第289話 Get Ready !!


 さて、三〇〇近い騎馬が荒野を動けば、勝手に土煙は立ち昇ってしまう。

 いくつか丘陵が点在していようが、なだらかな平原がほとんどの場所で騎馬の進軍を隠すのは不可能だ。

 かといって、ゆっくり動くのは無駄どころか敵に準備の時間を与えてしまう。


「うわぁ、土煙がすごいね〜」


「こればっかりは戦車や装甲車でも隠せんからな……」


 遠くを進むモーザ軍を眺めながら、マリナの感嘆にロバートが応えた。


「え、あれはロバートたちでもダメなの?」


「まぁな。説明はちょっと難しいが、見た目が違うだけで、連続して地面を蹴って進んでいるのは同じだからな」


 細かい原理はさておき、現代軍隊でも土煙をどうにかするのは無理――いや、車輌は装甲で余計重いだけに不可能なのだ。


「じゃあ、どうしても隠したい場合は?」


「土煙を上げたくないならヘリを使うべきだし、音まで隠すなら大空から飛んで奇襲を仕掛けるしかない」


 ヘリはヘリでターボシャフトエンジンやローターの音がうるさい。完全な隠密行動を期すなら空挺降下しかない。


「あー……。あーあーあー……」


 この大陸に来た時のことを思い出したのだろう。

 マリナは神妙な顔で腕を組み、納得したのかよくわからない声を上げた。


「でも、彼らも考えましたね。隠しきれないならそれを利用すればいいわけですか」


「いい案だと思う。航空偵察ができなければ、実際の数は接敵するまで確認のしようがないからな」


 モーザ軍は騎馬を横に広げ、土煙を上げさせている。実際よりも多い兵力に見せる作戦に出ている。

 まさしく敵に空を飛べる“魔女”でもいなければ誤魔化せるだろう。


「これにビビッて逃げてくれればいいですが……」


 将斗がボソっとつぶやく。


 この男、時折戦いが好きなのか嫌いなのかよくわからない言動をする。

 いや、あるいは「なるべく戦いを回避するが、いざそうなったら全力をもって勝ちに行く」日本人ジャパニーズスタイルなのか。


「……無理だな」


 ロバートは静かに首を振る。


「敵はこの地に根付いた部族だ。逃げる場所なんてないとなれば、どうにかこちらに一撃入れようと必死になる」


「死兵化するわけですか。厄介ですね」


 腕を組んだクリスティーナが懸念の声を上げる。

 そして、彼女の思いが現実化するように、こちらの部隊は徐々に迫っていくが、敵に逃げる様子は見られない。

 予定通りといえば予定通りだが……。


「いずれにせよ、最高の状況にならなかっただけだ。やるしかないし、本隊もそのつもりみたいだぞ」


 ロバートが戦場を見据える中、遠くでモーザが手を上げた。


「あれ、モーザ殿も馬に跨っているんですか」


 箒でないのが将斗には残念だった。実に残念なファンタジー脳である。


「“魔女”ではなく、あくまでナセル一門の当主として出張っているんだろう」


 本隊の中央部では例の如くモーザの周りが慌ただしく動いている。おそらく号令を出しているのだろう。


 次いで太鼓の音が聞こえてきた。

 それに合わせて部隊が密集していく。拡散していると命令が届きにくいため寄せたのだ。


「エラン殿。敵が逃げなかったので、じきに本隊とぶつかります」


「はい……!」


 見れば緊張でガチガチなのは一目瞭然だが、まぁ初陣相手の念押しのようなものだ。


「その時にできる隙を狙って我々は動きます。こちらの武器で足並みを乱し、軽く一当てして抜けますよ」


 ロバートはエラン――いや、どちらかと言えば従者のハルマスに視線を向けてそう告げた。


「わかった、ロバート殿。……エラン様、敵の足並みを乱すのが最優先です! 自分から敵を倒そうなんて思わないでくださいね!」


 ハルマスが低い声を張り上げてエランに言った。

 こちらはまだうるさくないが、念押ししたと全員に知らしめるためだろう。


「わかった!」

「頼みますよ!」


 乱戦に突入すればもう滅茶苦茶だ。

 数百人規模の戦いでも敵味方が入り乱れる。一度でもはぐれれば最後、自分の隊に生きて戻るのは困難を極める。


「じゃあ……行くか!」

「「「応!!」」」


 ロバートが号令を上げ、ガチャガチャと装填の音が上がると同時に全員が馬を走らせていく。


「見えた!」


 しばらく駆けると敵の動きが大まかだが見える距離になってきた。

 相手はまだこちらに気付いていない。


「早速やってるな!」


 すでにモーザ本隊と敵本隊の先鋒がぶつかっており剣戟や怒号が聞こえてくる。


 兵力差は倍以上なので遊牧民側が不利のように見えるが、常日頃馬を駆る遊牧民らしく、馬術巧みに攻撃を凌いでいた。


「おいおい。連中、全然崩れていないぞ」


 先鋒に続き、中央を食い破ってカタをつけようと後続の本命が固まり始めているのが遠くから見えた。

 まるで二本目の矢だ。


「あまりいい感じじゃないな……。これじゃ万が一があり得る」

 

 攻めきれていない味方の状況を見てスコットが声を上げた。


 この世界に来てファンタジー視力となったロバートたちの眼はかなり良い。

 けしてさっさとグレネードランチャーを撃ちたいから危機を煽っているのではない……はずだ。


「思ったよりも戦慣れしている感じだな」


 ロバートも同意の声を上げた。


 どうやら敵は中央部分に比較的重装な槍騎兵が、左右に身軽な軽騎兵が配置されているようだった。

 中央の重装騎兵で動きを止めて左右の騎兵によって挟み込む。

 あるいは、左右から押して身動きがとりにくくなったところを重装騎兵が頑丈さを生かして食い破るつもりか……。


「ど、どうします、ロバート殿? 我々は何を?」


 エランが不安混じりの声を上げた。


「予定変更はありません。じきに仕掛けます」


 モーザたちの本隊は正面から戦っているが、ロバートはそれに乗っかるつもりなどさらさらなかった。

 彼の考えは、〈パラベラム〉からしての敵本隊に痛烈な一撃を与え、そのまま射撃で数を減らして敵の背後に抜けて終わらせるつもりだった。


「我々の役目はあくまで陽動です。足並みを乱したあとは本隊が正面から叩き潰せばいい」


 現代兵器でボコボコにする陽動以上のやり口はさておき、それ以外は間違いのない戦術だと思っている。


 軽装極まりないロバートたちは重装騎兵に近接戦を挑むつもりはなかった。まぁ、軽騎兵にもだが。


「よし、仕掛けるぞ! 各自自由射撃開始! 味方に当てるな!」


「「「イエッサー!」」」


 ついに〈パラベラム〉が南大陸への本格介入を開始した。



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最強特殊部隊とヒロインズ〜何事も圧倒的暴力で解決! 魔王召喚から始まる多国籍軍の異世界侵略作戦〜 草薙 刃 @zin-kusangi

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