第288話 だからいつまでも 少年の瞳で


 簡単に食事を済ませた全軍は、13時過ぎに廃村を出発した。


 ロバートたちはモーザが指揮する騎馬隊から離れ、南から回り込む形を取ろうとしている。


「よくもこんな小さな戦に一門の当主自ら出て来たもんだよなぁ」


 別行動となった本隊へ視線を向けながらエルンストが言った。


「味方の士気を上げるためか、はたまたそれを上回る“何か”があるか……」


 応じたジェームズはひとまず明言を避けた。他人の懐に手を突っ込むことになりかねないためだ。


「それもあるかもしれんが、想像以上に周りがしっかりしているな」


 もっとも、モーザの指揮は名目だけとなっている。


 実質的は副官のナルセスを中心に武官たちが取り仕切っているのが見てとれた。彼はそれほど体躯に恵まれていないが、常に落ち着いて周りをよく見ている。

 モーザがいつ“魔女”として出張ってもいいようにしているのだろうか。

 だとすれば、軍の姿勢からして侮れない統率がなされている。


「ロバート殿! 皆様と戦えて光栄です。ご当主モーザ様から、皆様方のことは聞きました。アサド殿の塩田を賊から守っただけでなく、いきなり中級傭兵になられたそうですね!」


 馬を並べてきた青年が話しかけてきた。


「ああ、エラン殿。我々はしがない傭兵です。もっと軽く接していただければ」


 一門の中枢にいる人間にこうされては、流石に調子が狂う。

 いや、それはモーザを見ているからか。いずれにせよあの従姉妹からの影響を受けていないようで何よりだ。


「はい、わかりました!」


 とはいえ、この返事である。本当にわかったのだろうか。少し不安になる。


 エラン・ナセル・アルジャンは、二十歳にもなっていない優しげな青年だ。

 モーザと似ているのはくっきりとした顔付きくらいで、その他は従兄弟とは思えないくらいの好青年――なんなら少年でも通りそうだった。


「それで、ロバート殿」


 好奇心を湛えた“少年の瞳”が向けられる。


「なんでしょう」


「私は初陣の身ですが、いつでも戦えるよう日々訓練してきました。ロバート殿は何度も戦に出られているのですか?」


 無意識だろうがこちらを値踏みする気配があった。これもまた若さゆえか。


「ええまぁ。この大陸では初めてとなりますが、北の大陸では何度か――」


 後半部分は上手くボカして答えた。

 まさか出会ったばかりの彼に「異世界から来ました。ついでに若返ってます」などと言えるはずもない。


「経験豊富なのですね! どうすれば戦に勝てるのでしょうか?」


 お眼鏡に適ったらしく、今度は予想していた質問が来た。

 ロバートは内心で舌打ちする。


「戦に出て英雄と呼ばれる存在にまで昇り詰めた人間もいます。私も武門の出としてそうなりたいのです!」


 本物の戦いを知らないがゆえに、絵物語で見るような華やかな世界への幻想を抱いているのだろう。

 きっと、それはこの戦を経ることで儚く崩れてしまうだろう。


 彼の地位が何も知らない少年でいることを許さないのだ。


「この国は……武を尊ぶのでしたな」


 ロバートは考えをまとめていく。

 言うことはほとんど決まっていたが、この青年に向ける言葉は慎重に選ぶべきだと思った。


「ええ。武勇に優れ、堂々と振る舞える者が尊敬を集めます」


「では武勇――と答えたいところですが、戦に求められるのは敵を上回る数と訓練された兵です。これを同時に達成しなければならない」


「……えっ」


 少年の驚きは、別にロバートたちが少数精鋭の特殊部隊と知っていたからではない。


「いざ戦が起きたなら、必要な場所に相手より多い兵を、より有利な条件で投入することです。これでほぼ勝敗は決まります」


 つまり、それまでの準備がほとんどを占める。

 戦い――それも形式を重んじる彼らにとって、あまり認めたくないことかもしれない。

 実際、エランや従者の表情がわずかに曇っている。


「個々の武勇や、勇気は?」


「決定打とはなり得ません。技術も根性も必要ですが、それ以上に命令通り動ける統率された軍の方が強い。無論、それがあるから勝てるのではなく、やはり数が用意できなければ真価を発揮できません」


 ――戦いは数だよ、兄貴。


 聞いている将斗は内心でそう付け加えた。まことに残念である。


「エラン殿、戦闘時の指揮官の役割は兵に戦いを任せることです。部隊が全力を出せるよう適切な指示を出す。自らが槍など振るって敵を倒さなくてもいいのです」


「それでは私の一門衆としての役目が果たせません。ご当主の側で戦える人間にならねば。臆病と思われるわけにはいきません」


 青年らしい反駁はんばくだった。


「指揮官が先頭に立って味方を鼓舞する場面もあるでしょう。しかし、真っ先に死んだら、味方は壊走するしかなくなります。だから、指揮官は最後に死ななければいけない」


 現代軍隊であれば下の階級の者が指揮を引き継いだりするが、部族社会で上の者を立てるこの国でそんなシステムは欠片もできていない。

 いくら兵を死なせようが国や部族を守るなら、最後まで生き残るべきなのだ。

 当然、これは兵の適切な死なせ方ができた上での話だが。


「劣勢の場合、放っておけば皆が死ぬ状況であれば、兵の心を支える必要があるでしょう。その時に、槍を振るうべきです。あなたが培った武術は、そうした状況で死なないためのものですか?」


「…………」


 青年は答えない。

 反感は持っているが、それを論理的な言葉にして返すことができないのだ。

 まだまだ甘い考えだが、その一方で理性的でもある。ここで感情的にならないのはなかなかに見どころがある。そう思えた。


「どこまで参考になるかわかりませんが、我々の戦い方を見ていただければと思います。学ぶことがあるかもしれませんし、あるいはないかもしれない。育った国が違いますからね」


 最後の部分を言ったら元も子もない。

 だが、こうしてくつわを並べる以上、何かしらの意味があってくれれば――

 心からそう思えた。


「今日の戦いはきっと勉強になると思います。周りやナルセス殿、なによりモーザ様の部隊の動きをよく観察されるがよろしいかと」


「……わかりました、ロバート殿。そうします」


 しばらくの後、エランはそっと頷いた。素直で良い青年だ。こんなところで死なせるには惜しい。


「では、お付きの方々も含めて準備をお願いします」


 エランたちが離れていくのを見てからロバートはメンバーを向く。


「――おまえら、出し惜しみはなしだ。エラン殿を危ない目には遭わせられん。ちょっと派手にやるぞ」


「イエッサー、我々で守りましょう」

「のみならず勝利に貢献ですね」

「指揮官は俺が潰しましょう」

「肉弾突撃はお任せを」


 心を引き締める言葉に、全員が力強く頷いた。



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