3:勇ましい羽

 日が沈む頃、彼女が暮らすトウム・ウルの上を飛ぶ。はやる気持ちをおさえて、ゆっくりとまわりながら下をうかがう。

 俺の後には荷物を乗せた一頭のルーが付いてきている。まだ若いけど、賢い、よく飛ぶルーだ。手放すのは惜しい。でも、シュグイ花嫁のためならちっとも惜しくない。

 大きなパールム母屋の前で火がかれて、その周囲に男たちが集まっている。しばらく前、姉のケレト結婚の時は俺もああやって火の前で、姉をさらいにくるクーゲン花婿を待ち受けていた、と思い出す。

 あの時は、自分が誰かをさらいにいくなんて、考えてもいなかった。

 ガニ離れ家から、彼女の母親が出てくる。シュグイ花嫁の準備ができたらしい。彼女はあの中で、ちゃんと俺を待っていてくれるだろうか。ツェッツェシグ可憐なツェッツェシグ花のようなシュグイ花嫁。俺のツェッツェ

 すっかり暗くなった頃、火の周りに集まっていた男たちが歌い始めた。酒を飲んで歌うのはさらいにゆく頃合いということだ。俺は真っ直ぐに降りてゆく。

 できるだけ音を立てずにガニ離れ家の脇に降り立って、ルーから降りる。首筋を撫でて「チェメグ静かに」と囁けば、大人しく伏せる。

 遅れて降りてきたルーを落ち着かせて、手綱たづなを引いて一緒にガニ離れ家の中に入る。

 ようやく、俺のシュグイ花嫁に会える。

 見事なクハトーザ刺繍の衣装をまとったシュグイ花嫁が顔を上げる。俺の姿を見るとツェッツェシグ花のように笑った。俺はルーの手綱たづなを離して彼女に駆け寄る。彼女が頭から被っていた大きな布を外して、立ち上がる。

 急いでここを離れないといけない。でも、俺は我慢がまんできなかった。彼女を抱き締める。ようやく、彼女に触れることができる。髪に口付ける。


 連れてきたルーを荷物ごとガニ離れ家に置いてゆく。彼女がまとっていた大きな布を被せて、しばらくの間シュグイ花嫁の振りをしてもらう。

 彼女と二人でガニ離れ家を出る。彼女が自分のルーを連れてくる。そのまま自分のルーにまたがろうとするので、あわてて彼女を抱えて俺のルーに乗った。シュグイ花嫁クーゲン花婿が抱えていくものだと言えば、彼女は素直におびで俺と彼女の体を結んで固定してから、きちんと俺の腕の中に収まった。俺のシュグイ花嫁はしっかりしている。ツェッツェシグ可愛い

 彼女のルーもきっと彼女に似て賢い。飛び立てばちゃんと後をついてきた。

 俺のはやる気持ちが伝わってしまうのか、ルーはリクトー矢のように飛ぶ。その背中で、こうして腕の中にシュグイ花嫁がいることを感じて、俺は何度もその髪に口付ける。彼女はその度にくすぐったそうに首をすくめた。

 シュグイ花嫁はもうクーゲン花婿のものだ。もうじきネイ家族のトウム・ウルに降り立つ。そこでクーゲン花婿からシュグイ花嫁に新しい名前を渡せば、もう。

 シュグイ花嫁の新しい名前はずっと考えていた。

 今のツェッツェシグ花のようなウータという名前だって、ツェッツェシグ花のような彼女に似合った、とても良い名前だ。けど、俺の気持ちにはちっとも足りない。

クークスグ素敵なクハトーザ刺繍のサーハン美しいツェッツェ

 新しい名前を耳元で囁けば「ウラト長い」とにらまれる。それでも、こうして髪に口付けることは嫌がられなかった。


 俺が考えた新しい名前はネイ家族にも「ウラト長い」と言われた。彼女はクハトーザ刺繍のツェッツェと呼ばれることになった。けど、これはこれで悪くない、と気付く。

 シュグイ花嫁を『クークスグ素敵な』『サーハン美しい』と呼ぶのはクーゲン花婿だけで良い。



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花のような糸と勇ましい羽 くれは @kurehaa

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