14-12 マージョリーの魔術と鏡の役割
ビオラの指が触れる五つの石は、ジョリーが持ってきた白の魔法石だ。
この界隈で最も手に入りやすい石で、石が持つ魔力も
左から数えて五番目の石の上で、ビオラの指が止まった。
「
その問いに、俺は口角を上げた。
「五つの石は、白で充分だったんだ」
「……どういうことじゃ? この鏡にあるべき封印石を見つけて当て嵌めてから、解除するのではないのか? この石は──」
「それに俺は何一つ、手を加えていない」
驚きに目を見開き、俺の顔をまじまじと見たビオラは、再び鏡を見る。納得していないようだ。
「その鏡は、お前が成長するのに必要な魔力を貯める仕組みになっているんだ。石は、その貯まり具合を表すためのものだ」
「魔力? そうか、それで妾が幼いままだから、ラスはこの鏡に森の魔力を一時貯められると考えたのじゃな?」
ビオラの推測に頷いた。
実際、五つの石の中で染まっているのは一粒だけだ。となれば、ビオラを本来の姿に必要な魔力はまだ足りてないことになる。つまり、鏡には他のものを封じるための余白があると考えた訳だ。
「しかし、この宝石一つ分で、どのくらいの魔力がたまったのじゃ? 白の魔法石では高が知れておるのではないか?」
「どうだろうな。魔力を貯めているのは強化されてる鏡だからなんとも言えないな。それに、お前を成長させるのに必要なのは、魔力だけじゃない」
「魔力だけじゃない?」
そうだ。俺とビオラ二人で貯めた魔力を使って成長を試みたのが失敗したのは、そもそも、マージョリーの魔術という壁が存在していたからだ。
かかる魔法が複雑であればあるほど、それを解除したり新たに術を重ねるのは難しい。
ビオラが時の魔法で時間を戻されたのは、身体と魔力だけだ。記憶を残す選択肢を選んだことで、マージョリーが施した魔術は複雑になったともいえる。その解除の鍵となるのが──
「経験だ。お前が持つ
「……経験?」
「マージョリーのいう、王城にいては出来ない経験、一人の女の子として楽しむ人生……そんなとこだろう」
「そんなもの、どうやって判断するのじゃ?」
困惑の表情が向けられ、思わずため息をついた。
そうかと言って納得するのは難しいよな。俺だって、経験なんてものをどうやって計っているのか、さっぱり分からない。掻い摘んで仕組みが書かれたマージョリーの手記を何度も読み返したが、半信半疑のままだ。
「鏡だ」
「鏡? 鏡が何だというのじゃ」
「お前が目で見たものが、そのまま鏡に記録されるんだと」
「妾が見たものを記録……なんじゃそれは。随分と悪趣味な仕組みじゃの」
「おいおい、仮にもお前の師匠が作ったものだろう?」
「じゃが、悪趣味じゃ! 妾の日々がこの中に……」
「何、焦ってるんだ? そういえば、その記録を見る方法もあるって書いてあったな」
「ぬあぁ!? 見てはならぬ!」
鏡に手を伸ばすと、真っ赤になったビオラは、それを抱えて俺から少し離れた。
別に、ムキになって見たいもんでもないが、そう嫌がられると、ちょっとばかり覗いてみたくなるもんだな。
さらに手を伸ばそうとすると、シルバが指に噛みついてきた。今は甘噛みだが、これは手を引かないと本気で噛むぞという意思表示だろう。
「シルバ、よくやった!」
「すっかり仲良しだな、お前ら……まぁ、見なくて問題はないけどな」
「して! 妾の記憶を師匠はどうするつもりなのじゃ」
「あぁ、それはあらかじめ、マージョリーが設定した必要値に達することが必要らしい。その時に鍵が一つ外れ、お前を成長させられる」
マージョリーの手記には、何をどれくらい経験しろのような細かい指示は書かれていなかった。
そんなリストを用意しては、ビオラが楽しめないからな。──書かれていた文章を思い出し、俺はため息をつく。
こんな大掛かりな仕掛けをした当人は、ただただ可愛い愛弟子が人生を謳歌するための土壌を用意しているだけのつもりのようだ。
「時が来れば、導きの光が灯る──そう書かれていた」
「導きの光……もしや、これがそうなのか? しかし、一つだけじゃ」
夜明けの星のように赤く輝く一粒に、ビオラ触れた。しかし、何かが起きると言う訳でもない。
「それで間違いないだろうな」
あとは、準備を整えて鏡の鍵とやらを開錠すればいいんだが。
期待と不安に満ちた赤い瞳が俺に向けられた。
「ラス、頼めるかの?」
鏡をずいっと俺に差し出すビオラの手が、わずかに震えていた。
一つの赤い星を解き放った時、ビオラがどうなるか。その説明はマージョリーの手記にも書かれていなかった。
もしも失敗したら。その不安が俺たちにない訳でもない。
無言で見つめ合っていると、ビオラの腹からぐうっと空腹を訴える腹の虫が鳴った。
「その前に、朝飯にしようぜ」
小さな頭を軽く撫で、俺はベッドから足を下ろした。
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