14-14 新しい一歩を踏み出す前に

 女達の中心にいたエッダが、俺の後ろに隠れて様子を見ていたビオラに気づいた。

 

「ビオラちゃん、おはよう」

「おは、よう……皆には、迷惑をかけたの」


 少し顔を出したビオラが言うと、エッダは目見開いた。村人たちも驚いたと言わんばかりに一斉に黙り、顔を見合わせる。


「何を言ってんだい、ビオラちゃん?」

「子どもが迷惑をかけるのは当たり前のことだよ」

「その後ろを追いかけて、心配するのが大人の仕事だから、気にしちゃダメだよ」

「うちなんて、家の中いつだって嵐の去ったような有様だよ」

「うちのトマスも同じだよ。でもさ、そうして大きくなっていくもんさ」


 そう言って笑ったエッダが、ビオラの頭をそっと撫でた。

 ガキの悪戯とビオラのやらかしたことでは、だいぶ差があるように感じるが、エッダ達にしてみれば同じ子どもの失敗なんだろう。

 そう考えると、ビオラのしりぬぐいをするのは、親も同然の俺な訳か。


 女たちの笑顔が、俺に向かってきた。ちゃんと教育しなさいよと言わんばかりだ。

 

「魔法のことは分からないけどさ、少しは頼ってくれて良いんだよ」


 エッダの言葉に、女達だけでなく誰もが頷いた。

 

「……もしも、妾は大人だと言ったら……どうする?」


 真剣な顔で尋ねたビオラに、村人たちはお互いの顔を見合わせると、再び俺を見てきた。

 変な疑惑を持たれては困るが、こればっかりは口の出しようがない。ビオラ自身が打ち明けなければならないことだ。


 俺とビオラが黙っていると、側に歩み寄ったエッダが腰を下ろした。

 小さな手が、日に焼けた大きな手で包まれる。

 

「それなら、一緒に葡萄踏みをしてもらおうかね」

「葡萄踏み?」

「収穫祭の催しだよ」

「それは良い! 今年の収穫祭の手伝いをしてもらおう!」

「祭りでは人手がいくらあっても足りないからね」

 

 陽気な女たちの笑い声が上がった。


「訳ありなんだろうけど、子どもだろうが大人だろうが、ビオラちゃんはビオラちゃんだよ」

 

 目尻にしわを寄せて微笑むエッダを見つめていたビオラは、顔を上げ、村人たちを見渡す。


「ラス、頼みが──」

「お前の好きなようにやれば良い」

「良いのか?」

「まぁ、しな」


 頼みとやらは、成長するところを見せたいとか、自分が何者か話したいとか、そういうことだろう。


 この先、隠し通すにも、限界はあるからな。

 全て伝えれば良いかは難しいところだが、さすがに、この場で全部話すような短絡的行動には出ないだろうが。

 俺の前に出てきたビオラは大きく息を吸うと、口を開くと──


「皆に、見せたいものがある」


 俺のチュニックの裾を握りしめ、声を大きくした。


「昼を過ぎたら、もう一度来て欲しい! 妾が……ために、皆に、知ってもらいことがあるのじゃ」


 突然の申し出に、集まった面々は不思議そうに顔を見合った。

 

「急で悪いな。用事もあるだろうから、来られるならで構わない。ビオラの我が儘に付き合ってくれないか?」

「あたしは、昼過ぎなら問題ないよ」

「お茶の時間に合わせるのはどうだい?」

「それなら、私はパンを焼いてくるよ」

「だったらバターとジャムは、うちで用意しようかね」

「昨日、作った栗の甘煮を持ってこようか」


 いつの間にか、午後のお茶会に話がすり替わり始めた。これも、陽気な村人達にはよくあることだが、ビオラは呆気にとられている。

 

「女たちはお茶が好きだな」

「そういうことなら、今日は休みにするか!」

「昼までに出来る仕事もあるだろう。あんたはサボることばかり考えて、どうしようもないね!」


 笑い声が広がった。

 緊張の残る面持ちでビオラが俺を見上げた。


 彼らがビオラの言葉をどう受け取ったかは分からない。今は好意的だとしても、真実を伝えたらと考えたら不安にもなるだろう。

 こればかりは、気安く大丈夫だと言えないからな。


 ビオラの頭を軽く叩いていると、エッダが意味深な笑みを向けてきた。


「それじゃ、また午後に来るよ。さぁさぁ、皆、昼までに出来ることは片づけるよ!」

 

 帰っていく村人たちの最後尾で、振り返ったエッダが手を振った。

 何か誤解をされているような気もするな。

 

 それから工房に戻り、再び床に向かって魔法陣を書き込んでいると、中庭に面した大きな窓を見ていたビオラが俺を呼んだ。

 窓の向こうでは庭木が伸び放題になっている。

 お世辞にも綺麗とは言えない庭には、師匠が使っていたベンチやテーブルも、雑草に埋もれているような惨状だ。


「どうした?」

「この窓、開けても良いか?」

「構わないが」

「ひとまず、村の者たちには庭へ入ってもらおうと思うての」

「あぁ、そういうことか。工房ここに入るのは危ないしな。良いんじゃないか?」

「そうと決まれば、庭掃除は妾に任せて、ラスは魔法陣の準備を頼むぞ!」


 俄然やる気に満ちたビオラは、窓を開けると外に出る。

 きょろきょろと辺りを見渡すと、雑草に埋もれるベンチにも気づいたようだ。それを触るとこちらを振り返った。


「ここも、もっと花をいっぱいにしたいの!」

「お前の好きにしたらいいさ」


 頷くビオラに背を向け、俺は再びチョークで文字を書き始めた。

 後ろでガサガサ音がする。


「なぁ、ビオラ……」

「何じゃ?」

「もしも……いや、何でもない」


 もしも、村人たちがお前を拒絶をした時は──そう尋ねるのを止め、俺は再び床にチョークを滑らせた。

 そん時はそん時だ。

 

「変なラスじゃの」

 

 俺が何を言いかけたのか、分かっているのかもしれない。

 ビオラは小さく笑うと、庭の掃除を始めた。

 部屋には陽射しが差し込み、銀とセージの粉が練り込まれたチョークの文字が、キラキラと輝いていた。

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