言語学博士アム・セパアよりの追加報告
貴機関の調査員マルコ・デ・ヤマノウチ氏の消息調査について
(前略)
添付したレポートの通り、マルコ氏は島に残留することをセムタムのエタリ・ラコポゥ(レポート内にてEと記されている人物)と対談したタイミングでは希望していました。
ただし氏の身辺に危険が迫っていることをエタリは懸念しておりましたので、再度の航海をお願いし、帰還に向けて説得を試みることといたしました。
しかしながら島に辿り着いた時にはマルコ氏の姿はなく、氏のレポートにあります鍋もまた無くなっていました。
Tが乗っていたというカヌーだけが浜辺に打ち捨ててあったようです。
いくつかの解説を加えさせていただきます。
マルコ氏のレポートには全く記述されておりませんが、エタリによれば会話の節々で「鍋の中にサジキが泳いでいる。僕はそれを見張っていなくてはいけない」、そう譫言のように繰り返していたそうです。
しかしサジキという魚は成魚になれば二メートル程度、群れを作る初期段階でも三十センチには成長しておりますから、鍋の中で群れ泳ぐことは到底できない理屈です。
なお当星の物理法則に関しましては古代地球型II型のモデルをご参照ください。
次元の穴や重力特異点は発生致しません。
またエタリによる再調査時、島の中央部に向かい大型生物が這いずったような痕跡が残っておりました。
私たちはマルコ氏が襲撃された可能性を懸念しております。
奇妙な点は、その横にヒト型知性体のものと思われる足跡があったことです。
足跡には乱れた点もなく、落ち着いて何者かと並んで歩いたかのようですが、マルコ氏のものかは断定できません。
当該海域には昔から<亡霊送り>なる生物が生息する事が知られております。
セムタム族からの情報を分析した結果、恐らく亡霊送りというものは数年周期で大発生する群体生物と推測されます。
嗅覚に優れ、極めて執着心の強い生物です。
亡霊送りの生存戦略の巧みさは、二人以上(あるいは二匹以上)の生物が同時に存在する場合を狙って襲い掛かる点にあります。
片方は生き延びさせ、逃げて行くところを追いかけてさらなる獲物を捕らえるのです。
また、体表面の色素を自在に変化させる能力を持っており、過去にはセムタム族のカヌーにそっくりな姿で海上に浮かんでいたこともあるとのこと。
あるはずの無いものが現れるその様をセムタム族は亡霊と名付けたのです。
これも推測にすぎませんが、コリノラ(レポート内にてKと記されている人物)が死んだ夜、鍋の中に亡霊送りの数匹が混入したのではないでしょうか。
あるいは、元から混入していたが故に執着心を覚えていた可能性も否定できません。
亡霊送りを体内に取り込んだ場合の影響につきましては現在セムタム族に聞き取り調査を継続しておりますが、亡霊送りの捕食行動に対しては具体的なエピソードが挙がるものの、亡霊送りを食したセムタムについてのエピソードは皆無という状況です。
しかしながらマルコ氏の精神が変調の兆しをみせていたことは、確かなようです。
同封しましたレポートはマルコ氏の手帳より抜粋したものですが、エタリと出会った日に書かれた最後の文章は、すべて鏡文字のアルファベットで綴られておりました。
現状を鑑みますと、マルコ氏の捜索は非常に困難です。
空港島への帰還が叶った場合も、マルコ氏であるのか、亡霊送りが擬態しているのか判別するところから始めなくてはなりません。
言動に不審な点があった場合、やむを得ず破壊的手段に訴える可能性があります。
またそういった防御行動においてマルコ氏が死傷した場合、アルマナイマ国際宇宙港はいかなる責任も負いかねます。
あるいはマルコ氏に危害を加えた亡霊送りの駆除に関しても、アルマナイマ国際宇宙港は拒否致します。
当地の生態系を汎銀河系の知性体にとって危険であるからという理由で乱す行為には、合意できかねます。
重ねてご了承ください。
以上、消息調査のご報告とさせていただきます。
なお、貴調査機関の基準に鑑みまして保険適用区分が現状の「失踪による死亡宣告扱い」から「現地において原生生物から攻撃を受け死亡、負傷、または精神的侵食の被害にあった場合」へと変更されるものと思われます。
金額の変更がございますので内容をご査収いただき、同封の書面に貴調査機関の責任者様のサイン(デジタルサインの使用不可。当星では電子機器に対する妨害が発生しているため)を添えてご返信ください。
また、ご返信の際は必ず日時と便を変えて三通以上の送付を頂けますと幸いでございます。
当星上空にて龍により郵便ドローンが破壊される懸念があるためです。
ご賢察賜りますよう、お願い申し上げます。
アルマナイマ国際宇宙港 主席管理責任者
兼
汎銀河系認定言語学者
ドクター・アム・セパア
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