エピローグ ここで生きるために

 草が生え放題だった中庭は、ビオラの頑張りもあって、人が十数人ほど入れる状態になっていた。

 訪れた村人たちは持参したシートを広げ、お茶の用意を始めている。

 皆を前に、ビオラは緊張した面持ちで立った。その真横に座るシルバが、心配そうにその顔を見上げた。


「お茶会の前に、皆に見てもらいたいものがあるのじゃ」

「朝言っていたことかい?」

「もしや、その格好も関係してるのかい?」

「もっと可愛い服があるだろうに」

「……説明が難しくての。まずは、見ていてたもれ」


 俺のチュニックを着たビオラは困った顔で笑うと、魔法陣を跨ぎ、その中央に立った。


「ラス、始めてたもれ」

「……良いんだな?」

「うむ。ためじゃ」


 ポシェットから出した鏡を握りしめ、ビオラは頷いた。

 魔法陣の前に立ち、腰に挿している杖を抜いて振れば、接合部分ジョイントがカチリと音を立てる。

 準備は万端だ。後は、俺が詠唱を唱えて鏡の鍵を解けばいい。


「こんな手の込んだ魔術、タダで見せるのはもったいないんだが」

「なんだ、魔法を見せてくれるのか!」

「ラスはいつもケチって見せやしないからね」

「マリーさんは良く招待してくれたんだよ。ほら、雨の日の星空は凄かったじゃないか」

「アドルフも色々見せてくれたよな!」


 やんややんやと騒ぐ村人たちに、思わず苦笑をし、ビオラと顔を見合う。

 すっかり忘れていたが、母や師匠は、ちょっとした魔法を披露して、村の連中を楽しませていた。だから、彼らはこうして魔法を見ることに何の疑問も感じないのだろう。


 俺の横に座ったシルバは尻尾をパタンパタンと床に叩きつける。まるで、さっさとやってしまえと、催促しているようだ。

 受け入れられるかどうかは、やって見なきゃ分からないよな。

 

「ビオラのたっての願いだから、見せるだけだ。本当なら、金をとる大魔術だぞ!」

「そんなこと言っておいて、ショボかったら許さないよ!」


 賑やかな村人たちに釣られ、緊張していたビオラの顔に笑顔が戻った。

 

「始めるか」


 もしダメならその時考えよう。今は、を見せようじゃないか。

 口角を上げ、杖の先端で床を叩いた。

 銀の粉をまとった光が浮かび上がる。


「深淵に流れるは命の拍動はくどう、あまねく空を渡るは清浄なる命の歌──」


 魔法陣から浮かぶ白銀の光が、まるで脈打つように波打ち始める。その中で、ビオラは瞳を閉ざして鏡を握りしめた。

 俺の言葉に導かれるように、窓から風が吹き込んだ風は魔法陣へと集まり始める。

 

てつく黒の大地に、注がれし命は魔女の祈り」


 こんこんっと床を叩けば、魔法陣の周囲から青い光が立ち上がった。

 風が青い光を巻き上げて魔法陣の周囲を覆っていく。その姿はまるで、ビオラを覆う蔦の籠のようだ。


「芽吹く青き花は、魔術師の願い」


 蔦のいたる箇所に、名もなき花が咲き始めた。

 

「赤と白の風にいざなわれ、散りし花は大地に戻る」


 俺の声に呼応するように生まれたのは、熱をはらんで輝く赤き風だ。それは青い花を散らしながら、ビオラを包む籠を覆っていく。

 風が混ざりあう。

 全ての光が合わさり、ビオラを包む輝きは淡いすみれ色へと変わっていった。


「命は縷々るると廻る」


 杖の先を魔法陣に突き刺すと、菫色の光が膨らみ、はじけ飛んだ。

 キラキラと降り注ぐ粒子の中で、ビオラが瞳を開くと、中庭から歓声が上がった。


「培われしその輝きを、あるべき場所へと送る」


 銀の鏡が輝いた。それを胸に抱いたビオラは、俺を一度振り返り、にこりと笑った。

 小さな口が、ゆっくりと「ありがとう」と動く。

 

「我は時を紡ぐ者、ラッセルオーリー・ラスト!」

 

