第二話
タイムトラベルマシンに乗ってからおよそ三時間後、私たち七人と、開発社の社員二名、そして主催者の合計十名は、一六八四年十二月二十三日のヴェルサイユ宮殿に到着したそこにはおよそ百人が集まっていて、仮面の着用が義務付けられている。だから誰が誰なのか判断することは出来ない。
この仮面舞踏会の主催者も、タイムトラベルマシン搭乗企画の主催者だった。この前代未聞の舞踏会に私たち七百年後から来た七人は驚いていたが、それ以外の参加者は誰一人としてかなかった。この''仮面舞踏会''に参加する人たちにはあらかじめ伝えられていたのだと後から知った。……それだけでなく、搭乗の真の目的も、全て。
主催者はシャンパングラスを鳴らし注目を集めた後、笑顔でこう言った。
「さあ、パーティーを始めましょう」
すると、私たち七人を除いた参加者全員が一斉に武器を取り出した。ナイフ、銃、中には怪しい液体を持っている人や、縄や鞭などを持っている人もいた。何故、皆武器を持っている?私のその疑問にこたえるかのように、主催者はさらに笑顔で付け足す。
「ああ、まだこのパーティーを理解していない方がいらっしゃるので説明しましょうこのクリスマスの時間に行われる三日間の特別な仮面会。……建前ではそう呼ばれています。しかしその正体は!」
「何と!?」
「血と悲鳴溢るる殺人舞踏会なのです!」
ワアアアという声が起こる。
「この殺人パーティールールは一人一つ殺戮可能な武器を持つことです。シンプルでしょう。二個以上待つことは不可能。殺人後武器が切れた場合や破損した場合など、その武器の殺傷性が消失した場合のみ、新たなる武器をお渡し致します。もしこのルールを破った場合、主催者である私がその者をこの舞踏会に相応しい方法で罰します!ご理解頂けたでしょうか?武器を持っていない七名には、パーティーが始まりましたら武器をお渡し致します。あ、あともう一つ。三日間という長丁場となりますため、就寝時間を確保致しました。時間は零時から五時まで。その時間に殺人をした方は、先程と同じく罰せられます。快適で最高な殺人舞踏会を保つためには皆様のご協力が不可欠なのです!どうぞよろしくお願い致します」
恭しくお辞儀をした後、再びシャンパングラスを掲げる。
「それでは、五日間の殺人舞踏会、commencement!」
その合図とともに、地獄の''仮面舞踏会''が開始した。
*
一六八四年十二月二十三日。殺人舞踏会一日目夜。
私たちは殺人舞踏会が開始した後、主催者から武器を貰った。私は銃、エヴァはナイフ。その他五人も同様に武器を手にした。まず、この搭乗企画で舞踏会に来た七人は王の大居室、アポロンの間に集まることを許された。勿論その間はお互い殺し合いもしないし、ほかの貴族たちが殺してくることもない。
「まずは自己紹介だな」
口を開いたのはおなかがでっぷりと出たおじさんだった。彼の名前はガブリエル・デュラン。フランス出身で元町医者だが、今はその町を追放されて科学者を名乗り自宅で薬品研究をしているらしい。だから彼は主催者から武器を受け取らず、自身の最高傑作である薬を使うらしかった。
「ふん。 あんたみたいな爺さんの話なんて、誰も興味ないのよ。私みたいなセレブニューヨーカーの話の方がよっぽど需要があるわ」
と得意げに話し始めたこの女性はオリヴィア・アンダーソン。ニューヨーク出身の女性だ。彼女は自身のヒステリックな性格が原因で夫に逃げられた後自暴自棄な生活を送り、その間に何度か万引きや詐欺などの犯罪を繰り返していた。
「まあまあ、争うのはやめましょ。次は私の自己紹介をさせていただきますね」
ひ弱な雰囲気を醸し出しているのはソフィア・グランデ。イギリス出身の彼女は三年前に夫を亡くし、悲しみのあまり体重が二十キロも減ってしまったそうだ。一見哀れな未亡人のようであるが、彼女の名前を知らない者はいない。何故ならその夫というのは世紀の大悪党と呼ばれるウィリアム・グランデだからだ。彼が死んだというニュースが報道された後、 私がその妻だと名乗り出たものがいた。それがこのソフィア・グランデだった。 犯罪者の妻と名乗り出る彼女を「狂気の沙汰」「ウィリアムに洗脳されし哀れな女」と面白おかしくメディアが報道してしまったため、この中の人たちもあまりいい印象は抱いていないようだった。
「……あの、ちょっと静かにしてもらってもいいっすかぁ?この非現実的な状況を作品にするチャンスなんすよぉ」
どこか間延びした口調のこの人は、ドイツ出身のチャーリー・ロバーツだ。チャーリーは性的少数者で、生まれた性は女性だが、認識した性は男性らしく、髪型はポニーテールで、ワイシャツにジーパンという格好だった。着替えたくないということでチャーリーだけ私服のままこの殺人舞踏会に参加している。また、彼の職業はミステリー作家で、ドイツ語・フランス語で本を書いている。かなり有名らしいが最近売れ出したため私たちトゥーディの元へは渡って来なかった。
