14-13 「嘘は……辛いの」

 クリームチーズで作った甘いソースをかけたパンケーキに、これでもかとホイップクリームを添える。さらに、冷やしておいた梨のコンポートを添えてラズベリージャムをかけると、そこらの店に負けず劣らずな一皿が出来上がった。


 ビオラの目がキラキラと輝いている。

 これだけ砂糖をふんだんに使ったものを食べても、太る様子は微塵もない。それもこれも、暴食の力の影響らしいんだが、世の子女が知ったら羨ましさで大騒ぎになるだろうな。


「ラスのパンケーキはどうしたのじゃ?」

「朝から生クリーム増しは遠慮する」


 フライパンにソーセージを並べ、その横で目玉焼きを作る。その間、少し余らせておいたクリームチーズを牛乳で伸ばし、焼いておいたパンケーキにかける。さらにサラダを添え、焼けたソーセージと目玉焼きを載せ、仕上げに粗びきこしょうをかけた。

 朝食にもピッタリな一皿を見て、ビオラの顔がさらに輝いた。


「それも美味しそうじゃ!」

「ほら、スープ持っていけ」

「ハーブティーの方が良いの」

「せっかく作ってもらったスープだろ。無駄にするな」

 

 俺が寝ている間に、村の奴らが色々と用意をしていったらしい。保冷庫の中には、数日は料理をしないでも困らないように物が詰められている。


「ハーブティーは食後に煎れてくれ」

「──うむ! 今日はハイビスカスとローズヒップが良いの。レモンバームも加えようか?」


 頼まれたことが嬉しいのか、機嫌よく椅子に座ったビオラはハーブの名を口にしながら小首を傾げた。


「任せるが、個人的にはレモングラスの方が好きだな。ペパーミントを少し入れるのも良い」

「ふむ。なら、レモンバームでも良かろう。あれもレモンの香りがするミントじゃ」

「香りだけならそうだが、レモングラスは酸味が丁度いいだろ?」

「酸味は、ハイビスカスとローズヒップで十分じゃ」

「そこのバランスが問題で──」


 そんな話をしていたら、いつまでたっても食事にならないと気付き、俺たちは顔を見合わせて笑った。


「今日はやることも多い。さっさと食うぞ」

「うむ……すべての命の重みに感謝し、我が魔力の糧となるものに祝福を」


 胸の前で瞳を閉ざし、変わらぬ祈りを捧げたビオラは、フォークを手にすると嬉しそうに朝食を頬張り始めた。


「今日も、ラスのパンケーキは絶品じゃの」

「そりゃ良かった」

「昼食はスコーンが食べたいの」

「そんな暇はないな」

「そうか……残念じゃの」

「明日、焼けば良いだろうが。昼は、サンドイッチだ」

「サンドイッチも好きじゃ! 挟む食材は、妾が用意しようぞ」

「あぁ、任せる」


 他愛もないことを話しながら食事を続けていたが、会話が途切れ、ビオラが手を止めた。

 皿の上のパンケーキは、まだ半分ほど残っている。


「どうした?」

「……ラスは、妾が成長しても、こうして一緒に食事をしてくれるかの?」

「何だよ急に。なままだろうが、大人になろうが、お前がここにいたいなら飯は一緒に食うもんだろう?」

「……そうか。そうじゃな!」

 

 ほっと安堵したビオラは、柔らかい梨のコンポートにフォークを刺すと、再び何か思い至ったようだ。形のいい眉が寄せられ、小さな皺が刻まれる。

 

「村の皆はどうじゃろうか? ジョリーとリアナは、話せばわかると思うんじゃが……」


 受け入れてもらえるだろうか。

 不安がよぎったのだろう。ビオラは再び硬直して考え出した。


「……話した方がいかの?」

「それは、お前が決めることだな」

「妾が決めること?」

「幼いビオラがいなくなって、大人のビオラがここで生活を始めたら、村のヤツらは騒ぐだろう。騒がれないように、嘘の経歴や事情を用意することも出来るが……」


 どのタイミングで説明をするかは、ビオラ次第だ。

 幼いビオラは、親元へと帰ったことにすることだって出来る。ビオラが望めば、旅に出ることだって可能だが、それは最終手段だろう。


「嘘は……辛いの」


 サラダにフォークを刺したビオラが、ぽつり呟いた。

 

***


 裏の工房で魔法陣を床に描いていると、店の呼び鈴が鳴った。

 今日は店を開けていないし、無視しても良いかと思ったが、来客は諦めずに何度も呼び鈴を鳴らしている。よほどの急用だろうか。


 壁際の椅子で何やらスケッチをしていたビオラが俺を呼んだ。


「ラス。妾は急いでおらんからの」

「あぁ……村の婆さん達かもしれないし、見てくるか」

 

 指についたチョークの粉を払い、足早に店に向かった。その間も、何度も呼び鈴が鳴らされていた。


「今日は、休み──」


 そう言いながらドアを開けると、案の定、そこには村の女を中心としたいつもの連中がいた。


「ラス、動けるようになったようだね!」

「飯は食べたかい?」

「スコーンを焼いてきたよ」

「ワイン持ってきたぞ。これを飲めば気合が入るだろう!」

「キノコがたくさん採れたから、オイル漬けにしたんだよ。貰っとくれ」


 一斉に話し始め、差し入れを出す村人たちに、俺は顔を引きつらせた。

 毎度のことながら、ありがたいが騒々しいな。

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