第25話 電子政府受注
畠山由紀の入社は企画第2グループにとっても、よいきっかけとなった。
畠山由紀が中川智之の考える電子政府がいかに脆いものなのか訴えることによって、より現実的になった。チャットだけではダメで、相談窓口の拡充、そこへ訓練事業も用意しようというものだった。相談パートナーには、保育士、介護士、精神保健福祉士、社会福祉士といった資格の持ち主に一定の訓練を受けてもらって、従事してもらおうというものである。これらの仕事は資格を持っているが、仕事のきつさになじめず、辞めてしまう人が多いのが現状である。新たに相談パートナーという国家資格を設ける移行期間中は今ある資格の持ち主に頑張ってもらおうというものだ。
ふみ子達が入社して2か月ほど経ったある日、太田晃一が暗い顔をして、役所回りから帰ってきた。ふみ子が理由をたずねると、太田晃一は理由を説明した。
「高田さんの会社が電子政府の受注をきめたようなんだ。俺たちより、大幅に予算が少ないようだ。それに、役所で偶然、青野さんと黒田さんの姿もみたんだ」
「青野さんと黒田さん、高田さんと別れてなかったんですか」
ふみ子は久しぶりにきく名前に驚いた。
「うん。そのようだな。青野さんと黒田さんに接触を図ってみることにするよ」
ふみ子達、第2企画グループの面々は受注がうまくいかなさそうという予見から暗くなったが、まだ、受注できないと決まったわけじゃないので、普段通り、粛々と自分たちのできることをやり通そうという風に励ましあった。
それから、1か月ほど経った頃、電車の中吊り広告の見出しにふみ子の目が釘付けになった。
――― 電子政府受注をめぐる性接待にうつつをぬかす官僚たち ――――
ふみ子は中吊り広告を出してあるスクープ雑誌を買った。青野さんと黒田さんが目のところにモザイクがかかり、仮名で高田社長を告発してある記事だった。記事によると、青野さん(記事ではA)と黒田さん(記事ではB)さんが高田社長の命令で、官僚に性接待をした。理由は高田社長の会社の資本は海外ファンドからが中心だった為、NGを出され、その撤回を求めるために性接待をしたというものだった。
出勤すると、相田陽菜も同じスクープ雑誌を持っていた。そして、二人で笑いあった。
「太田さん知っていたのかな?あるいは太田さんがこれを雑誌社にスクープさせたのかな」
「うんうん。太田さんなら、やるかもしれない。二人に接触を図ってみるって言っていたから」
太田晃一が会議室に現れると、相田陽菜は早速、太田晃一にきいた。
「俺が知っていたかだって?知っていたよ。二人を尾行させていたからね。でもね、決心したのは彼女たちだぜ。俺が接触を図ると、助けてくれって言われてね、助ける条件として、全部話させることにしたんだ。性接待は辛いだろ。それと、スノーホワイトは高田社長の奥さんだったよ。高田社長の奥さんと話しているのを青野さんがきいたらしい。受注が決まれば、あの二人は切り捨てられる予定だったから」
その事件が契機になり、国会でも問題になった。そして、高田社長の会社がなぜ予算が少ないかというと、高田社長の目指していたのは、政府側の方向からの一方的な電子政府の在り方で、市民から意見を吸い上げ、それを政府の在り方にも影響させるためには双方向で行う必要があるという意見もあったのに、なぜ、高田社長の会社に決めたのかという議論になった。
接待された官僚は懲戒免職になり、高田社長の会社も破産に追い込まれることになった。
ある日、太田晃一が明るい顔をして、会議室に現れた。
「皆さん、報告があります。俺たちのモデルが電子政府の事業として、受注することになりました。来月から、新会社になります」
「本当ですか?」
ふみ子は太田晃一に聞き返した。
「うん。冗談でも、妄想でもない」
太田晃一は胸に手を当てて答えた
ふみ子と相田陽菜はハイタッチして喜び、畠山由紀と中川智之は握手をして喜んだ。
