第7話 芽愛ちゃんの仮面

「芽愛芽愛芽愛芽愛芽愛芽愛。……金髪いいね」


 俺の隣りに座ったメンヘラ女は力強い目を芽愛ちゃんに向け、ねっとりとした褒め言葉をあげた。


「あ、ありがとう」


「あんた高校じゃ男子とろくに喋ることもできなかったくせに、今じゃファミレスで二人っきりになるくらい男を克服できたみたいね。よかったじゃん」


「あ、ありがとう」


(この二人は高校からの知り合いだったのか)


 それにしても、この空気はなんかおかしい。


 高校時代の人と再会したら、普通もうちょっと喜ぶ……んじゃないのか? 


(俺の前じゃあれだけ喋っていた芽愛ちゃんがここまで聞く側になるなんて、一体どういうことなんだ?)


「にしても、ちょっと見ない間に彼氏作ったんだ」


「え、あ、ちがっ」


「あたしのことを思って気なんて使わなくていいから。どうせあんた、同じ大学生にもなったのに彼氏の一人も作れないうちのこと、内心バカにしてるんでしょ?」


 反吐が出ると言わんばかりに饒舌に喋るのはメンヘラ女。


「バ、バカになんてしてないで、す。あとこの人は私の彼氏じゃない、です……」


「あっそ。あんたの男事情なんてクソほど興味ないから金輪際その汚い口から喋らないで。耳が腐る」


「あ、はい。わかりました」


「「わかりました」一言にしろって高校の時何度も言ったよね? まさか覚えてないなんて言わせないよ?」


「……お、覚えてます。こめんなさい」


 芽愛ちゃんのか細い声が震えて、怯えてるのがわかる。


(昔の知り合いだから喜ぶものだと思ってたけど、芽愛ちゃんとメンヘラ女の関係は喜べるものじゃないみたい)


 多分、芽愛ちゃんは高校だと命令される側の……いじめられる側の人間だったんだ。で、このメンヘラ女はいじめる側の人間。

 

「ねぇ君。君に忠告しておくけど、この女と一緒にいないほうが良いよ」 

 

 芽愛ちゃんには悪いけど、これは高校の時どんな人だったのか聞く絶好のチャンスだ。


「……高校生の時なんかあったりしたの?」


「なんかあったって……。こいつは男遊びばっかりするクソ女よ? あ、芽愛ごめん。もしかして自分がクソ女だってこと隠してた?」


「こ、この人は知ってます」


「へぇ〜そっ。まぁそんなことどうだっていいの。それより、芽愛。あたしがなんで声かけたのか分かるよね? わざわざ久しぶりの顔を見たから声をかけたなんて、思ってないでしょ?」

 

 隣から圧を感じる。

 

「あっ、はい」


「チッ。わかってるのなら早く寄越しなさいよ」


「わかりました」


 芽愛ちゃんは急いでカバンから財布を出し、一枚の諭吉をメンヘラ女に渡した。


(芽愛ちゃんはこいつの財布になってるってわけか)


 最悪の関係だ。

 止めるべきなんだと思う。

 でも、芽愛ちゃんのことを何も信じられないから声が出ない。


(クソ女はどっちだよ)


 人の弱みにつけこんでる女がよく人のことを散々言えるな。


「分かればいいの分かれば」


「は、はい」


 なんとも言えないひりついた空気。


「あんた、聞いたよ。私と大学が違うからって、また高校の時みたいに男をたぶらかして遊んでるらしいね」 


「ち、違っ。たぶらかしてなんて……」


「なに。あたしが言ってることが間違ってるとでもいいたいの?」


「まっまちがっ」


「あ? ハキハキ喋りなさないよ。ふがふがして気持ち悪いわね」


「…………わかりました」


 早くこんなところ逃げたい。

 なんで俺のことを騙した元カノがいじめられてるところを見ないといけないんだ。


(いくら理由があったクソ女だとしても、いじめられてると同情心が芽生えちゃうだろ)


 もしこれも俺の信用を得るために考えた芽愛ちゃんの策略だとしたら、素直に褒めたくなる。


 まあでも、この怯えようは策略じゃないな。


「あーあ。あんたはなんも変わってないわね。相変わらずクソでクソでクソでクソでクソでクソな女で、見てるだけで腹立つ」


「…………」


「あたしがあんたに喋ってあげてんだからなんか言いなさいよ」


「ごめんなさい」


 一方的に自分の気持ちを押しけるこの感じ……。

 俺の高校時代に一時期されてたいじめを思い出す。

 いじめる側の気持ちは分からないけど、いじめられる気持ちはよく分かる。


 俺は何を言われるのかビクビクして、言われたことが耳に残って一日中悶絶してた。

 そんな中、栞里が助けてくれたから今の俺がある。


 いじめられてる時は自分から何かをするってのは、難しい。

 俺の時みたいに真っ暗な世界から手を差し伸べてくれるような救世主がいないと……。

 

(俺が芽愛ちゃんのことを助けろってか?)

 

 それは無理。


 騙した女のことを助けるなんてしたくない。

 

「君ってもうこの女と喋ることないよね?」


「……ない」


「じゃあ芽愛。あんた私と一緒に来なさい。拒否権はない。言ってる意味分かるでしょ?」


「はい」


 俺も分かる。

 

(絶対芽愛ちゃんのことをいじめるつもりだな)


 分かっていても、止められない。

  

 二人はじっと動かない俺のことをおき、外に出た。

 会計は芽愛ちゃんが。……いや、メンヘラ女によって芽愛ちゃんが払わせられていた。


 助けに行かなくても、きっと見かけた誰かが芽愛ちゃんの救世主になってくれるはず……。


「クソッ」


 『きっと誰かが』


 そんな言葉を心に言い聞かせていたが、俺の足は救世主のように動いていた。

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