Murder Party

花宮零

第一話

「さあ、パーティーを始めましょう」


 そう言って開催されたのは、後の歴史に名を刻んだ殺人舞踏会だった。



 二三八四年。ここフランスでは技術が急速に革新した。しかし、それによって富裕層との格差は広がった。私たちは、その貧民層の部類だ。


 私たちは二三七四年二月八日に生まれた双子。私はエマ。双子の妹はエヴァ。私たちは初め、富裕層の両親の元に生まれた。しかし、両親の会社の開発が失敗し倒産した。そして私たちは五歳の時にトゥーディに捨てられた。トゥーディとはフランスにあるスラム街で、そこで暮らす人間は貧民層として差別される。


 私たちはいつも一緒だった。食べる時も寝る時も危険な時も。

 このトゥーディで生き延びるのは大変だった。七歳を過ぎてからトゥーディにいる男たちが嫌な目で私たちを見てきた。現代貴族と呼ばれる富裕層たちがトゥーディにいる私たちを虫を見るような目で見てきた。弱肉強食のこの中で、食べるものを獲得するのにも苦労した。 そんな劣悪なこの環境で、私たち双子はいつも一緒に過ごしてきた。


 しかしそんな生活の中でも一つだけ良いことがあった。現代貴族の奴らが面白がって、トゥーディに古い参考書や本、新聞などを捨てていくことがあった。勿論大人たちは価値がないと言って興味どころか見さえもしなかった。私はそれらを片端から読み漁った。エヴァは生まれつき目が悪く文字が読めないので、私が本を音読した。知識はトゥーディから抜け出す基盤になる。そう思ってひたすら読んだ。



 二三八四年十二月二十三日。今にも雪が降りそうな寒い日だった。いつものように現代貴族の子供が捨てた新聞を読み、私は一瞬夢の中にいるような気がした。新聞の一面に大きく、


"L'opportunité d'une vie! Voulez-vous être le premier utiliser notre machine à voyager dans le temps? Aujourd'hui, au château de Versailles. Tous sont les bienvenus! Vous êtes invités à un bal du 17ème siècle."


(一世一代の大チャンス!我が社が開発したタイムトラベルマシンの最初の利用者になりませんか?本日、ヴェルサイユ宮殿にて。どんな方でも大歓迎!あなたを十七世紀の舞踏会へと招待します)


 と書かれていた。行かない理由はない。若干の怪しさや不安はあるものの、このトゥーディに捨てられた時から私たちの人生は転落した。もうこれ以上落ちることもないだろう。仮に死んでも問題はない。


「エマ、どうしたの?何が書いてあるの?」


 エヴァは視覚が弱い分、他の感覚が澄んでいる。私の普段とは違う興奮を感じとったのだろう。


「エヴァ、私たちの人生が変わるチャンスだよ!」


 私はこの時、何年ぶりに子供らしい笑みを浮かべたのだろうか。そんなことを考える程今まで笑みなど浮かばなかった。エヴァもきょとんとしつつも笑い返してくれた。そうと決まれば後は行動するだけだ。いつからか面倒だと思って行かなくなった公園へ行き、私たちは髪と顔を洗い、体を拭いた。「どんな方でも」というのは、フランスでは「どの身分でも」という意味と同様に使われる。しかし、いくらそう書いてあるとはいえ汚いままヴェルサイユ宮殿に行くのは気が引ける。身だしなみを出来る限り整え、トゥーディから三キロ離れたヴェルサイユ宮殿まで早足で向かう。


 四歳の時、一度だけ見に来たヴェルサイユ宮殿は、十歳になった私たちの今日までの六年間がなかったかのように時の変化を見せず、同じところに同じ外観でそびえ立っていた。中にも外にも、見るからに現代貴族であろう人たちが大勢いた。しかしそこで怖気づいている場合ではない。これは新聞に書かれていた通り 「一世一代の大チャンス」なのだから。


