第287話 思わぬ一面
さて、砦を出てからそれなりに走って廃村に着いた。
何かがあって捨てられた村だろう。
普通なら立ち寄らない場所だが、斥候部隊がいたのでロバートたちも足を止めた。
「周辺は安全だ。本隊に伝令を出す。貴殿らもしばらく休むといい」
斥候の部隊長にそう言われた。
本来、遊撃隊に伝令など出さないだろうから、彼らを見つけられたのは運が良かった。
というよりも、密かに手投げ式のUAV RQ-11レイヴンを飛ばして偵察していたからだが。
「休むのはいいが――」
「安心しろ。井戸が生きている」
ロバートの懸念を斥候の隊長は理解していた。
この国では戦乱に盗賊と魔獣、それと水の枯渇で村が消えてしまうらしい。
現代地球のように、整備された道や車両による流通網などない異世界でも荒野や砂漠だらけの厳しい場所だ。維持できなければ滅ぶのは当然の話だと思う。
「自然は過酷だねぇ……。どこの部族か知らないが、関所を建てたくなる気持ちもわからなくはないな」
斥候たちに聞こえないよう、エルンストが小声でつぶやいた。
「月並みなセリフですが、誰も彼も生きるのに必死なんでしょう。これでオアシスがなかったらまともな文明は築けていたか」
ジェームズが辺りを見回して肩を竦めた。
「俺たちだって水がなければ一日ももたん。
ロバートが鼻を鳴らした。
物資として水を召喚できるが、それはまだできない。
もしも水がなかった時、自分たちだけ飲むわけにはいかないのだ。順序というものがある。
「水が使えるだけマシだ。馬が使えなくなるからな」
スコットが煙草に火を点けた。
幸いにも、村が滅んだ原因は水の枯渇ではなかったようだ。
井戸は使えるし、地下式の巨大な溜池まで用意されているため水の補給は可能だった。
機動力のある馬は、その代償として大量の水を必要とする。そのため常に水場は意識しておかねばならないのだ。
結局、昼前に全部隊が廃村に到着した。
村とその周辺は騎馬を中心とした兵士でかつてないほどに溢れかえっている。
早々に食事の準備まで始めているのは呑気というか……。いや、食べねば動けないのだが。
「ロバート殿、軍議です」
「……俺たちが? 何を話せばいいんだ?」
何度でも繰り返したくなるが、ロバートたちは単なる傭兵である。
強引に遊撃隊を任されたものの、その他に隊の中での役職は特に持っていない。軍議に呼ばれても困るのだ。
「そこまでは……。モーザ様から「呼んでこい」と言われただけですので……」
「……わかった。すまん、すぐに行く」
考えてみればロバートたちにはどこで何をすればいいかもまるでわかっていない。とにかく接敵したら横合いからぶん殴ることしか考えていなかった。
自分でも思うが、間違いなく小規模な局地戦だからできるアホな戦い方だろう。
同時に、それが確実なのもわかっているのだが……。
「ロバート殿。とりあえず、向かいましょう。ぞろぞろ行っても仕方ないので数を絞るべきかと」
「ああ、そうだな」
クリスティーナに声をかけられたので、今回は彼女と一緒に行くことにした。
周りからのニヤついた視線を受けながら。
「全員揃ったか」
ロバートが天幕に入るとモーザがこちらを見た。
この様子では自分たちが来るまで待っていたことになる。やめてほしい。
「馬を休ませたらすぐ出る」
空気に緊張が走った。いよいよという感じだ。
「午後、敵の支配領域に入る。迂回はせず東から接近だ。我々の接近はバレる。平地だからな。広がって大軍に思わせろ。砂煙も上げろ。敵は逃がすな。何かあるか?」
例の如く誰も何も言わない。
まあシンプルで良いのではなかろうか。奇策に頼るような戦い方はしないつもりらしく、そこは遊撃隊として安心できる。
「よし、暫く休め。出発は昼飯の後だ」
「「「はっ!!」」」
いい返事だ。士気は十分にある。
本来ならばこの程度の戦、軍の指揮はモーザではなく、経験のある軍人上がりの家臣に任せてしまえばいい。
だが、現場指揮官が率先して従っている。これも訓練の一種としているのか、指揮系統の一本化を意識しているように見える。
都から離れた――地方にいながら優秀な軍隊だとロバートは思う。
「ロバート、それとクリスティーナだったか」
幕を出ていくときにモーザから声をかけられた。
すでに他の面々は準備に取り掛かっており、周りの聞こえる範囲にはいない。
ちなみに、クリスティーナへの対応が格下向けなのも、今は彼女が“亡国の姫”になっているからだろう。
大陸が異なれば事実確認もできない。自称みたいなものである。
「おまえらは遠慮なくやれ。この大陸に来てから初陣だとか細かいことは考えるな」
「わかりました」
最初に言われた「価値を示せ」の延長線上だ。
おそらく、モーザはこちらに「何かある」と見ている。狙いくらいは予想しているはずだ。
それを問い詰めるつもりがない代わりに「実力を示してみろ」と言っているのだ。それが今後に繋がっていくはずだ。
「それと……わたしの従兄弟にあたる者をつける。監視だが監視と思うな。好きにやれ」
親族を付けるということは監視――そう考えかけたところで、モーザ自らそう言ってしまっていた。単刀直入にも程がある。
「……それは本当に監視ですか?」
こちらにそこまで明かすなら、監視の役目はあるにしろ、どちらかと言えば危険から遠ざけたいのかもしれない。
一門という括りではない、モーザの身内(親族)がどうなっているのかロバートたちは知りもしない。
だが、いかに“魔女”とはいえ、この若さでイスファハーンでトップの地位にいる以上、何かしらの政治的な地殻変動が過去に起きた可能性がある。
「初陣だ。戦わずとも戦場の空気――経験は積ませたい」
モーザが普通の喋り方をした。思わず目を剥きそうになるが我慢する。
「……なるほど」
そういう理由で呼ばれたのだ。よくわかった。
ロバートもクリスティーナもすぐに理解する。
一門の中枢にいる親族に経験を積ませたいが、できるだけ死なせたくないのだ。
ひとたび乱戦となれば、矢は貴人と雑兵の区別なく飛んでくる。
「何を見ている」
視線に気付いたモーザが睨んでくる。
「そういうこともされるのだなと思いまして」
「ふん、抜かせ。あとはしっかりやれ。勝利をわたしに捧げろ」
モーザが視線を逸らしたのが見えたので、直視しないよう上手く一礼して天幕を出た。褐色の肌が赤く見えたのはおそらく気のせいだろう。
「ロバート殿」
「どうした?」
「頑張りましょうね」
「ああ、そうだな」
任務もそうだが、せっかく南大陸まで付き合ってくれているクリスティーナたちのためにも頑張らなきゃいけない。
ロバートは自然とそう思った。
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