 杖の先が魔法陣に飲み込まれ、力を込めて回せば、カチリと音が鳴った。

 鍵は開けられた。

 鏡から赤い光があふれ、ビオラを包み込んでいく。


 中庭から、ビオラを心配して呼ぶ声が次々に上がった。


 輝く光は固く閉ざされた蕾のように見えた。

 それは魔法陣の上に浮かび、ゆっくりと回転しながら開いていく。その姿は、まるで開花する薔薇のようにも見えた。

 シャン、とどこかで鈴の音が鳴った。


「──ビオラ」


 赤い花びらが霧散し、白い爪先が床に降り立った。

 姿を現した少女が笑った。

 俺の横で大人しくしていたシルバが飛び出し、その白い足にすり寄ると、白い手がそのふさふさの毛を撫でた。

 一歩、二歩と、俺の方に近づき、そして──


「このが……これでは、足りぬ!」


 いつだか聞いたような気がする台詞を言って、ビオラは赤い唇を尖らせた。

 その姿は十二、三歳だろうか。

 俺を見上げたビオラは腰に手を当て、どういうことだ説明しろと言わんばかりに詰め寄ってきた。


「これでは、大人とは言えぬ!」

「くくっ……そうだな。やっぱり、石一つじゃそんなもんか」

「んなっ!? 分かっておったのか!?」

「さーて。それより、お前は説明が必要そうだぞ」


 中庭を指さすと、少し成長したビオラはハッとして振り返った。

 そこでは、茫然ぼうぜんとした村人たちが、口を開けて立ちすくんでいる。


「ビオラちゃん、その姿は……」

「本当の妾は、もっと大人なのじゃ。でも……色々訳があっての。幼女になっておったのじゃ」

「大人? でも、まだ子どもだ」

「それは、ラスがじゃからだ! 本当なら、元の姿に戻るところを見てもらうはずだったのに」


 ぷうっと頬を膨らませたビオラをみて、誰かが小さく噴き出して笑った。


「そうか、ラスがか!」

「そりゃいいね!」

「ビオラちゃん、あんた、大物になるよ!」


 次々に笑い声が上がり、目に涙を浮かべて笑うエッダが俺たちを手招いた。


「お茶にしようじゃないか。二人とも、こっちにおいでよ」

 

 顔を見合った俺たちは、どちらともなく笑った。

 

 そのうちここには師匠も帰ってくる。エイミーも一緒だろう。

 もしもの時は、店は二人に任せて旅に出よう。

 そう思っていたが、どうやら取り越し苦労だったようだな。


「──ラス!」


 ビオラが俺を呼び、手を引っ張った。

 嬉しそうな笑顔を向けられたら、少しくらい、サービスをしてやっても良いかって気になるな。


 口角を緩めた俺は、杖の先で中庭を指し示した。

 ビオラの視線が向けられた瞬間、雑草だらけの中庭に花々が咲き乱れた。

 次々に花の芽が開き、ポンポンっと音を立てていく。


「……時の、魔法?」

「さぁてな」

「やっぱり、使えるのじゃな!」

「魔力の使いすぎで、腹が減ったな。エッダ、俺にもそのスコーンをくれ!」

「ラス、話をそらすでない!」


 まとわりつくビオラを無視して中庭に出ると、村人たちが俺たちを囲んだ。


「ラス、さっきの魔法は何だい?」

「今、花を咲かせただろう?」

「なぁ、ラス──」


 次々に俺を呼ぶ声が重なった。


「これ以上は企業秘密だ。知りたければ、それなりに金を積んでもらわないとな」


 にっと笑うと、ビオラが「この守銭奴魔術師が!」と叫んで俺の背中に飛びついてきた。


------------------END------------------


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


ビオラちゃん、大人には戻れませんでしたが、ひとまず完結です。これからラスと時間を重ね、さらに様々な経験を魔力に転化して、いつか大人へと戻ることでしょう。

そして、ビオラの恋心がラスに伝わると良いのですが……


その話は、いつかビオラ視点の恋物語で書けたらと思っています。


次回作は「嫁入りからのセカンドライフ」中編コンテストに参戦予定です。

久々の恋愛モノです。

これからプロット組みます。何としてでも間に合わせます!ので、お待ちいただけましたら幸いです。


最後まで、お付き合い、ありがとうございました。


2023/7/8 日埜和なこ

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守銭奴魔術師と暴食の魔女~俺が信じるのは金だけだ!金のためなら、伝説の悪女も守ってみせる~ 日埜和なこ @hinowasanchi

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