第8話 もう彼氏じゃないけど

 正直、俺たちのことを騙した芽愛ちゃんになにがあっても自業自得だと思う。

 でも動いたのは、俺がいじめられてた時に鏡で見た目と同じ目をしていたから。



 薄暗い路地裏。

 大通りから影になっている場所に二人がいた。


「大学で出会った男と二人っきりでファミレスなんて、あんた調子乗ってんの?」


 芽愛ちゃんの体を力ずくで壁に押し付け、俺といた時とは真逆の暗い声を発するメンヘラ女。


(止めるつもりできたけど、これってもしかして芽愛ちゃんのことを見定める絶好のタイミングなんじゃないか?)


 もし全て仕組んだことなら、変な素振りをするはず。


 幸い、ちょうど大通りと芽愛ちゃんたちから隠れることができるごみの山がある。


(ちょっと様子見するか) 


「な、ん、と、か、言いなさいよ!!」


「調子に乗りました。ごめんなさい。許してください」

 

「許すわけ無いでしょが。バカ」


「ごっごめんなさい」


「あんた、高校のときも思ってたけどただのクソ女よね。どうせ大学でも男から金銭を巻き上げたんでしょ?」


「こ、高校のときから奪ったりしてません!」  


「は? そういうところが調子乗ってるのよ。あんたが私に口答えする権利あるとでも思ってるの? クソでバカでもそのくらいは分かるわよね?」


「……分かります」


 このか細い声が本当に演技なのか?

 この威圧的な言葉が演技なのか?


 実体験がある身からしたら、演技だとは到底思えない。

 

「チッ。分かってるなら早く財布出しなさいよっ!」


「あっ」


 メンヘラ女は芽愛ちゃんから強引に財布を手に取り、中身を抜き取って暗闇へ財布を放り投げた。


「10万って……。あんたどんだけ男から金巻き上げてんのよ。この量はさすがのあたしも引くわ」


「これはバイトで稼いだお金! 色々振り込みをしないといけなくて、そのためのお金で」


「だから勘弁してって? 無理に決まってるでしょ」


「え、あ……」


 芽愛ちゃんの表情は暗闇でよく見えないが、声色から絶望の二文字を感じる。


(わかる。心が痛いほどわかる)

 

 ……正直、芽愛ちゃんが演技をしてるとは思ってない。


 もちろん俺のことを騙して、友人の彼女を寝取った最低な女だということは変わりない。

 喋ったことを信じるなんて無理。

 でも、この目の前で行われているいじめは本物だと俺は信じる。


 芽愛ちゃんが演技をしていないと思った上で、俺はまだ二人の間に止めに入らずゴミ袋の間にいる。


(助ける理由が見つからない)


 被害にあった俺が、その原因となった最低な女を助けるなんて意味不明だ。

 

(俺たちのことを好き勝手して、いじめられてざまぁみろ!)


 って思えたら楽になる。

 けど、思えないから未だ目を外さず助けにも行ってない。


 いじめを見ている俺もかなり最低な男だ。


(芽愛ちゃんと一緒にはなりたくない)


 そう思ったら、自然と体が動いていた。


「金を巻き上げてるのはどっちなんだよ」


 俺はメンヘラ女が手に持っていた10万円を奪った。

 

「!! なんのつもり」


 どうやらもうメンヘラ女は本性を隠すつもりがないらしい。


「こんな現場をみすみす見逃すことなんてできないってこと」


「かっかっ」


 餌を待つ鯉のように口をパクパクする芽愛ちゃん。

 

 俺は芽愛ちゃんのことを助けに来たんじゃない。

 いじめを止めに来たんだ。


「チッ。あたし、君みたいな人のことを邪魔する人大っ嫌い。早くお金返して? 言ってる意味わかるよね?」


「金は返さない」


「返せ」


「返さない」


「……あぁ?」


 メンヘラ女はヤンキーのように喉を潰した声を発して、俺のことを睨んできた。


 これは完全に標的が変わったな。


「君さ、モテないでしょ。……普通モテる男ってこんな女のいじめに入ってこないんだよねぇ〜。あーもしかして、芽愛のこと狙ってたのかな? だとしたらごめ〜ん。こいつはあたしの獲物だから」


「俺は芽愛ちゃんなんて興味ない。あるのはお前だけだ」


「ぷっぷぷぷっ! そんなことモテない平均以下の男に言われても心に響かないよぉ〜」


「心に響く? 冗談言うなよ。俺はただ、見下した女をいじめて金を巻き上げることを当たり前のようにするクズ以下の女に興味が湧いたんだよ」


「チッ」

 

 こりゃ挑発するの間違えたか?  


「君のこと、人生の中で一番嫌い」

 

「俺も」


「もうこれ以上関わりたくない。あたしの人生に入ってほしくない。だから、もうお金はいいや。……それと芽愛も」

 

 メンヘラ女は俺たちに目を合わせることなくゴミ袋を壁に蹴りつけ、大通りに出ていった。


(らしくもないことしちゃったな……)


「っ」


 後ろから微かに涙ぐんだ声が聞こえてきた。

 

 芽愛ちゃんが今どんな気持ちで、どんな顔をしてるのかなんて聞かなくても見なくてもわかる。

 

 聞きたくない。

 見たくない。


(俺は芽愛ちゃんのことを助けたいわけじゃない)


 むしろ地獄に落ちればいいのにと思う。

 

「かっかっかずっ……」


 俺は名前を呼ばれると思い、すぐさまわざと足音を立ててかき消した。


 芽愛ちゃんに感謝されるなんて、死んでもごめんだ。


 なのでメンヘラ女のように興味が失せたように、今にも泣きそうな芽愛ちゃんのことを無視してその場を離れた。



「なんなんだよ」


 俺が不満を口にしてドアを開けるのは我が家。

 今日は色々あったからベットでゆっくり休もうと思ったが……。

 

「おかえりっ!」


 うさぎの刺繍が入ったエプロンをつけた栞里が、俺を出迎えてきた。


「いやなんなんだよ」

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