「8月13日、俺の筑波の家でバーベキューをしようよ。ペルセウス座流星群をみようぜ。毛布はあるから、皆で泊まりにおいで」
中川智之が提案すると、皆、行くと答えた。
8月13日の約束の日、太田晃一の車で中川智之の家に行った。運転は上野から畠山由紀だったので、ふみ子は何度も「ゆっくりね」と言った。相田陽菜はその言葉にうんざりした顔になったが、それは、畠山由紀の運転を知らないからだと、ふみ子は心の中で自分に言い聞かせた。
バーベキューをして、夜も更けたころ、ふみ子は流れ星をみつけた。そして、占い師の言葉を思い出した。「流星流転」今日は最後の機会かもしれない。中川智之に自分の気持ちを伝えてみようと思った。
「あの、ダイジン、私、あなたのことが好きです。私の気持ちを受け取ってください」
ふみ子は勇気を出して言った。
「悪いけど、俺、他に好きな人がいるんだ。気持ちは嬉しいけど、君のことは友人としてしか思えない」
中川智之の返事にふみ子はがっくりきた。そして、落ち込み、何度もため息をついて、一人で縁側に座っていると、太田晃一が隣に座った。
「誰かに捨てられたのか?何度もため息をついていると、ため息の多い人生になっちゃうぞ」
その太田晃一の言葉にまた、ふみ子はため息をつき、自分の気持ちを話した。
「そうです。中川さんに告白して、振られました。バカでしょ」
「自分のことをバカだとわかっている人はバカじゃない。捨てる神あれば、拾う神あり。中川さんは俺のみるかぎり、畠山さんにぞっこんだな。あの二人、美男美女だろう。似合いのカップルだ、喧嘩ばかりしているけど、あいつら、このままゴールするんじゃないかと思っている。で、俺たち、俺たちも美男美女じゃないが、似合いのカップルだと思わないか?返事は急がない。考えてくれ」
太田晃一はそう言うと、ふみ子の肩をポンポンと叩いて、相田陽菜をからかいだした。
ふみ子の思考はストップした。太田晃一のことは恋愛感情でみていなかったが、確かに、高田常務の一件といい、今回の受注の件も、頼りになる存在だった。そして、太田晃一のことを嫌いじゃないということがわかった。中川智之には、はっきり振られ、畠山由紀のことを考えると、自分に振り向いてくれる可能性はゼロである。
ふみ子は眠れず、目の下にクマをつくっていたのを、翌朝、相田陽菜に笑われた。
「中川さんのことはあきらめなさい。あんたは太田さんにしなさい。昨晩からみていたけど、中川さんは畠山さんにぞっこんじゃない。あんたは、畠山さんを自分に振り向かせておいて、その隙に中川さんとどうにかなろうとしていたみたいだったけど、そんな策略は生真面目な中川さんには通用しないって」
「そうそう、いいことを言うね、相田さん。応援、サンクス。そう、捨てる神あれば、拾う神あり、来週、俺とデートして決めればいいさ。来週土曜日の10時に上野で待っているからさ。俺と初デートしよう」
太田晃一は相田陽菜との会話にいつの間にか入り込んできて、初デートの申し込みをした。ふみ子は断らず、「はい」と返事した。
約束の日、ふみ子はおしゃれに余念がなかった。そんな自分をおかしいと思った。あんなに中川智之のことばかり考えていたのに、今は太田晃一のことが気になる。
占い師のおばあさんの言ったことを思い出した。努力しなければ、天劫はかえられないと・・・高田常務や中川智之は外見をみて、好きになったのではないかという反省。自分をここまで尽くしてくれる人を振って、中川智之の心変わりを待つというのは、自分にはできそうにないと思った。太田晃一の好意に甘えるのも、人生ではないか。デートしてみて、結論を出そう。
湘南の海にドライブに行き、二人の時間は穏やかに過ぎ、夕焼けにみとれた。
「これでよかったんだ」
ふみ子が幸福を感じた瞬間、太田晃一の唇がふみ子の唇を覆った。
――― おわり ―――
流星流転 沙羅双樹 @sara_andromeda
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