後編

   

「……という出来事があったんだ。びっくりだろう?」

 私が一通り語り終わると、まずは一番の古株が口を開いた。

「その少女は、おそらく幽霊だろうな」

 他の仲間たちも口々に騒ぎ立てる。

「凄いな、お前。幽霊を見るなんて」

「幽霊って、本当にいるんだな」

「俺も見てみたいぜ!」

 そんな中、私は自分の知識を再確認する。

 幽霊とは、実在の証明されていない概念だ。成仏できない死者が、この世をさまよう姿だという。

「だとしたら、あの少女は既に死んでいたのか? 生きた人間ではなく……?」

 呟く私に対して、先ほどの古株が軽く笑う。

「馬鹿だなあ、お前は。ちょっと考えればわかるだろ? 今の時期、普通の人間があの堤防に行けるはずないじゃないか。俺たちドローンと違って、人間は飛べないんだぜ」


 言われてみれば、当然の話だった。

 異常気象で地球の海がほとんど消滅してから、既に数百年。総人口も極端に少なくなり、AIつまり人工知能が管理しなければ人類は滅亡する、というレベルにまで低下していた。

 AI搭載の自律型ドローンである私は、同じタイプのドローン仲間と共に、かつて海辺だったこのエリアを担当。人類が平和だった頃の暮らしを再現するために、夏の間だけ人工的に海水を用意したり、磯や砂浜を整備したり、魚を放流したりしている。普段は繋がっていない堤防を人間の居住区域と接続させるのも、その一環だった。

 なるほど、確かに「今の時期、普通の人間があの堤防に行けるはずない」というのは明らかであり……。



 その後。

 夏以外の時期、つまり人間が来られないような期間も、私はあの堤防を頻繁に見回るようになった。あの少女に再び会いたい、という気持ちが私の中に芽生えたらしい。

 しかし、あれ以来一度も見かけることはなかった。

 もしも本当に彼女が幽霊だったとしたら、もう成仏してしまったのだろうか。あの時あそこで波の音を聞いたことで、この世に未練がなくなったのだろうか。

 ならば、よほど特別な波の音だったに違いない。彼女が聞いたのと同じ波の音を、いつか私も聞いてみたいと思う。




(「君が聞いた波の音を私も聞きたい」完)

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君が聞いた波の音を私も聞きたい 烏川 ハル @haru_karasugawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