 子供の特権である小ささを武器に私たちは主催者のいるフロアまで辿り着くことが出来た。主催者であろう人物は、白いスーツに白い舞踏会用のマスクを着けていた。


「Bonjour! 本日は我が社のタイムトラベルマシン搭乗企画にご参加頂き誠にありがとうございます。こんなにもたくさんの方に来て頂けただけで、私共の努力は報われたも同然。さて、本題に入りましょう。このタイムトラベルマシン、お集まり頂いた皆様に搭乗して頂きたい気持ちはやまやまなのですが、残念ながらたったの七人にしかそのチャンスが与えられていないのです!新聞にも記載致した通り、身分が搭乗資格を左右することはございません。どうぞ、搭乗したい方は手を高く挙げてください!」


 主催者の合図とともに、宮殿にいる全員の手が一斉に上がる。勿論私たちも体を大きく伸ばして手を挙げる。先ほどまで有利に働いていたこの小ささが、今は不利に働いている。……こんな汚いトゥーディの子供なんて、目にも止まらないだろう。そう思った直後だった。


「お、私の近くにいるそこのブロンドがキュートな二人!そんなにこのタイムトラベルマシンに乗りたいのかい?」


 最初、私たちのことであるとは気が付かなかった。しかし、主催者の視線とマイクはまっすぐ私たちの方に向けられている。


「私たち……ですか?」


「Bien sûr! 君たちだよ。こんなに美しい女の子は見たことがない。一体、どのような裕福な家庭に生まれたんだろう」


「……ここから三キロほど離れた、トゥーディで暮らしています。 両親に捨てられたので」


 宮殿中の人々が一気にざわめく。それもそうだろう。このような立派で高貴な宮殿に、トゥーディの汚い小娘が入り込んだ。 恐らく大多数の現代貴族たちがそう思ったのだろう。ああ、やはり私たちにチャンスなど現れない。そう思いきびすを返そうとした時、


「よし。皆様!搭乗者の二枠は、彼女たちに決定しましたれさて残るは五枠ですよ」


 ……… 本当に、本当に私たちが乗れるのだろうか。一世一代のこのチャンスを、私たちが勝ち取ったのだろうか。まだ信じられない。しかしそんな私たちをよそに、搭乗企画はさらに盛り上がりを見せている。 私たちのようなトゥーディの人間にも搭乗資格があると分かり、名だたる現代貴族たちが我こそはと息巻いているのだった。



 そんなこんなで残る五枠も無事に埋まり、宮殿には私たち搭乗者だけが残った。


「見事資格を手に入れた七人の皆様。まずは本当におめでとうございます。貴方方は幸運の持ち主です。さて、この後二時間ほど説明と準備を行った後、こちらのタイムトラベルマシンにご搭乗頂きます。女性の方はこちらへ、男性の方は奥の部屋へそれぞれお集まりください」


 主催者に言われ、私たちはそれぞれの部屋へと移動し説明を受けた。要約すると、このタイムトラベルマシン搭乗企画は、世界で初めて完成した時間漂流が可能なこの機械を使い、七百年前の今日、つまり一六八四年十二月二十三日へタイムスリップし、同じくここヴェルサイユ宮殿で開催される三日間の仮面舞踏会へ参加するというものだ。どうやらクリスマスの特別な仮面舞踏会のようである。そして舞踏会が終わる十二月二十五日、私たちは自動的に二三八四年同月同日同場所に戻ってくる。しかしこの機械はまだできて日が経っていないのに加え、私たちが人間を乗せた初めての使用なので、契約書にサインをする必要があった。私たちの身に何かが起こっても、責任を取ることはできないという内容だったと思う。正直しっかりと読んでいない。どうせ私たちが死んで誰かが悲しむ訳ではないのだから。


 選ばれた残り五人も似たような感じだった。主催者の引き当ての問題だろうか。どうやら 「いわくつき」 の人がほとんどのようだ。


「契約書へのサイン、ありがとうございます。それではこちらのクローゼットから、お好きなドレスをお選びください」


 私は赤地にフリルが付いたドレス、エヴァは青地にリボンやフリルがふんだんに使われたドレスを見に纏った。鏡に映る私たちは、見違えるほど美しく見えた。このドレス、これから行く舞踏会に、私たち双子は心が踊っていた。これが、悲劇へと向かう一歩だとも知らずに__。

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