し立てであり、本当に勃起不全だったのかは分かりません。

 また、勃起不全はアルコールの大量摂取だけでなく、心理的要因や加齢によって起こることが、人間のアーカイブスから知られています」

「勃起不全ねぇ。人間とは厄介な代物だな。第3コロニーで扱っているウシの陰茎は、弾力のある線維せんいでできており、いつも一定程度硬いらしい。

 それにしても、なぜ、アルコールの大量摂取を許したのかね?」

 モグ食料部長官は、やや不審そうだ。


 それに答えたのは、ファン所長だった。

「大星が酒の追加を要求した時、アーシャから私に相談があった。許可したのは私だ。我々はまず、人間の生態についてよく知らねばならない。大星の希望をれて、その後の行動を観察するのもよいと判断した」

「その判断には、私も同意する」

 ジャンは言葉を続けた。

「私が気になるのは、人型ロボット――マリリンだったかな?――に対する大星の反応だ。半年以上のあいだ性行為をしておらず、性欲が溜まりに溜まっていたはずだ。

 プロファイルによれば、大星は強い性欲の持ち主だという。なのになぜ、マリリンと交尾せず、酒の方に行ったのか? 

 やはり、ロボットには性欲を感じないのか? それとも、大星の我々に対する抵抗か?」


「発言してよろしいですか?」

 尋ねたのはアーシャだ。

「何かね?」

「マリリンと会った時、大星は彼が過去に付き合っていた女性だと思い込んだようです。そうではないと分かると、途端に意欲を失い、酒を飲みだしました。

 酒を飲むと言動が変化し、酒の追加を要求したのです。アルコールの、脳の機能を低下させ、理性によるコントロールを鈍らせる作用が顕著に見られました」 


「だから、人間の社会では、大昔から酒の上のトラブルが絶えないのじゃ」

 モロー本部長が初めて意見を述べた。

「ただ、酒への執着心には個体差が大きく、体質的に全く受け付けない個体もおると聞く」

 モローは、本会議の出席者の中では最年長で、年齢は700歳を超えているらしい。


「モロー博士、マリリンを大星の記憶の中の女性に似せたのは、結果して失敗だったのでは?」

 アーシャは、臆することもなく言い放った。

「そうかもしれんな。大星がそのような反応をするとは、予想していなかった。まだまだ人間に関する研究が足らんようだ。マリリンという名前は良かったと思うんじゃが……」

「それに、膣ばかりではなく、口腔こうくうや肛門も精液格納保存容器に連結されている知って、ますます意欲をなくした様子でした」

「そんなことは、大星に教えんでもよかったのじゃ」

「いえ、教えなければ、格納容器の中にアルコールが流れ込むところでした」

「うーむ。それでは、精液の場合と飲食物の場合とで、行先を切り替えられるようにするか。機構は少し複雑になるが、何とかなるじゃろう。

 会議が終わったら、マリリンを工作ポットに設置してくれ。遠隔操作で修正するから。容貌も修正しておく」

「博士、よろしくお願いします」

「分かった。それはいいが、アーシャ。お前も大星の酒盛りに加わっておったようじゃな。それで大星が調子づいたのではないか? 職務を忘れ、大星と酒盛りを楽しんでおったのではないか?」

「いえ、これも大星の行動特性把握の一環でした」


「アーシャの言うとおりだ、モロー本部長。アーシャは常に私の指示と許可のもとに行動していた」

 ファン所長がアーシャを弁護した。

「それよりも、モロー本部長。大星の脳チップの解析結果はどうか?」

 せっかちなジャン統括官が、先を急いだ。

「そちらは、重大なことが分かってきた」

「重大なこととは?」

「我々は、捕獲した人間の脳内情報をすべてコピーしたと思っていた。

 ところがじゃ。大星が酩酊めいていしている間、コピーにはない記憶が出現したのじゃ。それは主に、美神綾乃とかいう女にまつわる記憶じゃった」

「つまり、どういうことだ?」

「人間の記憶はまず、脳内の海馬かいばという部分に入って整理される。その後、大脳皮質だいのうひしつという部分に貯められて長期記憶となるのじゃ。

 我々は、美神の存在やその容貌までは掴んでおったが、美神に対する複雑な感情までは把握できていなかった。

 記憶は電気信号として大脳皮質に貯められているが、ごく微弱なものまではコピーできていなかったのじゃ。それらを探索し、コピーすることが必要じゃ」

「それがどういうことに役立つのか?」

「人間の脳の、完全なコピーを作るために必要じゃ。それが出来れば、その人間の意識をモニターし、さらには意識をコントロールすることも可能になるはずじゃ」


「なるほど。それでは、モロー本部長は、今夜の再試験に間に合うよう、直ちにマリリンの修正に取り掛かってくれ」

「あの、ジャン統括官」

「何かね? アーシャ」

「マリリンは名前も変更して、まったく別の人型ロボットとして大星に会わせた方がいいと思いますが、いかがでしょう」

「そのとおりだな。だが、どういう名前がいいかな?」

 すかさず、モロー本部長が割り込んできた。

「『星野ほしのねずみ』はどうかな?」

「何だね、それは?」

「私、知っています。80年近く前の、日本アニメのキャラクターの名前ですね?」

「モロー本部長のオタクぶりは相変わらずだな。まあ、いいだろう。とにかく、今夜の再実験に間に合うように修正してくれ」

「あい分かった」

「では、本題に入ろう。アーシャは退出していい」

「かしこまりました」

《続く》

 

 


 

 

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第3惑星第1コロニー あそうぎ零(阿僧祇 零) @asougi_0

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