第5話 悪女は誰だ

「……というわけで、俺の彼女が実はクソ女で天がそいつに唆されておかしくなっちゃったから、ひかりちゃんとけちょんけちょんにすることになったんだ」


 大学の食堂。

 俺が昨日の出来事を喋る前にいるのは、鮮やかな赤色の髪の毛を肩下まで伸ばしている女性――高橋栞里たかはししおり

 栞里は高校からずっと同じで、この大学で唯一俺の大学デビューを知ってる人物だ。

 いつもなんでも相談に乗ってくれる、めちゃくちゃいいやつ。


「はえぇ〜。あのめぇーちゃんがクソ女だったなんて気付かなかった……。かずちゃんってば、毎日のように自慢してきてたけど大丈夫なの?」


 栞里は心配そうに顔を覗き込んできた。


(いつもおちゃらけてるのに、こういうときに限ってちゃんと心配してくるから調子が狂うんだよな……)


「大丈夫大丈夫。芽愛ちゃんの本性を見破れなかったのは俺だし。……クソ女だった分かった今、悲しいとかそういう感情は抱いてないよ」


「へぇ〜。じゃあかずちゃんは今フリーってこと?」


「まあ、そういうことになるな」


「ほぉ〜んほぉ〜んなるほど……」


 何だその反応。


「とりあえず簡単に言い直すけど、今俺は芽愛ちゃんに対して特別な感情を抱いてないから」


「じゃあこれからは栞里がかずちちゃんの鋼の心、愛の力で撃ち抜いてやるっ!」


「ぷぷぷ。彼氏いない歴=年齢で、自称恋愛マスターの栞里が愛を語るのは百年早いんじゃない?」


「むっ! べ、別に私はわざと彼氏いない歴=年齢にしてるだけだし! 今までいろんな男の子から告白されなことあるし!」


 慌てて胸を張って威張る栞里。


 自分では気付いてないだろうが、胸を張ったせいで周りからの視線を集めている。    

 特に獣のような男の視線。


(目立つと変なナンパが来るから嫌なんだよな)


「ま、とりあえず栞里が頑張ってるのはわかったよ」


「なんかすごい適当じゃない!?」


 深掘りしなかったことに不満そうにした栞里だったが、水を一口飲んで自分のことを落ち着かせた。


「ところで話を戻すんだけど、かずちゃんってひぃーちゃんのこと信用できると思うの?」


「……どういうこと?」


 栞里は神妙な顔立ちで切り出してきた。


 意図がよくわからない。


「そんなの言葉通りのことだよ。ひぃーちゃんって、周りからあんまいい噂聞かないし、かずちゃんが騙されてるんじゃないのかなぁ〜って」


「ひかりちゃんの悪い噂なんて聞いたことないんだけど」


「え? ひぃーちゃんって男のことを騙してお金を巻き上げてるって噂、結構有名だと思ってたんだけどなぁ〜……」


 栞里の喋り方的に、今の言葉は嘘ではない。


(男のことを騙してお金を巻き上げるって、昨日芽愛ちゃんがカフェで言ってたことじゃないか)


「多分というか、絶対かずちゃんの周りに悪女がいるよ」


 一直線の鋭い視線から、栞里の本気度が伝わってくる。


(こうなったら誰も信用できないな)


 元々はひかりちゃんと共同で芽愛ちゃんのことをけちょんけちょんにするはずだったが、その予定を白紙にせざる負えない。


(いや、そんなことしたらひかりちゃんが俺の意図がバレバレになっちゃう)


 ここは何も気付いてないふりをして、悪女を見分けないといけないってわけか。


「ところで念の為聞くんだけど、栞里は俺のことを騙そうとしたりする悪女じゃないよな?」


「ふふっバレちゃ〜仕方ない」


「栞里は悪女じゃない、と」


「ちょっと! 今からなんちゃって悪女を演じるところだったのに邪魔しないでよ!」


「栞里……。申し訳ないけど俺は今、そんなことに付き合うほど余裕がないんだよ」


「ふぅ〜ん。じゃあ、なにか手伝えることとかない?」


 いつもからかう栞里がこんなこと言うなんて……。

 

 普段通り振る舞って、栞里も俺のことを騙そうとしているのか?


「なーんか、かずちゃんに誤解されてそうなんだけど」


 口を尖らせ不満をあらわにする栞里。


 この感じは普段と変わらない。

 でも、悪女がいるかもしれないと言われてしまっては、疑わざる負えない状況だ。


「ご、誤解ってなんだよ」


「はぁ。やっぱり私ってば悪女だって思われてるじゃん」


 すべてを察し、ため息を吐きながら椅子にもたれかかる栞里。


(一応高校で一番仲良かったから、俺の顔を見れば何を考えているのかわかるってわけか)


 栞里がもし本当に俺の手伝いをしないのなら、なにか無実だというアピールをしてくるはずだ。


 ここは一つ観察といこう。


「ふはっ! ま、私は男を虜にする悪い女だってことは間違ってないんだけどねぇ〜」


 自分の妄想を声高らかに言う限り、俺のことを騙そうとする悪女だとは思えない。


「ははは……って、なんで何も言ってくれないのさっ! こういうときは「彼氏いない歴=年齢なのに男を虜にする悪い女なわけねぇだろ」とか言う場面じゃん。……あ、あれ? かずちゃん?」

 

 早くも俺が観察してることがバレたみたい。

 さて。どうアピールするのやら。


「おーいおーい。ん? もしかしてかずちゃんつて……」


 お?


