第三話

 とりあえず現状を整理しよう。私たちが先ほどまでいたアポロンの間は、ヴェルサイユ宮殿の二階、鏡の回廊のすぐそばだ。そして鏡の回廊の突き当りを左に曲がると王妃の部屋があり、さらに進むと王妃の階段がある。そこから一階へ行ける。一階にはマリーアントワネット王女をはじめとする当時の王女や王太子の部屋が無数に並んでいる。就寝時間は王妃の階段のすぐそばの一階の部屋を使い、他の時間は二階にいよう。


 鏡の間へ向かう間、二人の貴族が殺された。一人はナイフで、もう一人はライフルで。ただ殺すだけではない。相手が一番苦しむ方法で殺すのだ。流石に吐き気がする。このような場面をこの三日間見なければならないと思うと気が狂いそうだ。


 鏡の間に着くと、現代から来た他の五人中四人がそこにいた。チャーリーだけは集中して創作したいと一人で個室に引きこもっている。危険な気もするが自己責任で行動する以上干渉もできない。私たち六人以外には、この時代の貴族たちが五十人ほど集まり、普通の仮面舞踏会と大差のないパーティーを行っている。全員が全員殺人を好んでいるわけではないのだろうか。


 チリンチリン。というワイングラスの音を立て、貴族の一人がこの場の指揮を執る。


「皆様、こちらの『鏡の間殺人集会』にお集まり頂き誠にありがとうございます。この集会は、お互いが騙り合い殺し合う神秘的な場所。どうぞ就寝時間まで存分にお楽しみください」


 ただのパーティーだと思っていた私がバカだった。とんでもない場所に来てしまったようだ。今は二十二時。あと二時間ここにいたらいつ死ぬかわからない。子供は私たち以外に数人しかいない。子供を殺すのが趣味である貴族に捕まったら終わりだ。しかしそれはどこでも同じ。人が多い方が紛れやすい。不本意だがここに残るしかない。エヴァが不安げに私を見ている。


「大丈夫だよエヴァ。ここにいた方が多分安全。二人で生き延びよう」


 エヴァは静かに頷いた。私も覚悟を決める。


 パリン。パリン。パリン。


 私たちの覚悟を打ち砕くような音が鏡の間にこだまする。ガラスが次々に割れていく。何事かと思い辺りを見回すと、そこにはとても現実とは思えない光景が広がっていた。

 ここにいる大人が全員血を吹いて死んでいる。鏡の間は一変血の海となった。その中で一人、肩を震わせ声を上げて笑っている者がいた。……ガブリエル・デュランだ。


「やりやがったな」


 口を開いたのはユシェンコフだった。どうやらユシェンコフだけはワインに口をつけていなかったようだ。


「あーっはっはっは。……君は確かロシア人の殺し屋ユシェンコフだっけか?わしがさっきのルールなぞ守るとでも思ったか?それにわしは『ワインを飲む』貴族だけを殺した。その中にさっき来た奴らが含まれようが含まれなかろうがわしには関係ないしそこだけ取り除くのは不可能じゃ」


「ふん。つまりお前はルールを破った不届き者だ。誰に始末されても文句は言えない。そういうことだな?」


「はぁ?何を言うとる。最近の若いもんは回りくどいから嫌いだ。さぁほら、老人にも分かりやすく言うてみい」


「エマ。エヴァ。急いで鏡の間を出るか目と耳を塞いでいろ」


 突然話が私達の方に向いてぎょっとする。気配を消していたつもりでも、本物の殺し屋であるユシェンコフにはお見通しのようだった。私はエヴァの手を引いて急いで鏡の間を出る。そして固く耳と目を閉じた。


 その刹那、パーンという銃声が後ろで響くのを感じた。見なくても分かる。ユシェンコフは、デュランを殺した。ルールを破ったデュランにルールは適用されない。この三日間は貴族同士の争いだけでなく、裏切り者への制裁も加わる。……もう耐えられない。


「エマ?」


 限界を感じたその時だった。エヴァが透き通る様な瞳をこちらに向ける。目は見えていないが、その力は強く真っ直ぐこちらへ届いた。


「エマ。大丈夫。鏡の間に戻ろう」


「え?」


「聞いて。鏡の間では零時まで『鏡の間殺人集会』が行われていると思われてる。つまり、この集会に参加したくないと思った貴族たちは皆鏡の間を避けているはず。だから、逆に鏡の間に就寝時間までいればいい。ユシェンコフはまだ残っているだろうけど、私たちはルールを破っていないから殺されない」


「でも……」


「エマ。この世界は殺るか殺られるか。でも誰も殺さず生き残る方法もある。私達はそれを狙おう。零時を回れば就寝時間。そして就寝時間が終われば二日目を迎える。そうやって、どんどんクリアしていけばいいんだよ。運命を嘆いても仕方がない。トゥーディを生き延びてきた私達ならこの世界でもきっと生き残れる。いや、絶対に生き残れる。だからエマ。頑張ろう。二人で」


 エヴァの言葉に強く頷ける程私は強くなかった。それに、エヴァは私と違ってこの惨状を見なくて済むじゃないかと、残酷な思考が脳裏を掠める。こんな状況下で双子の妹に対して今まで思ったこともないような酷いことを思ってしまい内省する。そんな気持ちへの懺悔のような、醜い繕いを見え隠れさせながら、私はエマに「わかった。二人で生き残ろう」と伝える。エヴァは安心したように、決心を固めた表情を浮かべる。そして、見えていないにも関わらず私の手を引いて元来た道を辿り、鏡の間へと潜入した。
















 私の中に眠る、エヴァへの醜い感情。こんな薄汚い怪獣を自分の中に飼っていたことを今知ることになるとは。もしエヴァが危うくなったら、私が守らなければと思っていた。でも、私の飼っている怪獣はどう思う?エヴァを犠牲にして、私だけ生き残ることを選ぶ?そしてその選択を怪獣のせいにする私は、一体どんな末路を迎えるのだろうか。

 誰にも見えない私の中で進む思考の分裂は就寝時間に入っても止まらなかった。

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Murder Party 花宮零 @hanamiyarei

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