新人調査員によるレポート(最終日)
Eというセムタムが来ました。
僕は一人ぼっちになった浜辺でただ鍋の番をしながら座っており、無の境地に至っていたので、彼が目の前に立つまでその存在に気づきませんでした(本当はただショックが強かっただけだ)。
Eは海龍の祭司だと自己紹介し、経緯を洗いざらい話すようにと要請します。
僕はTが夜の海で食われ、つい先日Kもまた食われた話をしました。
あの夜、赤みがかった満月に照らされた夜、ラグーンにサジキの群れが迷い込んできたのです。
たまに風や海流の影響で、遠洋にいるはずの魚が現れることもあるとのこと。
体長は五十センチほど、まだ育ちきっていない経験の浅い群れのようです。
深い海から迷い込んだサジキはパニックを起こしているのか、ラグーンでびょんびょん飛び跳ねる様子が観察されました。
僕とKは銛を持って浜辺に立ち、やる気に満ち溢れたKがいつもより背筋をしゃんと伸ばして言いました。
「こう構えて投げるんだ。お前は経験が浅いから斜めに突き立つようにしろ、真っ直ぐ当てようとすると鱗で逸らされるから」
レクチャーしようとKが銛を投げた瞬間、サジキの銀の鱗が閃き、大きな闇の穴のようなものが浅瀬から盛り上がりました。
Kは「ああ、お迎えだ!」と叫ぶなり闇に飲み込まれ、それっきりでした。
僕はそれがTを夜の海で殺したのと同じ存在だとわかりました。
Kを飲んだ<それ>、夜の闇より暗い龍は今度は海に帰らず、浅瀬から鎌首をもたげて僕を見ているようでした。
ようです、と書いたのは、龍に目があるかわからなかったからです。
ただ黒々とした大きな塊が夜空に突き立っている、という状況でした。
相変わらず口のありかもわかりません。
サジキと見えたものは龍の鱗のきらめきで、飛び跳ねていると思われたサジキは……ヒレなり何なり、見事な擬態なのでしょう。
Tを飲み込んだあの夜よりもっと、龍は僕に詳しくなっているという気がしました。
龍は僕を食べるべきか否かじっくり悩んでいるようで、首を左右に振ったり、浜辺に鼻先を近づけてみるなどしましたが、不意に納得した様子でするすると下がっていき、浅瀬に溶け込んで消えてしまいます。
当然のことながらサジキは一匹もいませんでした。
僕が話を終えると、Eは「空港島へ送る」と言いました。
願ってもない救いの手です。
――救いの手だったでしょう、先日までは。
僕は断りました。
今この島を離れてはいけないような気がするのです。
ふたりのセムタムの死によって、世界の見え方が変わりました。
昔ながら表現で言うならば、僕は命のバトンを託されたように感じています。
だから何か、何だろう、分からないのですが、僕にはまだここで自分の内側を覗き込み、そして見届けないといけないことがあるはずだと確信しているのです。
僕はEにこの手帳を託し、空港島のアム博士に届けてもらえないかと頼みました。
先生が頭を抱えているのが目に浮かびます。
お約束します。
いつの日か必ず帰ります。
お許しください。
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