「最後は貴方よね。黙ってないで話しなさいよ」
オリヴィアがそう言うと、彼は大きくため息をついてから細切れかつ簡潔に自己紹介をした。
「ユシェンコフ。ロシア出身。職業殺し屋りだが安心しろ。お前らは殺さない。俺はお前らとは違い主催者から直々にこの企画への参加オファーが来た」
彼だけは主催者が事前に選んでいた?どういうことだろう。この企画、何か仕組まれているのだろうか。
「ちなみに俺が最後ではないぞ、オリヴィア・アンダーソン。このガキ二人の自己紹介がまだだ」
「あら、そうだったわね。さっさと済ませて頂戴」
オリヴィアは全く悪びれる様子もなくそう言い放った。飛ばされる方が良かったのだが振られてしまったら仕方がない。私は深呼吸を一つしてから話し始めた。
「私はエマ。こっちは双子の妹のエヴァ。エヴァは生まれつき耳が聞こえないの。私たちは、現代でも言ったようにトゥーディから来た。十歳。本や新聞は読んできたから知識はある程度あると思う」
「知識がある割には敬語が使えないのね」
「すみません」
「まあいいんじゃないですかぁ?私たち年齢で言ったら差はありそうだけど精神的にはさして変わりなさそうじゃないすかぁ」
「な、な......」
オリヴィアは顔を真っ赤にして怒っていたが、うまい言葉が見つからなかったのか黙ってしまった。
「どうですか?皆様。そろそろ殺人会に参加していただきたいのですが、話し合いは終わりましたか?」
主催者がやってきた。彼の言葉で、この話し合いの後否応がなく殺人舞踏会に参加しなければならないことを思い知った。
「もう少しだけ時間をくれないか。まだ自己紹介が済んだばかりだから」
主催者は少し考えてから
「分かりました。あと十五分時間を差し上げます。その間に話し合いは済ませてくださいね。その後は、血と悲鳴が溢れるこの…...」
「何度も言われなくても分かっている。あと十五分だな。それまでまたこの部屋から出ていてくれ」
「分かりました。では」
主催者は不気味な笑顔を浮かべて出て行った。ユシェンコフの言うことには逆らえないのだろう。恐らく“雇った”側だから。
「あと十五分しかない。その間にこの殺人舞踏会での生き残り方とお互いのルールを決めよう」
「ルール?」
オリヴィアが聞き返す。それに対しユシェンコフは強く頷く。
「ああ。目標は俺たち全員がこの五日間を耐え、無事に現代へ戻ることだ。それを達成するには皆でルールを決めることと作戦を立てることが大切だ。俺らが殺し合ったら元も子もないからな」
確かにそうだ。皆同じ考えなのか、神妙な顔つきで頷いている。ただ一人、ガブリエルを除いて。
「わしはお前らを殺しはせん。じゃが、ここにいる貴族たちは殺してもいいか?なんてったって合法的に殺人が出来る機会なんてまたとない。この薬を試すチャンスなのだよ」
ガブリエルは目を輝かせながらそう言う。 彼の手にあったのはやはり毒薬か。……どうやら厄介な人物らしい。
「おいおっさん。まさかそれ使うとかいうんじゃないだろうな。いいか、俺たちがここで殺したら、現代では殺人罪だ。正当防衛として殺してしまうことはあるかもしれないが自主的に殺すのは...…」
「殺し屋がよく言うぞユシェンコフ。わしはこの研究に命を懸けた。だから今ここで、命を懸けて試したいのだよ。この研究の成果を!」
「手に負えん。勝手にしろ。その代わり俺ら現代から来た奴らだけは絶対に殺すな」
「わかったわかった」
手をひらひらさせながら言うガブリエルをユシェンコフは睨みつけていたが、時間がないことを思い出し話を戻す。
「まずはルール。俺たちの間で殺し合いはしない。しかし協力もしない。全て自己責任で行動すること。とはいえ協力関係はルールの管轄外だがな。勝手にやってくれ。そして作戦だ。このヴェルサイユ宮殿内で百人から逃げ切るのはあまり難しくないと思う。人数に対して宮殿が恐ろしく広いからな。ただ、問題なのは相手が無差別に殺し、その残虐さを楽しむというかなりイカれた野郎共だということだ。殺さず生かさずいたぶってくるもいるはずだ。だから、とにかく見晴らしのいいところで過ごすことと、自分の周りは全方位確認することが大切だ。あとは就寝時間に寝ること。こんな状況で寝るのは難しいが、体力が減ると集中力も減る。この殺人舞踏会では良いことなしだ」
「そんなこと言ったって……」
「十五分経ちましたよ。では皆様。それぞれの武器持ち、殺人舞踏会に参加してください」
オリヴィアが何か言いかけたが、主催者の登場によって迫られてしまった。……いよいよだ。
「とにかくこの通りで行く。……全員生き残るぞ」
ユシェンコフの言葉に強く頷き、皆それぞれの方向へ進んでいく。
「さあ皆様!時代を超えたゲストの方々も只今より参戦致しました。どうぞ引き続き、殺人舞踏会をお楽しみくださいませ」
ゲーム、スタート。
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