「私の魅力的な体に目が吸い込まれたんじゃない?」


 全く。なにか言うのかと身構えた俺がバカだった。


「ふぅ〜ん無反応、ね。むふふっ食堂でいつも話してるとき、かずちゃんがずぅ〜っと私の胸をチラチラ見てることわかってるんだよねぇ〜」


 栞里はここぞと言わんばかりに胸を手で持ち上げ、強調してきた。


(胸見てたのバレてたのかよ!)


 と、俺は内心叫んでいるが顔色一つ変えていない。


「ちっ。これじゃだめか」


 慣れてない舌打ちをする栞里。


 この様子じゃ、数年かけて築き上げてきた信頼が胸をチラ見していたことで崩れることはないらしい。

 こればかりは、栞里の寛大なる心に感謝をしなければ。


(ありがとう栞里。「もう見ちゃだめ」って言わずに慣れない舌打ちをしてくれてありがとう)


「そういえば、かずちゃんのスマホって指紋とか顔認証じゃなくて暗証番号だったよね?」


 栞里がニヒヒ……と、今まで見てきた中で一番悪い顔をぬるりと向けてきた。


「たしかその暗証番号って誕生日の0522だった気がするんだよねぇ〜」


(高校時代、ノリで撮った栞里が際どい格好をしている画像をシークレットファイルに保存してるのがバレてたのか!?)


 ……スマホの暗証番号を話に出してきたということはそういうことだ。 


「本当にごめんなさい」


「え?」


 なんで謝られているのかわからないとぼけた顔の栞里。


(もしかして俺の勘違いだったのか?)


「ごめん。なんでもない」


「え? なになに? なんでいきなり謝ったの? もしかしてスマホの中に見せられないようなものを保存してたりするの?」


 妙に饒舌になって問い詰めてきた。


(栞里のやつ、絶対わかってて言ってるだろ)


 言わなければいつでもスマホの中を見れるというのに、わざわざ言ってきたということは、栞里が悪女だと言う線は消えた。


 大きな犠牲を払ったな……。


「とりあえず話を戻すけど、栞里って俺に手を貸してくれるんだよな?」


「もちろんっ! かずちゃんが納得行くところまで、栞里はずぅ〜っと手伝ってあげる」


「……そうか。ありがとう」


「むふふ。いいのいいのっ!」


 普段は電池が切れかけのリモコンのように頼りない栞里が、今日は新品電池のような頼りがいがありそう。


(いつもこんな感じだったら彼氏ができてるんだろうな……。いや、彼氏ができない理由はそれだけじゃないか)


「ねえ。今、すごい失礼なこと考えてなかった?」


 やべ。顔色で何を考えてるのかわかってるんだった。


「いや、栞里にどういう風に手伝ってもらうのか考えてたんだ」


「嘘つき」


 

 これ以上話し込んだら、栞里のことを不機嫌にして手伝うのをやめちゃうかもだから早めに切り上げよう。


「とりあえずそうだな……」


 何をするにも、まずはひかりちゃんが悪女なのか調べる必要がある。


「栞里ってひかりちゃんと面識あるっけ?」


「ん〜? 面識はないかな。あっ顔はわかるよ」


 面識がないのから都合がいい。


「じゃあ栞里はひかりちゃんのことを探ってくれ。接触して、懐につけ込こんで本性を暴いてくれたりしてくれたら嬉しいなぁ~って言ってみたり」


「悪男」


「仕方ないだろ」


「わかってわかってる。……栞里がひぃーちゃんのことを調べるとして、かずちゃんはどうするの?」


 どう、しようか。

 芽愛ちゃんのことを探るなんて、そんなリスクがあることできない。

 

(天に芽愛ちゃんが悪女だって言うか?)

 

 だめだ。

 今の天には、俺の話を聞くような耳を持っていない。


(なんかやることないな……)


「俺は栞里の成功を祈って家で待ってるよ」


「不平等不平等! 栞里が危ないことするんだから、かずちゃんも危ないことしてよ」


「って言われてもなぁ~」



「ふふふっ一翔。私と一緒に危ないことする?」


 突然、後ろから俺たちの会話に入ってきた人がいた。


(この声は……)


 振り向かなくても誰か分かる。

 分かりたくなくても、刺さりきった釘のように声が脳内から離れない。


(なんで声なんてかけてきたんだ?)


「芽愛、ちゃん?」


「どうも。元カノの芽愛ちゃんでぇ〜す。ひひっ」


 向けてきた笑顔は付き合っていたときのように明るかった。

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