ペロキャンと悪霊とブラコンと陰陽師
秋雨千尋
とあるこじらせたブラコンの心霊話。
今日、マフラーを買った。
寒さの厳しい師走に、小柄なあの人の首を守ってもらいたくて。
白い箱に入れてリボンを付けてもらう。
きっと今年も渡せないのに。
「あの、モデルの
店を出たタイミングで女の子に声を掛けられた。
愛想笑いを浮かべて一緒に写真を撮る。
プライベートでは避けて欲しいけど、ファンは大切にしないと、すぐに炎上してしまうから。
僕は
代々続く陰陽師の家系に生まれた次男。神童と呼ばれた兄と比べて、わずかな霊力しかない。
小さい頃は“見えるだけ”なのが災いして霊の類に何度も殺されかけた。
でもイヤな思い出ってワケじゃない。
いつも兄さんが飛んできて助けてくれたからだ。
「まったく
足をやられた時は家までおんぶで運んでくれた。
夕焼けがキレイで、兄さんの背中は温かくて、痛みはどこかに消えていった。
条架家は長男至上主義。
兄はステーキ、僕はメンチカツ。
兄は特注のランドセル、僕は市販品。
いつも親指サイズの飴しかもらえなかったから、兄のペロペロキャンディが羨ましくて、ずっと見ていた事を覚えている。
親族の集まりが嫌いだった。みんな僕のことを見ていない。要らない子だと言われてるみたいで。
「
みんなの注目を集める兄さんが、屈託なく笑う。手招きされる事で、ようやく居場所ができていた。
「君かっこいいね、芸能界とか興味ない?」
成長期を迎えた僕は高一で百八十センチになっていた。スカウトされるままに事務所に所属して、モデルを始めた。最近はテレビにも出ている。
視線を向けられるのが嬉しい。
霊力が弱くても必要とされている事が幸せだ。
「
親戚のおばさん達の見る目が変わった。
兄さんとは違う生き方をする、それで上手くいくと思ったのに。
「なあ、
尊敬していた兄さんの欲にまみれた頼み事に、ひどくガッカリした。
だから、少しだけ意地悪を言いたくなった。
「モデルはみんな背が高いから、兄さんじゃ恋愛対象にならないと思うよ」
それ以来、連絡がとれていない。
すぐにメールで謝ったけど返事はなく、電話も繋がらない。毎年買っているクリスマスプレゼントは今年もまたクローゼットで眠るのだろう。
兄さんに褒めて貰いたかった。
凄いじゃないか、頑張ってるなって、そう言って欲しかった。テレビの裏側とかも聞かれたら全部話そうと思っていたのに。
吐く息が白い。
駅まで向かう途中にある公園で、ザワザワと肌をつたうイヤな気配がした。ヤバイ奴がいる。絶対に振り向いちゃダメだ。
「SURUくぅん……」
聞こえないフリをして歩く。祓う事ができない以上は逃げるしかない。
声はだんだん近づいて、耳元に息がかかる。
「ねえってばあ、アたし一人じゃ寂シイの……」
冷たい指が首にかかる。
曲がりくねった黒髪が腰に絡み付いてきた。
寒気がする。息がしづらい。
「雑誌デビューした時から応援シテるのよ、一緒にイッテクレルヨネ?」
あ、これは無理だ。
兄さんに電話……と取り出した携帯を、髪の毛に奪われた。
「もうイラナイでしょ?」
目の前でグシャリと潰される。
仕事用のスマホとは別のプライベートのガラケー。
お揃いで買った勾玉のストラップを付けていたかったから、ずっと使い続けていたのに。
何かがブチリと音を立てて切れた。
「好みじゃない。ひとりで逝け、悪霊」
身につけて霊力を貯めてきた短刀を鞄から取り出し、すぐ後ろの存在に突き刺した。
悲鳴と共に髪の毛が離れる。
急いでその場を走り去る。追いつかれてはならない。走って走って、駅まで、人気のある場所まで。
「そんな……」
どんなに走っても公園から出られない。
もう足が動かない。
髪の毛がまとわりついてくる。
終わりだ。
兄さん、せめて最後に謝りたかった──。
「みぃつけたー」
「あーハイハイ。こっちも見つけたよ」
念仏を唱える声が響き、体がフッと軽くなった。
悲鳴を上げながら夜空に魂が上がって行く。
「兄さん……」
「まったく
「どうして、助けてくれたの」
「んーずっと考えてたんだ。なんでお前があんな悪口を言ったのか。最近やっと分かった。食べたかったんだな?」
「え、は?」
「思い出したんだよ。お前が俺のアメをすげー目で見ていたこと」
「兄さん?」
「食いもんの恨みは怖いよな、俺もお前も悪かったってことで。仲直りしようぜ、今から腹いっぱい食わせてやるからさ!」
兄さんが手をかかげると、空から棒のついたグルグル巻きが大量に現れた。この日、ペロペロキャンディの雪が降り積もった。
終わり。
ペロキャンと悪霊とブラコンと陰陽師 秋雨千尋 @akisamechihiro
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