保険見積、その他

 三通目は保険の見積書だ。

 あなたはAIにペンを持ってくるように言い付ける。

 今どき手書きをしろなどと、と憤慨しながら保険金額を眺めている。

 そのうち事態の深刻さが飲み込めてきて、ロボットアームからペンを受け取ることも忘れてしまった。

 ゼロの位がひとつ違う。

 新しい保険区分では、「失踪による死亡宣告扱い」よりも受け取り金額が下がってしまうのだ。

 そうすると、差額はあなたのポケットマネーから出ていくことになるだろう。

 死亡通知時期の判断ミスだからだ。

 給料の……何ヶ月分だ?

 いや、何年ぶんだ?

 あなたは頭を抱え、そして思いつく。

 なかったことにすればいいのではないか。

 アルマナイマ星との記録は電子的には残らない。

 この手紙が未着であったことにすれば。

 いや、駄目だ。

 発覚すればもっと大変なことになってしまうのだから駄目だ。

 あなたの中で天使と悪魔が争い、相討ちになった。

 問題はいったん棚上げし、気分転換に外へ行くことにする。

 あなたの物理オフィスは就業中の出入りが自由なのだ。

 数年間なんの動きも無かった調査地なのだから、数日返事が遅れたところでかまわない。


 それで見落とす。

 見落としてしまう。

 あなたが愛飲しているミネラルウォーターが数滴、デスクにこぼれていたのを。

 ほんの爪先ほどの水たまりの中で何かが動いている。

 極度の乾燥を耐え抜いたそれは故郷の塩辛い海とは違う水にすぐ順応する。

 やがて黒い闇のような色になり、すぐそばにいる同胞と合流して、凄まじい飢餓感に身悶えした。

 だが少なくともそれ――は新しい世界に辿り着いたことを喜んでいるように見える。

 それらがかつて暮らしていた海の星よりも、美味しいものの匂いが高密度で漂ってくるからだろう。

 空腹を満たそうと辺りを見渡したそれの視線の先には、さて何があるのだろう。



 封筒からは、空気清浄機でも消せない海の香りがする。


(了)

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アルマナイマ博物誌 辿るものたちの記録 東洋 夏 @summer_east

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