第4話 ひかりちゃんの家で

「岸辺くんってコーヒー飲めたりする?」


「あ、はい。ブラックでお願いします」


「おぉー。大学で知り合った人の中でブラック飲める人いないから悲しかったけど、いける口なんだ」


「…………」


 ひかりちゃんが親切にコーヒーの準備をしてくれているというのに、会話を繋げられないくらい緊張してる。

 

 部屋の中にある物は全部水色。

 海の中にいるみたいで不思議な感覚だ。

 あんま知り合ってない女の子の部屋に入るのが初めてで、これまた不思議な感覚。 


「はい。ブラックコーヒー飲んで飲んで飲んで」


「あっじゃあいただきます」


 ん?


(これはインスタントコーヒーの味じゃない)


「んふふんふふ」


 ひかりちゃんは俺が眉間にしわを寄せているのを見て、どこか嬉しそうにしながら正面に座った。

 

(コーヒーをすぐ用意した理由って、自信があったからなのか?)

 

「最近のコーヒーメーカーってこんな味出せるんだよ? すごくない?」


「……え? これってコーヒーメーカーの味だったんだ……」


「ふふっもしかして私が裏で豆からひいてると思った?」


「それくらい美味しいなって思ったけど……。って、ひかりちゃんってコーヒー好きだったんだ」


「うん。天くんがコーヒー自体あんま好きじゃないから表では飲んだりしないけど、好きだよ」


 へぇコーヒーが好きだっていう女の子って珍し。 


「コーヒーを飲み始めたのは、映画で女優さんがかっこよく飲んでたのを見て真似しただけなんだけどね」


「あっわかる。映画とかドラマとかに出てくるコーヒーを飲む人たちって、やけにかっこいいよね。俺は最初、かっこいいかなぁ〜って思って飲み始めたし」


「ふふっお互い飲み始めたのが子供っぽい理由だね」


「でも、コーヒーの美味しさに気付いた数少ない大人じゃない?」


「岸辺くんってなぜかわからないけど、未だにかっこいいからコーヒー飲んでそう」


「まあ、たしかにかっこいいから飲んでるのは間違ってないけど、ちゃんと美味しさわかるからね? 深みとかそのへんは……」


「うっうっ岸辺くんが可哀想になってきたからこれ以上追求しないであげるよ……」


 わかりやすい嘘泣きをするひかりちゃん。


 可哀想な人にされたけど、コーヒーで会話が弾んでだいぶ空気が良くなった。


(この様子じゃ、ひかりちゃんはもう大丈夫そうだ)


 これ以上ひかりちゃんの家にお邪魔してたら、元に戻った天に攻められそう。


(早いところ帰ろ……)


 俺は立ち上がろうとした。が、まるでその動作を止めるようにひかりちゃんが音を立ててコーヒーカップを置いた。


「ところで岸辺くんって女遊びする系男子?」


「それはどこ情報で?」


「あれ? 知らなかったの? 岸部くんって大学でいつも女の子をナンパしてるから、周りから女遊びばっかりしてる人だって言われてるよ?」


 たしかに大学デビューと称して、いろんな子に喋りかけてた。


 そのせいで周りに女遊びをしてる人って思われてたなんて初耳だ。


(それを踏まえてひかりちゃんは俺に寝取りを提案してきたってことか)


「女遊びなんてしてない。うん。してないしてない」


「なぁーんだ。そうなんだ。私はてっきりあのクソ女は岸辺くんが女遊びばっかりしてたから、それに苛立ってあんなことしてたと思ってた」


 ひかりちゃんは、にへぇーっと悪いことを考えている顔をしながら顔色を伺ってきた。


「俺って彼女ができなくても誠実な男だから……」


「うっそだぁ〜。だって岸辺くんって、彼女がいるのに友達の彼女のことを寝取ったことにするような人だよ?」


「そ、それはなんというか……。善意ってやつ?」


「ある程度恋愛を経験してきた私から言わせれば、善意で彼女に黙って友達の彼女のことを寝取ったことにするのはありえないことだよ。……ま、私も人のこと言えないけど」


「たしかに」


「ぐぐ。あのときはお互いどうにかしてたってことで」


 ひかりちゃんは苦笑いをしながらコーヒーを口に含んだ。


(冷静な頭で考えると今この状況もどうにかしてるよな)


 思っていてもエレガントにコーヒーを飲むひかりちゃんに伝えづらい。


(いや。伝えなくても俺が帰れば済む話か)


 そうと決まれば、この苦くて何が美味しいのかよくわからないけどコーヒーを一気飲みするのみ。


「っぷぁ〜」


「おぉー」


「じゃ、俺はここらへんで。また大学で会ったら」    


「うんっ。またね!」


 その後、俺は何事もなく残業終わりのサラリーマンが乗る電車に乗って家に帰った。



 ……が、一度帰ろうとした俺のことを引き止めたひかりちゃんがなぜ二度目は引き止めて来なかったのか気になって、その日は普段の半分の時間しか寝れなかった。

 

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