第6話 あの人と二人っきり
ある日、友人の彼女に寝取ってほしいと言われることもあれば、彼女が友人を唆すようなクソ女だったと発覚することもある。
これまでのことはあまりにも非現実的で、無意識に目を背け続けていたから不思議と冷静でいられた。
……と、そんなことを俺は対面して座っている元カノを前に思ってみたり。
「ん〜えっとねぇ〜。天が好きなやつがいい!」
時間帯的に高校生が多い、賑やかなファミレス。
角のテーブルに俺たちは座っている。
「ここで話そっか」と、提案した芽愛ちゃんは店内に入るやいなや俺などいないも同然に、天と電話をし始め、今この状況。
(冷静でいたいけど、こんなの無理だろうが)
さっきからポテトを口に入れる手が止まらない。
暑くもないのに額から汗が流れてる。
高校時代に完全な冤罪で生徒指導室に呼ばれたとき以上に居心地が悪い。
(これも計算されたことなのか……?)
裏付けはないが、チラッとこちらの様子を伺う芽愛ちゃんの瞳が妙に怪しい。
「ごめんごめん。いきなり天から電話がかかってきちゃって」
スマホを置き謝る芽愛ちゃんだが、頬の釣り上がり方が笑顔のそれじゃない。
(どこまで悪女なんだ。こいつは)
「悪いなんて思ってないくせに」
「ふふっわかっちゃうよね」
嬉しそうに頬を紅潮させる芽愛ちゃん。
この前会ったときは、俺のことを軽蔑していた様子だったがやはりあれは演技だったようだ。
(今してるのは……演技じゃなさそう)
見る限りは本性むき出しといったところか。
「それで、なんの用なんだ」
「んっとね……一翔に謝りたくて」
何言ってんだ。
「――彼女になったのは天に近づくためです。利用して、一翔の心を弄ぶようなことをして本当にごめんなさい」
言葉を失った。
俺を利用したとあっさり認め更には謝罪するなど、天と地がひっくり返っても起きないと思っていたこと。
が、今目の前に座る悪女だと思われていた芽愛ちゃんはテーブルに額をこすりつけて謝っている。
(演技かもしれない)
そう思ったが、演技っぽく嘘泣きをしてこない。
謝罪をして数秒経っても、ただ静かにテーブルに額をこすりつけている。
(どんな顔をしているのか見れば絶対本気かわかるはずだ)
「……謝りたいのなら、顔を上げて」
「ごめんなさい」
その顔は悪女のように頬がつり上がった不気味な笑顔ではなく、悲劇のヒロインがするような悲しそうな顔でもなく、ただ必死に自分の気持ちを訴えかける顔だった。
(本気で俺を利用したことを謝りたいってわけか?)
納得はできないが、耳を傾けるくらいはしてあげるか。
「さっき天に近づくために俺を利用したって言ってたけど、それってどういうことなんだ?」
「……明確には天の彼女、北ちゃんに近づくため、です」
「二人って過去に面識あったの?」
「面識ってほどではないけど、数年前に私の彼氏があの女に奪われて……」
「今回のはその仕返しってわけ?」
「う、はい」
芽愛ちゃんは申し訳無さそうな顔をしながら首を縦に振った。
(言ってることが理解はできるけど……それが本当のことなのかは、また別の話)
「天はそのこと知ってるの?」
「……い、え」
「せめて復讐に付き合わせるのなら事情くらいはなしてやれよ。俺が聞いてる限りじゃ、ひかりちゃんは本気で天のことが好きらしいぞ」
「だからめちゃくちゃにしてるの。私が北ちゃんに奪われた彼氏はね……。高校卒業したら結婚する予定だったのっ! でも、北ちゃんとかいうクズ女が横からかっさらっていって……。もしそんなことされたら一翔は許せるの!?」
初めて聞く悲しい声だった。
「…………」
「もっともっと絶望させないと私の気が収まらないのっ!」
「それが本当のことなら復讐するなんて、どうにかしてるぞ。お前」
「どうにかなんてしてないもぉ〜ん。されたことはちゃんと返してあげないと、ね?」
ウインクをして、息継ぎで水を飲む芽愛ちゃん。
今のところ、芽愛ちゃんとひかりちゃんのどちらかを信じるのかとなったら、芽愛ちゃんを選んでしまうかもしれない。
ひかりちゃんが悪い人だとは到底思えない。
もちろん芽愛ちゃんの言ったことが、嘘だという可能性が残っている。
でも芽愛ちゃんは、隠してた本性を剥き出しにした。
完全な悪人の顔。
(信じたとて芽愛ちゃんがクズだってことは変わらないけど、ひかりちゃんのことが信用できなくなる)
悪女が一人じゃなかったとしたら……。
そんなこと考えたくもない。
「あの、本当の本当に一翔の彼女になって利用してごめんなさい」
再び頭を下げる芽愛ちゃん。
「……もういいよ。別に俺はそのことに関してどうでもいいし」
この二度目の謝罪はなんとなく謝ってるわけじゃなく、心から謝っているように感じる。
(実は芽愛ちゃんって真面目な人だったのかな)
復讐に駆り立てられ、変わり果ててしまったんだろうか。
(って、これ以上ここにいたら芽愛ちゃんの味方になりそう)
とりあえずこの件は栞里と相談しよう。
「話は分かった。信じるかは別として、俺はもう行」
「あっれぇ〜?」
俺が席を立った途端、見知らぬ女性がまるでそれを止めるかのようにテーブルに身を乗り出してきた。
(なんだこいつ)
ピンク色の短髪。ひらひらとしたミニスカート。半開きの目。両手首には、リスカをしたあとがビッシリと残っている。
(こんなメンヘラ女俺の知り合いじゃないぞ)
「んっふはっひっ」
奇妙な声を出したメンヘラ女は俺のことを一瞥し、ぐるっと顔を芽愛ちゃんに向け……。
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